第10話『カラオケ』

 午後1時半頃。

 昼食を食べた俺達は、四鷹駅の南口にあるカラオケ店に向かう。

 その道中、入学式が終わったのか、四鷹高校の制服を着ている生徒を何人も見かける。その中には、『入学おめでとう』という文字付きコサージュをブレザーの胸ポケットに付けている生徒達もいて。そんな彼らが何だか幼く見えた。

 四鷹高校の制服姿の人達を見ながら、近いうちにこの中から部活やバイトの後輩になるかもしれないと話が盛り上がる。そのことで、俺は先輩気分をちょっと味わえた。

 カラオケ店へ行くと、ここにも四鷹高校の生徒達が。俺達のように、同じクラスになったので親睦を深めるために来たのだろうか。去年、俺が入学したときは……羽柴など、漫画やアニメ、ラノベが好きな友達と一緒に、ラーメン屋に行き、オリオにあるアニメイクに行ったっけ。あれからもう1年経つのか。

 俺達はフリータイムのドリンク飲み放題プランで受付をする。今日は午後6時までカラオケを楽しむことに。

 平日の昼過ぎという時間帯もあってか空いており、数種類の中からカラオケの機種を選べる。


「アニソンやボカロを歌いてえな!」

「色々な曲を歌えると嬉しいわ」


 羽柴と一紗のそんな希望もあり、幅広いジャンルの曲を歌える機種を選んだ。

 俺がレシートを受け取ると、部屋番号は『203』と印字されていた。2年3組なので、何だか縁を感じる。小泉さんはスマホでレシートを撮っていた。

 203号室は2階にあるため、階段を使って俺達は2階へ上がる。

 部屋へ向かう途中にドリンクコーナーがあるので、俺達は受付で渡されたグラスに好きなドリンクを注ぐ。ちなみに、俺はアイスコーヒー。

 203号室に到着し、部屋の扉を開ける。結構広い部屋だ。5人でもゆったりできそう。

 正面にはカラオケのモニター。今は人気の若手ロックバンドのミュージックビデオが流れていた。

 テーブルにはマイクが2本に、カラオケリモコンと冊子が置かれている。テーブルを挟むように、左右の壁に長めのソファーが。


「さてと。どう座ろうか。とりあえずは昼ご飯と同じように座る?」

「せっかくカラオケに来たのだから、私は大輝君の隣に座ってみたいわ。もちろん、大輝君さえよければだけれど。どうかしら?」


 上目遣いで俺を見つめながら、そう問いかけてくる一紗。


「ああ、いいよ」

「ありがとう」


 嬉しそうな笑みを浮かべ、一紗はそう言う。


「お昼ご飯のときとは違う座り方も面白いかも。あたしはどこでもかまわないけど、文香達はどうかな?」

「そ、そうだねっ。わ、私もダイちゃんの隣に座りたいな。ダイちゃんとカラオケに来るのはひさしぶりだし、昔はダイちゃんか和奏ちゃんの隣に座ることが多かったから……」


 頬をほんのりと紅潮させ、チラチラと俺を見ながら言うサクラ。

 昔は定期的にサクラとこのカラオケ店に来ており、隣り合って座ることが多かった。最後に行ったのはいつだろう。中学1年生の夏休みだったかな。


「ダイちゃん、どう?」

「もちろんいいぞ」

「じゃあ、そっち側のソファーに速水と桜井、麻生が座って、こっち側には小泉と俺が座るか」


 羽柴のその言葉に全員が頷き、俺はサクラと一紗に挟まる形でソファーに座る。だからか、ふんわりと甘い匂いが香ってくる。


「2人きりじゃないけれど、少し薄暗い部屋の中で、こうして大輝君の隣に座っているとドキドキするわね、大輝君」

「そ、そうだな」


 一紗は俺にベッタリと寄り添い、左手で俺の右の太ももを擦ってくる。そんな彼女は恍惚とした表情。そういえば、カラオケを提案したのは一紗だ。もしかしたら、こういうことをしたかったからなのかも。

