第52話『明日の予定とマッサージ』

 みんなに美味しいと言ってもらえてほっとする中、俺もお昼ご飯を食べ始める。

 焼きそばも中華スープも美味しくできているな。朝食を食べていないから、一口で食べる量が自然と多くなる。


「そういえば、大輝君と杏奈さんは『名探偵クリス』っていうアニメは観る?」

「ああ、観るよ。毎年この時期に公開される劇場版も観に行くし」

「テレビアニメは最近観ていないですけど、劇場版は毎年ゴールデンウィークに観に行きますね。ただ、去年は……ゴールデンウィークが終わって少し経ってから観ました」


 杏奈はしんみりとした様子で話す。これまでに、映画を観たときに何か嫌なことがあったのだろうか。

 俺もこれまで、映画館では嫌な思いをしたことが何度かあったな。後ろの席に座っている人から座席を蹴られたり、前列の席に座っている人のスマホの明かりが眩しかったり。みんなが楽しく観られるように、映画を観るときはマナーを守らないとね。


「急にクリスのことを訊くなんて。どうしたんだ、一紗」

「実はBlu-rayを観終わったときに、ちょうど明日公開の劇場版のCMをやっていて。一緒に観に行きたいって文香さんと話していたの。私、クリスは公開された週末に観に行くことが多くて。大輝君と杏奈さんはどうかしら?」

「明日はバイトないよ。俺は特に予定はないから大丈夫だ。杏奈は?」

「あたしも予定はないですね。先輩方がいいのであれば、一緒に観に行きたいです」

「もちろんいいわよ。じゃあ、明日は4人で観に行きましょう!」

「よ、4人?」


 俺と杏奈、提案した一紗。一紗の話からサクラも行くだろうし。これで4人か。


「羽柴と小泉さんは?」

「俺は明日、バイトがあるからな。あと、今月は買いたい本やグッズとかが多くて、金が結構ピンチなんだ。それに、クリスの劇場版は、DVDをレンタルするかテレビ放送で観ることが多いから、俺のことは気にしなくていいぞ」

「あたしも同じ感じ。去年は文香と一緒に劇場へ観に行ったけどね。あたしも明日は部活があるからさ。4人で楽しんでおいで」

「そうか。まあ、そういうことなら、明日は4人で観に行くか」


 俺がそう言うと、サクラと一紗、杏奈は楽しげな表情を浮かべる。


「でも、明日は公開初日だ。クリスほどの人気だと、上映回もたくさんあるとは思うけど。4人一緒に見られないかもしれない。今のうちに予約しておくか」

「そうだね、ダイちゃん。みんなで並んで観たいし」


 サクラがそう言うと、一紗と杏奈も頷く。


「みんなは琴宿区と花宮市、どっちの映画館に観に行くことが多い? 俺はどっちでもいいけど」


 四鷹からだと、電車で琴宿区は都心方面に15分、花宮市は山梨方面に20分ほどのところにある。急行列車に乗れば、どちらも10分ちょっとで行ける。

 個人的に、花宮市は駅の周りの雰囲気が四鷹に似ているので、花宮市の映画館へ観に行くことが多い。ただ、深夜アニメの劇場版など、琴宿区の映画館の方しか上映していないときは、そちらに観に行くこともある。


「ダイちゃんとは花宮が多かったけど、友達とは琴宿の方へ行くことが多いよ」

「私は最寄り駅が琴宿の方が近いから、琴宿に行くわ」

「あたしは琴宿の方が多いですね」

「じゃあ、琴宿にある映画館へ行こうか」


 俺はスマートフォンを取り出し、会員にもなっている琴宿区の映画館のホームページを見てみる。明日の上映予定を見てみると。


「さすがはクリス。複数のスクリーンでたくさん上映するよ。見るのに良さそうな回だと、10時30分、11時、13時くらいかな。ただ、11時と13時は……4人連続で空いている場所がないな。10時30分だったら、いくつか空いているけど」

「じゃあ、その上映回にしましょう! 大輝君!」

「10時30分ならOKです!」

「私もいいよ」

「じゃあ、今から予約するね」


 少しでも見やすいように、真ん中よりも後ろ側にある4席を予約しよう。


「……よし。明日の午前10時半の上映回で、4席連続で予約できたよ」


 俺は予約の確認画面をサクラ達に見せると、一緒に行く3人は嬉しそうに拍手をする。それにつられてか、羽柴と小泉さんも拍手をしてくれた。

 これで明日はサクラ、一紗、杏奈と映画へ行くことが決まった。サクラと一緒に行くのは4年ぶりだ。見に行く作品も、毎年見に行っている劇場版シリーズだし、とても楽しみだ。




