第11話『部活説明会』

 4月8日、水曜日。

 新年度になってから2日目の登校。今日は部活紹介などのオリエンテーションとホームルームだけであり、お昼前に終わる予定だ。

 バイトが入っていないので、放課後は一紗と羽柴がうちに来て、お昼ご飯を食べることになっている。昨日、カラオケから帰るときに決めた。

 サクラと一緒に登校すると、2年3組の教室には既に一紗と小泉さん、羽柴が来ていた。昨日遊んだからか、3人は一紗の席の周りに集まって談笑している。


「文香! 速水君! おはよう!」


 最初に俺達に気付いたのは小泉さん。小泉さんが爽やかな笑顔でこちらに手を振ると、一紗と羽柴もそれに続く。

 自分の席にバッグを置き、一紗達のところへ行こうとしたときだった。


「あれ? 何だろう、この封筒」


 サクラはそう言うと、机の物入れから水色の封筒を取り出す。俺は早足でサクラのところに向かった。


「サクラ、どうした?」

「この封筒が物入れに入っていたの。今までにこういうことは何度もあったから、だいたいの予想はついているけど」


 サクラは水色の封筒を開け、中から白い紙を取り出す。その紙は二つ折りになっている。サクラは無表情で紙を開き、黙読する。その間に一紗達もこちらにやってきた。


「文香。またラブレターが来たの?」

「……うん。またラブレターだね」


 はあっ、とサクラは無表情のまま息を吐く。


「また……ということは、文香さんは告白されることが多いのね」

「多いかどうかは分からないけど、1年生のときは10回近くあったよ」

「それはかなり多いと思うわ。ただ、文香さんはとても可愛いから、そのくらい告白されるのも納得ね」


 一紗のその言葉に俺は心の中で何度も頷く。サクラは高1の間にそんなに告白されていたのか。バイトがあって、告白される様子は2、3回くらいしか見られなかったな。

 あと、一紗もサクラと同じくらい告白されていそうだ。文学姫と呼ばれるほどだし。


「放課後に体育館裏で、直接告白したいみたい。だからちょっと待っていてくれるかな。教室でもいいし、隠れて見ていてもいいけど。今までと同じように断るし」


 そう言うサクラは微笑んでいた。

 ラブレターがあると知ったときはドキッとしたけど、断ると分かって一安心。そんな俺の気持ちを分かっているのか、羽柴と目が合うと彼は「ふっ」と笑った。


「俺がちゃんと見守ってる。だから、頑張って断ってきて」

「私も隠れて見ていようかしら。一緒にあなた達の家に行くのだし。私も告白をたくさん断るけど、友人が断るところを見るのも創作の参考になるかもしれない」

「じゃあ、俺も見ていよう」

「今日みたいな日は、終礼から部活が始まるまで時間があるから、あたしも見るよ」

「何だかイベントみたいになってきているけど、断るだけだからね。多少食い下がられるときもあるけど、大抵はすぐに終わるから」


 落ち着いた笑みを浮かべながらそう言うサクラから、余裕も感じられた。それだけ今まで告白され、断っている経験があるからだろう。

 サクラとわだかまりのあったこの3年間。高校生になって、バイトに行かなければいけないとき以外は、サクラが告白される一部始終をこっそりと隠れて見ていた。でも、今日は堂々と隠れて見られるぞ! サクラは断る予定だけど、何があるか分からないからな。何もないことを祈ろう。




 朝礼が終わった後、部活説明会が行なわれる。そのためサクラや一紗、小泉さんを含めて説明者として参加する生徒は教室を後にする。そんな生徒が多いからか、半分以上がいなくなる。

 説明会の会場は体育館。ただし、体育館で説明会を受けるのは1年生のみ。2年生と3年生は放送委員会によるテレビ中継の形で説明会を見る。その形になったのは、運動系の部活や吹奏楽部などが、広いスペースを使って紹介するため、全校生徒が入れないため。

 流川先生曰く、昔は1年生のみが対象だったそうだ。ただ、文化系を中心に2年生と3年生が入部してもOKの部活が多いため、テレビ中継で2年生と3年生にも説明を聞いてもらうことにしたそうだ。


「教室で見られるのはいいよな、速水。去年と比べて自由というか」

「分かる気がする」


 去年は体育館で説明会を聞いたからな。私語もそこまでできないし、空気的にスマホをいじれず。なので、ただただ長く感じたものだ。特に入りたい部活もなかったし、学校生活に慣れてきたらマスバーガーでバイトしようと決めていたから。

 それに比べて、今年は教室にいる。あまりうるさくしなければOKと流川先生が言ってくれたので、前の席にいる羽柴と気軽に喋れるし、登校中に買ったボトル缶のコーヒーもいつでも飲める。スマホもいじれる。なので、羽柴の言うように、去年に比べると自由度が増していると思う。

