第48話『健康診断-前編-』

 4月17日、金曜日。

 今日は全校生徒が対象の健康診断があるため授業はない。俺やサクラ達のいる2年3組は午前中に健康診断を受けるため、お昼前には今日の日程が終わる。なので、個人的には実質3連休と言ってもいいくらいだ。

 午前9時半過ぎ。

 俺はサクラと一緒に家を出発し、四鷹高校に向かって歩き始める。

 健康診断を円滑に実施するため、今日はクラスごとに時間差で登校する形になっている。俺達のクラスは午前10時に教室に集合。普段よりも1時間以上遅い登校だ。健康診断素晴らしいな。毎月1回実施してもいいくらいだ。健康のためにも、そのくらいの頻度でやった方がいいんじゃないでしょうか。


「採血……」


 はあっ……と、サクラはため息をついている。今日、これで何度目だろう。サクラは採血を含め、注射全般が苦手だからなぁ。こうなってしまうのはしょうがない。やっぱり、健康診断は年に一度でいいと思う。俺達、まだ高校生だし。


「ごめんね。起きたときから何度もため息ついちゃって」

「気にするな。サクラは小さい頃から注射が苦手だもんな。俺も採血しなくていいならしたくないし。あと、お昼ご飯にはサクラの大好きな焼きそばを作ろうと思っているんだ。だから、今日は採血を頑張ってみないか?」

「えっ、焼きそば!」


 サクラは明るい表情になり、俺のことを見つめてくる。どうやら、小さい頃から変わらず焼きそば好きのようだ。


「お昼ご飯に焼きそば作ってくれるの?」

「ああ。みんなお昼ご飯は俺に任せるって言ってくれたし。焼きそばなら、数人分を作ったことは何度もあるからね。サクラは今でも焼きそばは好きか?」

「うんっ!」


 ようやく、サクラの顔に笑みが浮かび、しっかりと頷いてくれる。そして、その直後に、

 ――ぐううっ。

 サクラのお腹が盛大に鳴った。そのことで、サクラの笑顔に赤みが帯びる。


「朝ご飯を食べていないから、お腹が鳴っちゃった」

「お腹空くよなぁ」


 午前中に健康診断を受けるため、今日は朝ご飯を食べてはいけないのだ。摂取していいのは、水やお茶といった糖分のない飲み物くらい。なので、今日は温かい日本茶しか口にしていない。

 平日の朝ご飯はたまに食べるのが面倒だと思うことがある。ただ、こうして朝食を抜いた状態で登校していると朝食の大切さを思い知る。普段よりも力が入らず、少しふわっとした感じがする。


「お昼ご飯は大好きな焼きそばだし、午後は青葉ちゃん達と一緒にお家で過ごせるから、採血頑張ろう。……朝食を食べてなくて、普段よりも体力がないから、どうなるか分からないけど」

「まあ、頑張ろうっていう気持ちがあれば大丈夫じゃないか? 一つ前の出席番号は小泉さんだし、今年は一紗もクラスにいるんだし」

「そ、そうだね。2人以外にも友達は何人もいるし、心強いよ」

「そうか。一緒に採血頑張ろうな」


 そう言って、俺はサクラの頭を優しく撫でる。すると、サクラは俺に微笑みかけ、小さく頷いてくれた。

 採血のときは羽柴のことを気にかけないと。あいつもサクラと同様に注射が苦手だし。去年は気分が悪くなって、俺が肩を貸さないとまともに歩けなかったほどだから。

 学校に到着すると、何台もレントゲン車が駐車している。それぞれの車には、レントゲン撮影をするためか、体操着姿の生徒が並んでいる。そんな光景を見て、ほんの少し気分が高揚している自分がいた。あぁ、今日は普段と違う時間を過ごすんだなと。



 教室に着くと、いつもと違って羽柴は机に突っ伏していた。そんな彼の周りに一紗と小泉さんがいる。


「どうしたんだ、羽柴。机に突っ伏して」

「羽柴君、別のクラスの友達から、採血されたってメッセージをもらっちゃったんだって」

「そのことを弱々しい声で話してくれたわ」

「な、なるほど」


 うちのクラスは少し遅い時間だからな。

 おそらく、羽柴は早い時間に健康診断を受けるクラスにいる友達に、採血をするかどうか訊いたのだろう。それで、採血するという返信が届いてしまったと。今日になっても採血がないという希望を抱いていたのか。


「やっぱり採血あるんだね……」


 はあっ、とサクラはため息をつく。どうやら、サクラも採血がないことに希望を未だに抱いていたようだ。


「文香、今年も採血されるときは側にいてあげるから安心して」

「去年はいてあげたのね、青葉さん。私も側にいるから安心しなさい」

「……お願いします」


 できれば、サクラが採血されるときに側にいてあげたい。だけど、きっと男女で順路が違うだろうからなぁ。健康診断の間だけでも女性になれないものかと思うのであった。



 集合時間である10時頃になり、担任の流川先生がやってきた。

 先生が健康診断の記入用紙を配り、説明をしていく。それにより、男子はこの2年3組の教室、女子は別のクラスの教室で体操着に着替えて、健康診断を受診。すべての項目を受けたら、各自制服に着替えて下校する流れとのこと。