 昼食を食べ終わり、食器の後片付けはサクラと小泉さんが担当し、食卓の掃除は羽柴が担当することになった。

 俺と一紗と杏奈はリビングで食休み。俺が淹れた日本茶を淹れてゆっくりとしている。ソファーにくつろぎながら、温かい日本茶を一口飲むと……あぁ、まったりする。


「大輝君の隣に座って、大輝君の淹れてくれた日本茶を飲めるなんて。幸せすぎて死にそうだわ」

「大げさですね。一紗先輩らしいですけど」


 テーブルを介して、俺の向かい側のソファーに座る杏奈も日本茶をすする。お気に召したのか、柔らかな笑顔を浮かべている。

 お昼ご飯を食べ終わったからか、ちょっと眠くなってきた。体を軽く伸ばすと、


「痛ぇ……」


 両肩に痛みが。肩が凝っているのかも。春休みにサクラが肩を揉んでくれたおかげで、俺は隠れ肩凝りの体質であると分かったし。さっき、6人分の食事を作ったことで、痛みを引き起こしたのかもしれない。

 仲直りした後に、サクラから肩凝りにいいストレッチを教えてもらって、定期的にやっているんだけどな。まだ効果が出ないのか。それとも、やり方がまずかったのか。


「大丈夫? 大輝君」

「どこが痛いんですか?」


 一紗も杏奈も心配そうな様子で俺のことを見ている。こういうところは、2人に見せたことは全然なかったな。


「肩が痛くてさ。今まで自覚症状はなかったんだけど、この前、サクラが俺はかなり肩が凝っているって教えてくれてさ。きっと、肩凝りのせいじゃないかな……」

「そうなんですね。では、肩を揉ませてください! この前は肩揉みができませんでしたから……」


 杏奈はそう言ってくれるものの、頬をほんのりと赤くして俺をチラチラと見てくる。先日、宿題を教えてくれたお礼に肩揉みをしようとしたとき、足を滑らせてしまったからな。そんな杏奈を抱き留めたことで体が密着してしまった。そのことを思い出しているのだろう。