 それに、今年はサクラ、一紗、小泉さんなど何人かの知人が、部活を説明する生徒として参加する。去年同様、部活に入る気は全然ないけど、この説明会は去年に比べるとかなり楽しみだ。

 朝礼が終わってから20分ほどして、部活動説明会が始まる。まずは吹奏楽部による演奏に乗せて、合唱部による校歌の斉唱。芸術で音楽を選択しているので馴染みがある。ただ、音楽の授業以外に歌った記憶はないので、一紗のように書道、美術を選択した生徒は「うちの校歌ってこんな歌だったのか」と思っていそう。

 生徒会による司会進行で部活説明会が執り行われる。説明会は運動系部活、文化系部活の順番で進んでいくそうだ。

 席を横に90度動かして座る羽柴と駄弁り、たまにボトル缶コーヒーを飲みながら説明会を見ていく。クラスメイトや友人が出ているのか、喋りながらもテレビに視線を向ける生徒が多い。そして、


『次は女子テニス部です』


 小泉さんの出番か。

 すると、白いスカートに桃色のシャツ姿の女子生徒達がラケットを持って入ってくる。もちろん、その中には小泉さんもいる。試合でのユニフォームなのだろうか。


「小泉、結構似合ってるな」

「そうだな」


 背も高めで、髪の色が青いこともあり目立っている。

 部長と副部長が女子テニス部の説明をしている後ろで、小泉さんを含めた他の部員は左右に広がってラリーをする。テレビ画面には部長と副部長が映っているので、説明を聞くのに集中できるけど、体育館にいる1年生達はラリーをしている部員を見ていそう。

 女子テニス部の説明が終わった際、会場から去ろうとする小泉さんの姿が映る。ラリーをしたからか、凄く爽やかな笑顔を浮かべている。カメラに気付いた小泉さんは、カメラに向かって小さく手を振り、ピースサインをした。そのことに、クラスメイトの女子が「かわいい!」と黄色い声を上げていた。

 それからも運動系部活の説明が行われ、10分間の休憩。その間に小泉さんを含め、結構な数の生徒が教室に戻ってきた。

 休憩が終わり、文化系部活の説明がスタートする。


「いよいよ文化系部活か。桜井と麻生はいつ出るんだろうな」

「それを楽しみに見るとするか」


 10分休憩の間にお手洗いに行ったので、サクラや一紗が登場する部分を見逃してしまうこともないだろう。

 文化系の部活は登場するのが部長や副部長、多くても数名の部員なので、運動系の部活に比べると地味な印象を受ける。そして、


『次は文芸部です』


 おっ、一紗のいる文芸部か。

 すると、真面目そうなメガネの男子生徒と背が小さめの女子生徒、そして赤色の冊子を持った一紗が登場する。テレビから男子生徒達の「おおっ」という声が聞こえるが、これは一紗によるものだと勝手に思っておく。


「さすがは麻生って感じだな」

「羽柴も同じようなことを思ったか」


 そして、文芸部の説明が始まる。

 メガネの男子生徒が部長で、背の小さめな女子生徒は副部長だそうで。彼らが説明し、一紗は落ち着いた笑みを浮かべながら冊子を持っている。どうやら、一紗はマスコットキャラクター的な立ち位置みたいだな。

 このまま一紗は何も言わずに立ち去るのかと思った矢先、一紗は副部長の女子からマイクを受け取り、


『みなさんと小説などのことで楽しく語ったり、お互いの作品の感想を言ったりするのを楽しみにしています。1年生はもちろんのこと、2年生や3年生のみなさんも是非、文芸部に来てみてくださいね。お待ちしています』


 美しい笑みを浮かべ、綺麗な声に乗せてそんなメッセージを送った。そのことに体育館では拍手が湧いた。


「こういう場でも落ち着いて喋れるとは。一紗は凄いな」

「そうだな。あと、マイクを持っているから、昨日のカラオケを思い出した」

「そっか」


 今と同じように、昨日のカラオケでもマイクを持っているときも落ち着いていて、綺麗な声を出していたな。

 文芸部の説明が終わり、その後も文化系の部活が進んでいく。そんな中で一紗が教室に戻ってきた。頑張ったね、と言うと一紗はとても嬉しそうにしていた。


『次は手芸部です』


 おっ、ついに手芸部か! サクラが登場するぞ!