 一紗の温もりや匂いを感じると、さすがにドキドキしてくるな。……色々な意味で。

 俺の左隣に座っているサクラの方を見ると、サクラは無表情で自分の音楽プレイヤーを操作している。これから何を歌うのか考えているのだろうか。表情がないのって怖いな。


「……ダイちゃん」

「は、はい」


 思わず背筋が伸びる。

 サクラは音楽ブレイヤーを俺に見せてきた。画面には線香花火をしている少年と少女のイラストが映っている。


「この『線香花火』って曲は知ってる? 2、3年前にアニメ映画の主題歌になった曲なんだけど」

「ああ、知ってるよ。結構好きな曲だ」

「良かった。じゃあ、一緒に歌おうよ! あの曲、男女2人で歌っているから」

「いいぞ。一緒に歌おう」

「うんっ!」


 サクラは嬉しそうに頷く。今までもカラオケに行くと、サクラと何曲か一緒に歌うことがあったな。


「『線香花火』かぁ。テレビで何度も聴いたことある」

「当時は特に流行ったよな。カラオケでも歌ったり、友達が歌うのを聴いたりするけど男同士だからな。俺は歌があんまり上手くないし。音楽の授業で速水も桜井も歌は上手いのを知っているから楽しみだ」

「確かに速水君も上手だよね」


 四鷹高校の芸術の授業は音楽、美術、書道から選ぶことになっている。俺、サクラ、小泉さん、羽柴は音楽を選択したので、互いの歌唱力がどのくらいかだいたい分かっている。サクラは上手で、羽柴は……音痴の部類に入るかな。小泉さんは元気に歌って、たまに音を外すことがある。


「みんな音楽なのね。私は書道なの。2年で変えられるなら、私も音楽に変えたいわ。音楽は聴くのも歌うのも好きな方だから」


 羨望の眼差しを俺達に向け、そう話す一紗。

 芸術授業は2年生もあるけど、2年生になった際に変更はできない。一紗は書道なのか。個人的にはイメージにピッタリな印象。文芸部だからだろうか。あと、一紗は和服がとてもよく似合いそうだ。


「そっか、一紗は書道を選択しているんだ。じゃあ、今日は一紗の歌声をたくさん聴かせてよ」

「青葉ちゃんの言うとおりだね! 私の勝手なイメージだけど、一紗ちゃんは声が綺麗だから、歌声もとても綺麗な気がする」

「そう言われることもあるわね。私もみんなの歌声を楽しみたいわ。あと、私とも一緒に歌ってくれるかしら、大輝君」

「ああ、分かったよ」


 そして、俺達は歌を歌い始める。

 サクラが俺にお願いしたこともあってか、最初は彼女と一緒に『線香花火』を歌う。女の子と一緒にこの曲を歌うのは初めてだけど、カラオケでひさしぶりにサクラと一緒に歌っているからかとても気持ちいい。そして、楽しい。サクラも笑顔で歌っていて、何度も俺を見てくれるからだろうか。あと、サクラの歌声は昔と変わらず可愛らしい。

 サクラと俺による『線香花火』は一紗も小泉さんも羽柴も絶賛してくれた。

 次は一紗の希望で、俺と一緒に幅広い世代に人気の男性フォークデュオの曲を一緒に歌う。

 サクラのイメージ通り、一紗の歌声はとても綺麗で聞き惚れてしまう。なので、危うく自分のパートを歌い忘れることもあった。

 その後は基本的には1人で1曲を順番に歌うことに。

 俺はJ-POP、ロック、アニソンなど色々と、サクラは『ガールズバンドデイズ!』というアプリゲームの曲やJ-POP、一紗は自分の好きなアーティストの有名曲、小泉さんはここ何年間で流行った曲、羽柴はアニソンとボカロ中心に歌っていく。

 みんなの歌う曲は知っている曲が多いので、どの曲も聴き入ることができる。羽柴も音程は安定しないけど、気持ち良く歌っているので嫌だとは全く思わない。この中で一番『音楽』を体現しているのは彼じゃないだろうか。

