第51話『お母さんはあたしでしょうか。』

 一紗と買い出しから帰宅し、サクラと羽柴の様子を確認する。

 ベッドで横になったからか、買い出しに行くときと比べて2人とも顔色が良くなっていた。特にサクラは、朝食を抜いているからお腹がペコペコだと言うほど。

 2人とも元気になってきたので、予定通り6人分の焼きそばと中華スープを作ることに。その前に、俺は自分の部屋で制服から私服に着替えた。


「1人で作るのは大変かと思います。あたしがお手伝いしましょうか?」


 と、杏奈が料理の手伝いを申し出てくれた。料理をするのが好きで得意なのだという。なので、ご厚意に甘えることに。


「私服にエプロン姿も似合っていますね」

「ありがとう。杏奈も似合っているよ。可愛いな」

「ありがとうございますっ」


 杏奈はサクラから借りたピンク色のエプロンを身につけている。ニコニコと笑っているのもあって、とても可愛い。自宅だけど、学校の制服の上にエプロン姿をしている人を見ると、家庭科の調理実習みたいな感じがする。

 俺が中華スープを作っている間に、杏奈には焼きそばで使う具材の下ごしらえをしてもらうことに。その際、切り方や大きさについて具体的に指示をした。

 サクラと一紗、羽柴、小泉さんはリビングでアニメのBlu-rayを観ている。

 テレビ画面を見ると、彼らが観ているのは数年前に放送された、美少女がたくさん登場する『ご注文はねこですか?』という日常系アニメ。その作品はサクラが好きで、彼女の家で彼女が録画したBlu-rayを一緒に観たことがあった。俺も好きなアニメで、録画したBlu-rayを何度も観たな。

 俺は杏奈と一緒に昼飯作りを始める。

 リビングから好きなアニメのキャラクターの声やBGMが聞こえてくるのは気分がいい。料理をするのも楽しくなってくる。

 中華スープを作っている横で「トン、トン、トン」と包丁がまな板に当たる音が心地良く響く。杏奈の方を見てみると、杏奈は人参を短冊切りに切っていた。


「料理をするって言っていただけあって、いい手つきだな」

「小さい頃に両親から教わりまして。今でも休日中心にご飯を作るんです。早起きできたときは、お弁当のおかずを作ることもありますね」

「そうなのか。偉いな。料理が好きなら、マスバーガーでバイトしようって考えたとき、キッチン担当を希望しようとは思わなかったのか?」


 俺がそう言うと、杏奈の人参を切る動きがピタリと止まる。そして、こちらに向いて、


「マスバーガーでバイトしようと思ったきっかけは、大輝先輩にたくさん接客されたことです。それに、人と会話するのは好きですし。何よりも先輩と一緒にバイトしたかったですから」


 そう言い、可愛らしい笑顔を見せてくれる。頬をほんのり赤くなっているところがさらに可愛くて。

 俺と一緒にバイトしたかったという言葉もあってキュンとなった。その後に、感動の波が押し寄せてくる。定期的に接客するお客さんがいると、こういうこともあるんだなぁ。


「それに、大輝先輩は優しそうですし……前にも言いましたけど、失敗しても許してくれそうなイメージがありましたから」


 えへっ、と今度は無邪気な笑顔を見せてくる杏奈。そういえば、彼女が初めてバイトに来たときにそんなことを言っていたっけ。さっきの感動をちょっと返してほしい。


「実際にはあたしが失敗したら、先輩は落ち着いた口調で注意してくれますけど。ですから、マスバーガーのフロア部門でバイトを始めて良かったなーって思いますね」

「そう言ってくれて良かったよ。一年近く経って、一通りの仕事はできると思っていたけど、先輩としてはまだまだ未熟だ。杏奈に指導する中で、俺も勉強させてもらっているよ。ありがとな」

「いえいえ。こちらこそありがとうございますっ」


 顔を赤くしながらお礼を言うと、杏奈は再び人参を切り始める。お礼を言われるとは思わなかったのかな。それで照れていたとしたら……可愛いな。

 あと、何だかリビングから視線を感じる。そう思ってリビングの方を見てみると、羽柴の隣でソファーに座っている一紗が、不満そうな様子でじーっと俺のことを見ていた。杏奈と俺が話していたのを見て、いい雰囲気だと思っているのだろうか。

 一紗と目が合ったので、小さく手を振ってみる。すると、一紗はすぐに上機嫌な様子になり、俺に手を振ってきた。機嫌が直ったみたいで良かった。


「先輩はスープ作りですけど、先輩も料理をし慣れている感じがしますね」

「上手かどうかはともかく、料理はそれなりにやってきたな。母さんがパートをしているのもあって、休日はもちろんだけど、平日の夕ご飯を作ることもある。部活に入っていないから、特に中学のときは」