「分かった。じゃあ、杏奈に肩揉みをお願いしようかな」

「分かりました!」


 杏奈はいつもの通り敬礼しながらそう言って、俺のことをしっかり見てくる。この様子なら、杏奈はしっかりと肩揉みをしてくれそうかな。楽しみだ。


「私が肩揉みしようと思ったけど、この前のことがあったものね。次に肩揉みをするときは私にお願いしてね」

「ああ、分かったよ」


 一紗の場合は肩揉みの際に色々なことをしてきそうで怖い。くすぐったり、匂いを嗅いだり、後ろからぎゅっと抱きしめてきたりするとか。

 杏奈はゆっくりとソファーから立ち上がり、こちらに向かって歩いてくる。俺の背後に立つと、両手をそっと俺の肩に乗せてきた。

 杏奈の手の温もりもあってか、ちょっとほっとする。


「じゃあ、始めますね」

「うん。お願いします」


 この前、サクラに肩を揉んでもらったときはかなり痛かったからな。今回も痛いのを覚悟して――。


「あぁ……」


 両肩に結構な痛みが走る。ただ、それと同時に気持ちよさも感じられて。


「大輝先輩、大丈夫ですか? 普段は出さない声ですから。痛かったですか?」

「結構痛かったかな。でも、気持ちよくもある」

「そうですか。では、もう少し優しく揉んでみましょうか」

「うん。よろしく」


 それからも杏奈に肩揉みをしてもらう。優しく揉んでくれるため、さっきよりも痛みはあまりなく、かなり気持ちよく思えてきた。


「どうですか?」

「凄く気持ちいいぞ。こんな感じで揉み続けてくれるかな」

「分かりました! かなり肩が凝っていますね」

「前にサクラに言われて、最近、ストレッチを始めたんだよ。杏奈や一紗は肩って凝るのか?」

「あたしはあまり凝りませんね。試験勉強や受験勉強をし過ぎたり、部活で長い時間、絵を集中して描いたりしたときくらいです」

「私は凝ることが多いわね」

「……やっぱり、一紗先輩は肩が凝りやすいですか。そうですか」


 はあっ、と背後から杏奈のため息が聞こえてくる。そのため息の理由は、肩凝りとは違いそうだ。


「母や二乃に揉んでもらったり、自分でストレッチしたりしているわ。それも習慣になったから、特別嫌だとは思わないけど」

「そうなのか」


 二乃ちゃんに肩を揉んでもらって嬉しそうにする一紗が目に浮かぶ。

 杏奈、肩揉みが上手だなぁ。両肩の痛みがかなり取れてきた。そういえば、前に御両親や肩凝りが悩みの友人の肩を揉むって言っていたっけ。


「さあ、大輝先輩。だいぶほぐれた感じがしますが、どうでしょうか?」

「……うん。痛みもなくなったし、両肩が軽くなった気がするよ。ありがとう、杏奈」

「いえいえ」

「わ、私も肩が凝ってきた感じがするわー。杏奈さんも上手そうだけど、今は大輝君に揉んでほしい気分だわー」


 棒読みな感じでそう言うと、一紗はチラチラと俺のことを見てくる。俺に肩を揉んでもらいたいのか。すぐ隣で、俺が杏奈に肩を揉まれる様子を見ていたので、杏奈に肩を揉んでもらいたいと言うのかと思いきや。好きな人に揉んでほしいのだろうか。


「分かった。一紗の肩を揉むよ」

「ありがとう!」


 一紗、凄く嬉しそうだ。

 ソファーから立ち上がり、俺は一紗の後ろに立つ。そっと両手を一紗の肩に乗せると、一紗は体をピクッと震わせた。


「じゃあ、揉み始めるぞ」

「うん、お願いします」


 肩が本当に凝っているのかは分からないけど、まずは優しく揉んでみるか。


「……うん、ちょっと凝っているね、一紗」

「だからか、揉まれてとても気持ちいいわ。凄く幸せ。この調子で揉んでくれるかしら」

「分かった」

「おっ、麻生は速水に肩を揉んでもらっているのか」


 食卓の掃除が終わったのか、マグカップを持った羽柴がこちらにやってくる。さっき、ソファーに戻った杏奈の隣に腰を下ろした。


「肩がちょっと凝っちゃってね。大輝君は肩揉みが上手ね」

「定期的に母さんに肩揉みをするからな」

「そうなのね。……羽柴君って肩は凝るのかしら?」

「そこまで凝らないな。高校生になってからは、休日に長時間バイトをしたあとくらいだ」

「なるほど」


 そういえば、羽柴が両肩を痛めているところは全然見たことがないな。


「さっきは速水が小鳥遊に肩を揉んでもらっていたよな。肩が凝りやすいのか?」

「つい最近、肩凝りしやすい体質だと分かってさ。さっき、両肩が痛くなって杏奈に肩を揉んでもらったんだよ。この前、宿題のお礼の肩揉みができなかったからって」

「なるほど。偉いな、小鳥遊」

「いえいえ、それほどでも」


 と言いながらも、杏奈はちょっとドヤ顔に。そんな彼女を見て羽柴は微笑み、日本茶を一口飲む。

 こうして杏奈と羽柴が並んで座り、話している光景を見ると、何だか兄妹に見えてきたな。それを小鳥遊先輩に言ったら羽柴に嫉妬しそう。


「一紗、肩もだいぶほぐれたと思うけど」


 俺がそう言って肩から手を離すと、一紗はゆっくりと両肩を回す。


「痛みもないし、軽くなったわ。ありがとう」


 そんなお礼を言うと、一紗はこちらに振り返り、幼さも感じられる笑顔を見せてくれる。いつもとは違う笑顔なので、不覚にもキュンときてしまった。


「一紗、凄くいい笑顔じゃない」

「何かあったの? ダイちゃんが近くにいるから、ダイちゃん絡みだと思うけど」


 食器の後片付けが終わったサクラと小泉さんがリビングにやってきた。


「肩が凝ったから、大輝君に肩を揉んでもらったの。そうしたら気持ち良くて、肩凝りも解消されて。もう幸せでたまらないわ!」

「そうなんだ。一紗ちゃんらしいね」

「そうだね、文香」

「文香さんと青葉さんって肩は凝る方?」

「私はあまり凝らないなぁ。普段からストレッチしているからね!」

「ふふっ。あたしも凝らない。だから、肩揉みは専ら揉む方」

「そうなの? 2人とも羨ましいわ」

「ありがとう。テニスをやっているし、体の悩みがないのはいいね。でも、今の一紗を見ていると、肩が凝るのもちょっといいなって思う」

「ふふっ、面白いことを言うのね。でも、ほぐれるときの気持ち良さは癖になるわ」


 一紗の言うこと……ちょっと分かるかも。先日のサクラのときも、さっき杏奈に揉んでもらったときも、最初は痛かったけど、段々と気持ち良くなっていったから。

 昼食の後片付けも終わったので、それからは昼食前に途中まで見ていた『ご注文はねこですか?』の続きを観たり、和奏姉さんとテレビ電話で話したり、コントローラーがたくさんあるので、6人一緒に対戦型アクションのテレビゲームをしたり。

 途中、パートから帰ってきた母さんもゲームに参戦する展開にもなり、とても楽しい午後の時間を過ごしたのであった。

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