 あっという間に時間が過ぎていき、気付けば午後4時近くになっていた。そのとき、


「あぁ、たくさん歌ったらお腹空いてきた」

「そうね、青葉さん。私も空いてきたわ」


 一紗と小泉さんの大食いガールズコンビがそんなことを言ったのだ。


「確かに、歌うのがいい運動になってるな。俺も何か食いたいな。速水と桜井はどうだ?」

「俺はそこまで腹は減ってないけど……何かつまみたい気分ではあるな」

「私もダイちゃんと同じ感じ。4時だし、おやつにちょっと食べたいかな」

「じゃあ、パーティーメニューがいいね! 5人で食べるから!」

「それがいいわね」


 大食いガールズコンビは既にメニュー表のパーティーメニューページを見ている。本当にこの2人は食べることが大好きなんだな。

 大食いガールズコンビ中心に話し合った結果、ポテトとオニオンリング、鶏の唐揚げのあるおつまみフライプレートを注文することに。俺やサクラがあまり食べなくても、彼女達が全部食べてくれそうなのでこれを頼んでも大丈夫か。

 しかし、ここで小泉さんが、


「せっかくカラオケに来ているんだから、採点勝負をして、点数の一番低い人が代金を払うことにしない?」


 という提案をしてきたのだ。


「……小泉。面白いとは思うけど、そのルールだと、俺が代金を支払う可能性が一番高いと思うぞ。自分で言っていて何とも言えない気分になってきた……」

「客観的に見て、羽柴君の言っていることは正しいと思うわ」

「容赦ねえな麻生!」

「あ、あくまでも可能性で確定じゃないよ、羽柴君。あと、頼もうとしているプレートの料金は高いし、誰か1人に支払わせるのは、点数が低い罰としては重いんじゃないかな。せめて、2人にするとか」

「俺もサクラの意見に賛成だ」


 おつまみフライプレートは1000円以上する。サクラの言う通り、歌唱の点数が一番低かった罰としては重いだろう。

 話し合いの結果、下位2人がおつまみフライプレートの代金を払うこと。点数が同じで下位2名が決まらなかったら、ジャンケンで決めること。勝負する曲は最下位になりやすい羽柴が選ぶことに決めた。

 肝心の勝負曲。5人で勝負することと、自分が学校でたくさん歌った曲という理由で、羽柴は童謡の『春の小川』に決めた。確かに童謡なら馴染みがある。短いので緊張感も出て、5人それぞれが歌ってもそこまで時間がかからないということか。

 サクラ、俺、一紗、小泉さん、羽柴の順番で『春の小川』を歌った。その結果、


 1位:一紗

 2位:サクラ

 3位:俺

 4位:羽柴

 5位:小泉さん


 という順位になった。

 自分が選んだこともあり、羽柴はそれまでと比べて上手に歌っていた。なので、正直、俺が4位になって代金を支払うかもしれないと危惧したけど、羽柴は4位に留まった。ただ、最下位ではなかったからなのか、羽柴は満足そうにしていた。


「やっぱり、言い出しっぺは料金を支払う羽目になるのかなぁ……」


 そう言う小泉さんはげんなりとしている。五等分して支払うことにすれば良かったとか思っていそうだ。小泉さん……元気に歌うのは良かったけど、たまに音を外していたからなぁ。


「ははっ、そうかもな。しかも、俺よりも低い最下位だし。最初に、代金を払うのは2人にしようって言ってくれた桜井に感謝した方がいいんじゃないか?」

「そうだね。ありがとう、文香! さすがはあたしの親友だよ!」

「ふふっ。2人とも、美味しくいただくね」

「奢ってもらうのだから、味わいながらいただくことにするわ」

「俺もそうするよ」


 『春の小川』を歌ったからなのか。それとも、タダでいただけることになったからなのか。さっきよりもお腹が空いてきた。

 それから程なくして、おつまみフライプレートが届く。

 作りたてなのだろうか。どれも結構熱くて美味しい。サクラと一紗はもちろんのこと、この後料金を支払う小泉さんも羽柴もポテトやオニオンリング、唐揚げを食べると段々元気な様子に。

 それからも、みんなが好きな曲を歌い、フリータイム終了の午後6時までカラオケを満喫するのであった。

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