「そうだったんですね。個人的に料理をする男性は素敵だと思います」

「そうか。そう言われると嬉しいな。俺も料理をする人はいいなって思うよ。もちろん、しない人はダメなわけじゃないよ」

「ふふっ、そうですか」


 そう言うと、杏奈はとても気分が良さそうにキャベツをザク切りしていく。勢いがいいので、指を切ってしまわないか心配だ。

 味見をして、ちょうどいい味付けになっていることを確認したので、中華スープ作りはこれで終了。少しの間、焼きそばの具材を切る杏奈のことを見守る。

 ただ、杏奈はケガせずに焼きそばの具材の準備を済ませ、杞憂に終わった。


「杏奈、ありがとう。あとは俺に任せてくれ」

「了解です」


 杏奈に見守られる中、大きなフライパンを使ってソース焼きそばを作っていく。

 これまでに焼きそばは数え切れないほどに作ってきたけど、6人分作ったことは全然ない。それに加えて、今日は朝食を抜き、健康診断で採血もされた。だから、菜箸で麺をほぐすときに重量感があった。

 粉ソースをかけて炒めていくと、食欲をそそられる美味しそうな匂いがしてくる。このまま食べてしまいたい。


「あぁ、美味しそうです。いい匂いもするので早く食べたいですね」

「今日は朝食抜きだったからな。いい感じにできているから、味の濃さや火の通し加減の確認のために、味見をしてくれるか?」

「はいっ!」


 お腹が空いているのもあってか、杏奈は張り切った様子で返事する。

 俺が小皿に焼きそばを一口乗せて渡すと、杏奈は近くにあった菜箸を使って、焼きそばを味見する。


「美味しくできてます! 味の濃さも火の通り加減もこれでいいと思います」


 杏奈はとてもいい笑顔でそう言ってくれる。


「そう言ってくれて良かった。じゃあ、焼きそばも完成だな。みんなー、もうそろそろお昼ご飯だから、Blu-rayを観るのは終わりだよー」

『はーい!』


 もうすぐお昼ご飯が食べられ、焼きそばや中華スープの匂いがしているからか、リビングにいるサクラ達はいい返事をしてくれる。そのことに杏奈と笑い合った。


「今の大輝先輩、ちょっとお父さんっぽかったです」

「ははっ、そっか」

「……となると、お母さんはあたしでしょうかね。台所で一緒にお料理しましたし。あと、子供が4人もいたら色々と大変そう……って、変なことを言っちゃいましたね! すみません」


 そう言ってはにかむ杏奈はとてもかわいい。

 これから大人になって、もし母親になったとしても、杏奈はずっと今のように可愛らしいと思う。

 焼きそばを取り分けるのは俺、中華スープをよそうのは羽柴、食卓の配膳は女子4人が担当。こういう風に全員が食事のために何かしらの仕事をしていると、家庭科の調理実習や校外学習でのカレー作りとかを思い出す。小学生の頃から、サクラはそういう場面で活躍していたっけ。

 準備が終わり、俺達は食卓の周りにある椅子に座っていく。普段と同じようにサクラと隣同士だ。ちなみに、席順は俺から時計回りに羽柴、一紗、杏奈、小泉さん、サクラ。

 メインでお昼ご飯を作ったという理由で、俺が号令することに。


「それじゃ、いただきます!」

『いただきまーす!』


 食事の挨拶をすると、サクラ、一紗、小泉さん、羽柴はメインの焼きそばを一口食べる。杏奈は味見の際に美味しいと言ってくれたけど、みんなも美味しいと思ってくれるだろうか。


「うんっ! 美味しいよ!」

「とても美味しいわ、大輝君、杏奈さん」

「美味しいよ! 朝食を食べられなかったし、すぐに食べ終わっちゃいそう」

「美味いぞ。一口食ったら食欲が増してきたぜ。体調も良くなったし、残さずにちゃんと食べられそうだ」

「みんなにそう言ってもらえて良かった」

「手伝いましたし、味見しましたから、あたしもほっとしています」


 胸を撫で下ろす杏奈。どうやら、俺と同じく緊張するタイプだったようだ。そんな杏奈の頭を一紗が撫でている。

 その後、俺一人で作った中華スープも美味しいと言ってくれた。みんなに満足してもらえるようなお昼ご飯を作れて良かったのであった。

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