「いよいよ桜井の出番だな」

「ああ、ちゃんと観ないと」


 個人的にはこれが部活説明会のメインイベント。あまり瞬きをせずに見なければ。

 テレビを観ていると、動物のカチューシャを付けた女子生徒達が4人登場した。4人は犬、猫、ウサギ、クマとそれぞれ違う動物のぬいぐるみを持っており、その動物のカチューシャを頭に付けている。犬とウサギの生徒はエプロンも身につけている。ちなみに、サクラは猫。よく似合っているし、4人の中でもダントツに可愛い。

 4人の動物カチューシャ女子が登場したからか、テレビだけでなく、教室に居る女子達も「かわいい」と言う。


「おおっ、桜井は猫耳カチューシャが似合っているじゃないか」

「……幼馴染として、そう言ってくれると誇らしいぞ」

「ははっ、あと桜井は猫のぬいぐるみが大好きなんだな。昨日もクレーンゲームで猫のぬいぐるみをゲットしていたし」

「サクラのベッドには大きな三毛猫のぬいぐるみもあるんだ」

「そうなのか」


 おそらく、4人が持っているぬいぐるみは手芸部の活動で作ったものだと思われる。

 1年生達が目の前にいるからなのか、サクラは頬をほんのりと赤くしてはにかんでいる。それも可愛らしい。

 手芸部の説明が始まる。犬のカチューシャを付けている女子生徒が部長さんで、ウサギが副部長さんのようだ。

 一紗のように、サクラにも喋る場面が与えられるのか。それとも、ただ立っているだけなのか。できれば、猫耳カチューシャをつけた今の姿で喋ってほしい。


「おっ、クマの生徒にマイクが渡ったぞ。これは桜井も喋るんじゃないのか?」

「かもな」


 クマの女子生徒はマイクを受け取ると、


『私達と一緒に、ぬいぐるみやエプロンなどを作りましょうね! 私達が教えますので、あまり得意じゃない人でも安心してください!』


 元気いっぱいにそう言うと、マイクをサクラに渡す。

 すると、サクラはにっこりと笑って、


『お、お喋りをしながら楽しく作ることが多いです。明日から始まる仮入部期間、1年生のみなさんはもちろんですが、2年生や3年生のみなさんも遊びに来てみてください。特別棟の3階にある被服室でお待ちしています』


 出だしは言葉に詰まっていたけど、サクラはしっかりと話せていた。緊張しているからか、話し終わったときは頬が真っ赤になっていた。よく頑張ったな、サクラ。

 手芸部の説明は無事に終わり、サクラは体育館を後にした。


「手芸部もいい説明だったな。ちょっとは入る気になったんじゃないのか?」

「……ほんのちょっとだけ」


 あまり得意でなくてもいいみたいだし、楽しくお喋りすることも多いそうだし、2年生も歓迎みたいだし、何よりもサクラがいる。なので、魅力的に思えるけど、


「手芸はかなり苦手だからな。手芸部には入らない。今まで通りバイトに勤しむよ」

「ははっ、そうか。俺も今年もバイトだな」


 サクラと仲直りしたし、1年生のときよりもバイト先にたくさん来てくれると嬉しいな。

 手芸部の説明が終わってから10分くらいで、サクラが教室に戻ってきた。女子中心に可愛かったと言われ、さっきと同じくらいに顔が赤くなっている。そんなサクラは俺達のところにやってくる。


「ど、どうだった? ダイちゃん、羽柴君」

「いい説明だったぞ、桜井。頑張ったな」

「ありがとう。ダイちゃんは……さっきの私を見て、どう思った?」


 依然として顔を赤くしながらそう問うサクラ。そんな彼女の視線は俺にしっかりと向けられている。


「み、みんなの前でしっかり話せて偉いと思ったよ。よく頑張った。あと、あの猫耳カチューシャもよく似合っていたと思う。可愛かったよ」


 正直に感想を言うと、サクラはほっとした様子になり、柔らかい笑顔を見せてくれる。


「良かった。ちなみに、ダイちゃんは手芸部ってどう? 手芸関係がかなり苦手だけど」

「……さっき、羽柴にも話したんだけど、今年も部活には入らずにバイトするつもりだ。でも、サクラの説明のおかげで、去年よりも興味が湧いたよ」


 部活に入るのを断ったけど、手芸が苦手なのを知っているからか、サクラはがっかりとした様子は見せなかった。


「ふふっ、そっか。自分のやりたいことをするのが一番いいよね。たまになるかもしれないけど、放課後とかお休みの日に、友達や文芸部の子と一緒にマスバーガーに行くね。できるだけ、ダイちゃんがバイトしているときに」

「ああ。ありがとう。あと、説明会お疲れ様」

「ありがとう」


 サクラは俺達に小さく手を振り、自分の席へ戻っていく。すると、すぐに小泉さんと楽しそうにお喋りを始めるのであった。

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