 杏奈のクラスも10時集合なので、校門を出たところで待ち合わせをすることに。そう決めて、サクラ、一紗、小泉さんは教室を後にした。


「さてと、体操着に着替えたら、昇降口にある受付に行くか」

「そうだな。ついにこのときが来てしまった……」

「……まあ、今日休んでいても、後日、休日返上で健康診断を受けなきゃいけなかったんだ。俺達と一緒にやった方がまだマシだろう?」

「……確かにそうだな」


 そう言うと、羽柴は今日初めて微笑みを見せてくれた。これでちょっとは元気になったのなら幸いである。

 俺は体操着に着替え、羽柴などクラスメイトと一緒に、1階の昇降口にある受付へと向かう。そこに行くと、体操着やジャージ姿の生徒がたくさんいる。こういう光景を見られるのは、あとは体育祭くらいじゃないだろうか。


「ダイちゃん、羽柴君」


 サクラの声が聞こえたので、そちらに振り向くと女子の方の受付に、サクラや一紗、小泉さんの姿が見えた。彼女たちが手を振ってきたので、俺達も手を振った。一紗と小泉さんが一緒だからか、サクラはまだ元気そう。

 受付を済ませて、壁に貼られている順路の紙や教職員、健康診断センターの方などの指示に従って健康診断を受け始める。男女で順路が異なっているので、サクラ達女子とは健康診断中は会えないかも。せいぜい、どこかですれ違うときくらいか。

 サクラ達の姿が見られたらいいな……と期待しつつ、俺と羽柴は身長、体重、視力などの検査をしていく。

 身長も体重も去年と変わらない。この1年はアニメをたくさん見たり、漫画やラノベを読んだりして目が疲れることもあったけど、視力は下がっていなかった。


「去年と全然変わっていないな。羽柴はどうだ?」

「俺も全然変わりなかったぜ」

「そっか。そういえば、小学生の頃は座高も測ったけど、あれって測っても意味がないから数年くらい前に廃止になったんだよな」

「そうなのか。思えば中学くらいからは座高は測らなくなったな。意味がないんだったら、採血もなくしてほしいよな。身長や体重が変わってないんだから、血の成分も大して変わってないだろう? だから、採血しなくてもよくね?」


 座高廃止の話から採血廃止論を展開していくとは。もしかして、採血回避を諦めていないのか? ここまで来ると逆に感心してしまう。


「お、俺達はそうかもしれないけど、中には体重が激しく変化している人もいるだろうし。身長や体重が変化してなくても、体の中の健康状態は変わっているかもしれないし」

「……け、今朝提出した尿検査で十分じゃね? 尿からでも色々調べられるだろう?」

「確かにそうだけど。でも、血液検査から分かることもたくさんあるし。健康のためには尿と血液の両方から調べるのが一番いいんじゃないか?」

「……ひ、否定できねえ」

「それに、別のクラスの友達から、採血があるって教えられたんだろう? だから、諦めて俺達も採血されよう。去年と同じだったら、最後の方に採血されるだろうな。……ほら、次は内科検診だ。行くぞ」

「……ああ」


 それからも、内科検診や歯科検診などの検査をしていく。甘いものが好きでマシュマロを食べたり、砂糖入りのコーヒーや紅茶を飲んだりすることも多いけど、虫歯がなくて一安心だ。

 羽柴も特に異常はないそうだけど、採血がまだだからか次第に顔色が悪くなっている。内科検診の際「体のことで不安なことはないですか」と先生に訊かれたときに「採血が不安です」と答えたそう。そうしたら「それは逃れられない。耐えるしかない」と言われたらしい。先生ごもっとも。

 順路通りに進んでいくと、女子達の姿が見えるときがあった。そこで、


「あっ、大輝先輩と羽柴先輩!」


 その女子達は1年5組の生徒だったようで、杏奈が笑顔で手を振ってきた。体操着姿なのもあって、いつも以上に元気な印象を受ける。


「ほら、可愛い後輩が手を振ってくれているぞ。これで少しは元気出るんじゃないか」

「……そうだな。今は三次元女子でも元気出そうだ」


 二次元女子に限る羽柴がそんなことを言うとは。こりゃ相当だなぁ。

 羽柴は杏奈の方に向かって小さく手を振る。俺も彼に続いて手を振ると、杏奈の周りにいる女子達が黄色い声を上げていた。

 その後も順路通りに進んでいき、ついに採血をする教室に辿り着くのであった。

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