第46話『昨日のお礼』
4月16日、木曜日。
通常であれば、今日から学校生活後半戦。
しかし、今週に限っては、金曜日は健康診断で授業がない。そのため、実質、今日が今週ラストだ。だからか、昨日までと比べて元気そうなクラスメイトが多い。
今週も木曜日になって学校生活に慣れてきたこと。授業が先週の木曜から始まったので、木曜の一日の流れが分かっていることから、午前中の授業はあっという間に過ぎた感じがした。
昼休み。
いつも通り、今日もサクラ達と一緒にお昼ご飯を食べることに。授業が始まってから1週間。早くも、昼休みはこうして過ごすのが定着した気がする。
「いただきますっ!」
『いただきます』
小泉さんの元気な号令で、俺達はお昼ご飯を食べ始める。俺、サクラ、一紗、小泉さんはお弁当で、羽柴は自宅の近所にあるスーパーで買ったサンドイッチとホットドッグだ。
「じゃあ、まずはダイちゃん特製のだし巻き卵を食べるね」
「ああ。サクラの口に合うといいな」
今日は早く起きられたので、俺がだし巻き卵を作ったのだ。小さい頃、卵焼きの作り方をマスターした後に、サクラと和奏姉さんからだし巻き卵の作り方も教えてもらった。
サクラは俺の作っただし巻き卵を半分ほど食べる。緊張するなぁ。
「うん、美味しいっ!」
だし巻き卵を食べ始めてすぐに、サクラは笑顔でそう言ってくれた。その反応に、嬉しく思うと同時にほっとする。
「サクラの口に合って良かったよ」
「だし巻き卵の作り方は和奏ちゃんと一緒に教えたから、今もちゃんと作れていて嬉しいよ。あと、味が私やお母さんが作るものと似てる」
「だって、メインで教えてくれたのはサクラだったじゃないか。レシピは当時とあまり変わってないからな。このレシピで作るだし巻き卵が好きなんだ」
「……そ、そうなのですか。なるほどなるほど」
サクラは顔をほんのりと赤くするけど、凄く嬉しそうな笑みを浮かべる。ふふっ、と笑って箸で掴んでいた残り半分のだし巻き卵を頬張った。
俺もだし巻き卵を一つ食べる。……うん、美味しくできているな。だしの旨みと卵の甘みのバランスがちょうどいい。
「羽柴君。凄く甘い話だったね」
「ああ。砂糖を吐きそうなくらいに甘かったな、小泉」
「2人に同意だわ。そして羨ましいわ、文香さん。長年の付き合いがある幼馴染だからこそのエピソードね」
小泉さんはニヤニヤと、羽柴は爽やかに、一紗は落ち着いた笑顔を俺達に向けている。
「ううっ。そう言われると何だか恥ずかしい」
それまで頬にあった赤みが、色味を濃くしながら顔全体へ広がる。サクラはそんな赤い顔を両手で覆った。俺はそんなサクラの頭を優しく撫でる。
「は、話を変えよっか。明日は健康診断だから、あと半日で今週の授業が終わるね! やったね文香! 実質3連休みたいなものだし!」
「そ、そうだね。明日は健康診断……だし……」
顔から両手を離すサクラ。しかし、そんなサクラの顔色は、さっきとは打って変わって青白くなっている。あぁ、なるほど。そういうことか。
「ど、どうしたの文香さん! 素晴らしいと言ってしまうほどの顔色の変わり様だけど」
「サクラは小さい頃から注射が苦手なんだ。去年の健康診断の採血では気分が悪くなってしまったらしい」
「そういえば、採血をしてから文香に肩を貸していたことを思い出したよ」
「なるほど。去年、文芸部の先輩から、採血でクラッとしたって話をされたから、きっと2年生でも採血はあるでしょうね」
『はああっ……』
サクラと羽柴のため息が重なる。もしかしたら、採血は1年生しかないという望みを今も持っていたのかもしれない。
「文香さんだけでなく、羽柴君も採血が苦手なのね」
「ああ。……速水。今年も何かあったときには頼むぞ」
「分かった。安心しろ」
「……いい親友関係ね」
そう言うと、一紗は不適な笑みを浮かべ、俺と羽柴を交互で見てくる。BL的なことを考えていそうだ。
「文香も気分が悪くなったら、今年もあたしが肩を貸してあげるからね」
「ありがとう、青葉ちゃん」
小泉さんがいれば安心だな。それに、今年は同じクラスに一紗もいるし。2人に任せておけば大丈夫かな。
「大輝君と小泉さんは注射ってどうかしら?」
「俺は特に怖くないな。注射針が刺さるときの痛みは嫌だけど、それは仕方ないし」
「あたしも平気だね。部活でケガするから痛みには慣れているし。一紗はどうなの?」
「私も平気だわ。去年の健康診断で採血は初体験だったけど、血を抜かれる感覚も悪くなかったわ。血を抜かれるところもしっかりと見た」
「おぉ、一紗は強いんだな」
「ええ。今年は大輝君に注射されていると妄想しながら採血に臨むわ。大輝君に注射されるって何だかいい響きね!」
興奮気味にでそう言う一紗。まあ、この様子なら、一紗のことは心配しなくても大丈夫そうか。
「ねえ、みんな。明日は健康診断があるから、女子テニス部の部活ないんだ。もし、みんなも予定がなければ、健康診断の後に一緒にお昼ご飯食べない?」
