第13話『お化け屋敷-前編-』
ジェットコースターのマシンはスタート地点へ無事に到着。
走行中はとても迫力があって怖かった。なので、マシンから降りるとかなりの安心感が。そのせいか、顔が緩んでしまう。あと、ひさしぶりにあんなにスピードのあるマシンに乗ったから、ちょっとフラフラする。
「ダイちゃん、お疲れ様。……無事に帰ってこられて嬉しいって顔してるね」
「……す、凄く怖かったからな。マシンがリニューアルして後ろの方の席に座ったから、今までで一番迫力があったぞ」
「ふふっ、そっか。前回は前の方の席だったから、今回の方がより迫力を感じたよ。あぁ、楽しかった!」
サクラはマシンに乗る前よりも楽しそうだ。さすがは絶叫系が大好きなだけのことはある。
「サクラが楽しめたみたいで良かったよ」
「うんっ! 楽しかったよ! 去年、青葉ちゃんと隣同士で乗ったときは一緒に叫んで楽しめた。でも、今回はダイちゃんが力を込めて絶叫しまくるから、『絶叫マシンに乗っているんだ!』って凄く実感できたよ」
「……叫びまくって、楽しく叫ぶサクラの顔を見ないとヤバいと思ってさ」
「ははっ、なるほどね」
俺の絶叫が迷惑だと思われず、ジェットコースターをより楽しめた一つの要素になっていて良かった。
ジェットコースター乗り場から離れる頃にはフラフラもなくなった。この程度の体調の変化なので、絶叫系の耐性はそれなりにあると思って大丈夫だろう。
「ダイちゃん、体の調子はどう? その……見た感じは大丈夫そうだけど」
そう言うサクラが視線を向けた先にあるのは俺の顔ではなく……股間周辺。乗る前に、例の黒歴史について話したから、俺の股間事情が気になったのだろう。……そんなにじっと見つめないでくれませんかね。ある意味で平常とは違う状況になりそうなので。
「大丈夫だよ。降りた直後にちょっとフラッとなったけど、もう今は気分も良くなったし。あと……股間周辺に異常はありません」
「それは何より。じゃあ、今も絶叫系の耐性はあるんだね」
「ああ」
これなら、この後も絶叫系のアトラクションに行っても楽しめると思う。
「ダイちゃん。次はどこに行こうか? ジェットコースターは私の好きなアトラクションだったから、次はダイちゃんの好きなところに行きたいな」
「そうか。じゃあ……お化け屋敷だな。結構好きだし、遊園地の定番だからな。あと、一紗もかなり推していたし。……でも、サクラは大丈夫か? お化け屋敷ってあまり得意じゃないよな」
お化け屋敷に行くと、毎回サクラにしがみつかれていたっけ。和奏姉さんと一緒のときは姉さんからも。たまに、2人が大きな声で叫ぶから、出てくるお化けより2人の方が怖いと思ったこともある。
サクラは引きつった笑顔に。
「だ、大丈夫だよ。今まで、お化け屋敷は欠かさずに行ってたし。お化けや幽霊だって所詮は人間なんだし。それに……ダイちゃんが側にいてくれるでしょ?」
上目遣いをしてサクラは俺を見つめてくる。
「もちろんだよ。俺が側にいるから安心しろ」
「うんっ!」
ジェットコースターから降りた直後ほどではないけど、サクラは明るい笑みを浮かべて頷いてくれる。
ジェットコースターではサクラのおかげで乗り越えられた部分もある。これから行くお化け屋敷では、俺がサクラを支えなければ。
俺達はお化け屋敷の方に向かって歩き始める。
小一時間ほど経っているからか、ここに来たときよりも、さらに多くのお客さんがいるなぁ。
「今まで、お化け屋敷にあんなに綺麗な幽霊っていたっけ?」
「いなかったと思うぜ。ほんと綺麗だったよな! スタイルも良さそうだったし」
園内を歩いていると、男性達のそんな会話が聞こえてくる。
「俺が来なかった4年の間に、お化け屋敷に名物幽霊が出るようになったのか?」
「私は知らないなぁ。去年お化け屋敷に行ったけど、普通の内容だった気がするし。それに、ここに来ることが決まってから、公式ページやSNSを見たけど『美しい幽霊』みたいな情報は見なかったよ」
「なるほど」
ということは、その綺麗な人はごく最近になって幽霊役の仕事を始めたのだろう。
「もしかしたら、俺達もその『美しい幽霊』に会うかもしれないな」
「かもね。まあ、私は怖くて見られないかもしれないけど。小さい頃、腰抜かしちゃったことあるし」
「あったなぁ。怖かったら、目を瞑って俺にしがみついているといいよ」
「そうさせてもらうね。ダイちゃん、頼りになるなぁ」
えへへっ、とサクラは可愛らしく笑った。
お化け屋敷に到着すると、ここでも行列ができていた。若い世代の人が多いな。美しい幽霊の効果なのか男性客の割合が高い。俺達は列の最後尾に並ぶ。
近くにいる女性スタッフの話だと、今から並ぶと20分近く待つらしい。
「お化け屋敷ってこんなに人気だったっけ? 俺、並んだ記憶がないけど」
「私もないよ。例の美人幽霊さん効果なのかな」
「俺もそう思った。試しにSNSで検索してみるか」
スマホを取り出し、TubutterというSNSアプリで、『東京パークランド 幽霊』でツイート検索してみる。すると、話題のツイートとして、
『お化け屋敷に行ってきたんだけど、メチャクチャ美人な幽霊がいた! 春休みにはいなかったから、新しい幽霊かな!