「私は大丈夫だよ、青葉ちゃん。ただ、採血した後だから、あまり食べられないかもしれないけど」
「文芸部もないから、私も大丈夫よ」
「俺も採血後はどうなるか不安だから、バイトは入れてない」
「俺もバイトは入っていないな。……あのさ。採血後にどうなっているか不安な人もいるから、俺達の家で昼ご飯を食べるか? 俺が昼飯を作るよ。家なら、採血で気分が悪くなってもゆっくりできるし」
俺がそんな提案をすると、サクラ達はみんな賛成してくれた。一紗は特に。去年も採血の後は特に気持ち悪くならなかったし、お昼ご飯を作る元気は残っているだろう。
それからは、昨日の夜に放送されたバラエティやドラマの話をしながら、お昼ご飯を食べていく。
昼休みの時間が半分過ぎて、みんながお昼ご飯を食べ終わったときだった。
「おーい、速水。1年生のかわいい女子が遊びに来たぞ」
「ああ、分かった」
クラスメイトの男子からそんなことを言われたので、俺は教室前方の扉の方へと向かう。俺に訪ねてくる1年生のかわいい女子といったら、彼女しかいないだろう。
「こんにちは、大輝先輩」
扉のところに杏奈が立っていた。俺と目が合うといつもの可愛らしい笑顔を見せてくれる。そんな彼女はベージュ色のランチバッグを持っている。
「杏奈か、こんにちは。さあ、入ってくれ」
「お邪魔しまーす」
俺は杏奈と一緒にサクラ達のところに戻る。
「みなさん、こんにちはー」
「……杏奈。この前とは違ってランチバッグを持ってきてどうしたんだ?」
「昨日の放課後のお礼に、大輝先輩へアスパラの肉巻きを作ってきたんです。先輩ってアスパラって大丈夫ですか?」
「うん、普通に食べるよ。作ってきてくれたんだね、嬉しいな」
「いえいえ。お礼ですから。お口に合えば嬉しいです」
そう言うと、杏奈はランチバッグからタッパーを取り出して、俺が座っている机の上に置く。フタを開くと、タッパーの中にはアスパラの肉巻きが2つ入っていた。
「美味しそうだね、杏奈」
「美味しそうだよね。杏奈ちゃんは料理をするの?」
「します。朝はあまり強くないので、お弁当はたまにしか作りませんが。得意料理を食べてもらうのがお礼にいいかなと思って、アスパラの肉巻きを作りました。大輝先輩、このピックを使ってください」
「うん、ありがとう。じゃあ、さっそくいただきます」
杏奈から水色のお弁当用ピックを受け取り、俺はアスパラの肉巻きを一つ食べる。
「……うん。甘辛で美味しい」
「そう言ってもらえて嬉しいです」
その言葉が本心であると証明するかのように、杏奈は嬉しそうな笑顔を浮かべる。お弁当の定番のおかずを作り、それを昼休みに持ってきてくれることを含めて、杏奈らしい可愛いお礼だと思う。
こんなに美味しかったらいくつでも食べられるのに、もう次で最後か。そう思って肉巻きにピックを刺そうとした瞬間、桃色のピックが肉巻きに刺さった。そこから視線を動かすと、杏奈の笑顔に辿り着いた。
「大輝先輩。肉巻きを食べさせてあげますよ。これもお礼の一つです」
「そうなのか。ちょっと恥ずかしいな」
「ふふっ。でも、この前だって、マスバーガーでお客さんのいる中でポテトを食べさせてあげたじゃないですか。……ダメですか?」
「……分かったよ。じゃあ、食べさせてもらおうかな」
「……巧みな交渉術ね。参考になるわ」
一紗は杏奈に羨望の眼差しを向けている。
「大輝せーんぱい。はい、あ~ん」
「……あーん」
サクラ達の注目を集める中、杏奈にアスパラの肉巻きを食べさせてもらう。
「……美味しい」
「良かったです」
心なしか、さっきよりも美味しいような。食べさせてもらったことで、より杏奈の気持ちがこの肉巻きに込められたからかな。
サクラ達の方を見ると、一紗が羨ましそうにしているくらいで、みんな微笑んでこちらを見ていた。
「ありがとな、杏奈」
「どういたしまして」
「ねえ、杏奈ちゃん。明日、杏奈ちゃんのクラスっていつ健康診断を受ける? もし、午前中なら一緒にお昼ご飯でもどうかなって思っているんだけど」
と、サクラは杏奈のことを誘う。
明日の健康診断はクラスごとに、午前と午後に分かれて登校する。もし、俺達と同じく午前中に健康診断を受けるなら、一緒にお昼ご飯を食べられるのか。
「午前中です。集合時間は10時くらいだったかと」
「そうなんだ。私達も午前中なの。実は明日のお昼ご飯は、私達の家でダイちゃんの作った料理を食べることになっているの」
「そうなんですか。あの……あたしも一緒にいただいてもいいですか?」
「もちろんだよ!」
誘ったサクラはもちろんのこと、一紗や小泉さんも嬉しそうだ。
明日の昼は俺の分も含めて6人分のお昼ご飯を作るのか。午前中に健康診断があるので、朝ご飯は食べられない。美味しいものを作ろう。
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