#東京パークランド』
というツイートが表示された。このツイートは30分ほど前に投稿されている。呟いた人に数千人のフォロワーがいるからか、結構な勢いで拡散されている。
検索ワードに該当するツイートを投稿順に見る。例のツイートよりも後に、お化け屋敷に登場する幽霊を絶賛するツイートがいくつも表示される。美人とか巨乳とか。
ちなみに、例の拡散ツイートよりも前にも検索でヒットしたツイートがある。でも、それらは、怖いとか驚いたという内容ばかり。どうやら、美人の幽霊さんはごく最近働き始めた可能性が高そうだ。
「どうだった? ダイちゃん」
「SNSの影響はありそうだ」
例のたくさん拡散されているツイートを表示させ、サクラにスマホの画面を見せる。すると、サクラは「うわあっ」と声を漏らし、
「たくさんリツイートされてるね。行列はこのツイートの影響がありそうだね。東京パークランドっていうハッシュタグも付いているから、このお化け屋敷だって分かるし」
「そうだな」
これからさらに長い行列になっていく可能性はありそうだ。
サクラと話していたので、あっという間に俺達の番がやってきた。怖いのか、今からサクラは俺の腕を抱きしめている。温かくて柔らかいな。
「それでは、カップルさんどうぞ!」
女性のスタッフさんにそう言われ、俺達はお化け屋敷の中に入る。
お化け屋敷の中が薄暗くて、肌寒い空気だ。そのことで一気に怖い空間に入ったのだと思わせる。俺は大丈夫だけど、サクラのようにお化け屋敷が苦手な人は、これだけでもかなり怖く感じるのかも。
「ちょ、ちょっと寒いね」
「そうだな。……もしよければ、俺のジャケットを羽織るか?」
「ううん、大丈夫だよ。ダイちゃんの腕、あったかいし」
「分かった」
『きゃああっ!』
前方で女性達の叫び声が聞こえてきた。怖い仕掛けが待っているんだろうなぁ。もしかして、例の美人幽霊さんなのかな。
今の叫び声を聞いて怖くなったのか、サクラはより強く俺の左腕を抱きしめている。
「大丈夫か?」
「だ、大丈夫だって。い……行くよ!」
声は元気だけど、脚は震えてしまっている。ここは俺がリードをしよう。
俺達はゆっくりとお化け屋敷の中を歩き始める。
中は順路などがちゃんと確認できるくらいの薄暗さだ。所々にある非常口の案内板がぼんやり光っているのが怖い。
壁には『1年1組』と描かれた板が取りつけられていたり、赤い文字で『廊下は走るな』と書かれた紙が貼られていたり。どうやら、学校をモチーフにしているようだ。通路が汚いので、もしかしたら廃校の設定かもしれない。
「そういえば、サクラは欠かさずにお化け屋敷に来ているんだよな。ということは、どこら辺で何が出てくるのか覚えているのか?」
「……お、覚えてない。去年も青葉ちゃんにしがみついて、大半は目を瞑っていたから」
「……なるほど」
覚えていれば、多少は怖さも軽減されると思ったんだけどな。
「いらっしゃ~い」
「きゃあああっ!」
前方右側の壁から、突如、血まみれの制服を着た男性がひょっこりと顔を出した。お化け役なのか不気味な笑みを浮かべている。それが嫌だったのか、サクラは大きな声を上げた。
というか『いらっしゃ~い』って。まだ序盤だからなのだろうか。
「俺の住んでいるあの世へいらっしゃ~い。特にそちらの女の子~」
「うううっ……」
とても低い声で自分が呼ばれて怖いのか、サクラの目には涙が浮かぶ。結構怯えている様子だ。
あと、いらっしゃ~いって、あの世へいらっしゃ~いってことだったのか。どうやら、女好きの男子高校生の幽霊の設定のようだ。あの世で、サクラと楽しい時間を過ごしたいのだろうか。
サクラが怖がっているので、男子高校生の幽霊の前を素通りする。
「自分が呼ばれると怖い……」
「俺も自分のことを呼ばれたら、ちょっとゾクッとしちゃうかも」
サクラの頭を優しく撫でると、彼女はようやく微笑みを見せてくれた。これから、出口までの間、適宜撫でていった方がいいかも。
「う……ら……め……し……や……」
前方から、そんな女性の低い声が聞こえてくる。お化け屋敷定番のセリフだ。
「……あっ。うーらーやーまーしー」
……あれ?
この女性の声。どこかで聞いたことがあるような。誰だろうと考えていると、今度はパタパタと前方から足音が聞こえてきた。段々と大きくなっているぞ!
「2人とも待っていたわああっ!」
「きゃああああっ!」
驚いたサクラは素早く俺の背後に隠れ、後ろからしっかりと抱きしめる。
今度は何が出たんだ? そう思って前方を見ると、
「……一紗?」
「そうよ」
目の前には、幽霊の白い服を着た一紗が立っていたのであった。
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