第2話『文学姫の告白』

 ――速水大輝君のことが好きになりました。私と付き合ってくれませんか?


 落ち着いた声に乗せられた麻生さんの告白。

 それは俺の体の中に入り、温もりと共に全身へ広がっていく感じがした。今までにも何度か告白されたことはあるけど、こういう風になるのは初めてだ。一昨日、麻生さんのことを助けたからだろうか。


「文学姫が告白されることはたくさんあったけど、まさか告白する日が来るなんて。あの男子凄いね。どんなことをすれば、文学姫に告白されるのかな?」

「助けてくれたって言っていたよ。きっと、それが相当良かったんじゃない? それに、彼はイケメンだし」


「文学姫に告白されるなんて。速水が羨ましい……」

「姫だって人の子だ。誰かを好きになることもあるだろう」


 男女問わず、周りからそんな会話が聞こえてくる。

 今の状況から考えて、「文学姫」は麻生さんのことだろう。現代文や古典がとても得意なのかな。あとは、うちの高校には文芸部があるから、そこに入っているとか。そういえば、1年生の間に何度か「文学姫」と生徒が話していたのを聞いた記憶がある。

 1年のときはクラスメイトと同じ中学出身の友人くらいしか繋がりがなかった。それもあって、先日の一件があるまで、麻生さんのことは知らなかった。彼女はちょっとした有名人のようだけど。


「結婚を前提にお付き合いしてほしいの」

「お、俺のことが凄く好きなんだな」


 結婚というワードが出ると、さすがにドキッとする。


「ええ。犯人に突き飛ばされた私を抱き止めてくれたときのあなたの笑顔。とても素敵だった。あのときは助けてくれた感謝だけだったけど、時間が経つに連れてあなたへの好意が膨らんでいったの。あなたのことばかり考えるようになって。昨日はあなたと新婚生活を送る夢を見たわ」

「し、新婚生活!」


 普段よりも大きな声で言うサクラ。赤くなった顔で、サクラは俺と麻生さんのことを交互に見ている。目の前で告白する場面を見たからドキドキしているのだろうか。そんなサクラを羽柴と小泉さんが微笑みながら見ていた。

 それにしても、俺と新婚生活を送る夢を見るなんて。麻生さんの抱く好意の強さと深さが相当なものであると伺える。


「私の淹れた大好きな紅茶を速水君と一緒に飲んで。美味しいねって速水君が私にキスしてくれて」

「キ、キス!」


 さっきよりもさらに大きな声で言うサクラ。それまで頬中心にあった赤みが顔全体へと広がっていく。あううっ、と可愛い声を漏らして、小泉さんの方によろめく。そんなサクラを小泉さんが支える。夢の中でも、麻生さんと俺がキスしたのが刺激的だったのだろうか。

 ふふっ、と麻生さんはサクラを見ながら笑う。


「桜井さんったら可愛いわね。ちなみに、速水君は紅茶って好き?」

「ああ、好きだよ」

「そうなの。じゃあ、もっと正夢にしたくなったわ。速水君、結婚を前提にお付き合いしませんか? むしろ、お付き合いを前提に結婚しませんか?」

「年齢的に俺はまだ結婚できないな」

「……確かにそうね。つい先走ってしまったわ。……まずは恋人としてお付き合いしてくれますか?」


 麻生さんはニッコリと笑って、俺の手を今一度しっかりと握ってくる。俺への想いをたくさん伝えたからか、彼女の手から伝わってくる温もりがとても強く感じられる。

 麻生さんからの告白。どう返事するかは最初から決まっている。


「……好きになってくれたことは嬉しいよ。ありがとう」

「じゃあ――」

「でも、麻生さんの気持ちには応えられない。ごめんなさい」


 麻生さんは素敵な女性だと思う。でも、恋人として付き合いたい、結婚したいと思えるのはサクラだけ。ただ、この場でそれを言う勇気は出ない。だから、俺に告白してくれた麻生さんは凄い人だと思う。


「ふふっ、フラれちゃって」

「いい気味だね、文学姫」


 女子生徒達のそんな会話が聞こえた。なので、周りを見ると、扉の近くで卑しい笑みを浮かべる2人の女子生徒が。俺が見ているのに気付いたのか、気まずそうな様子で教室から出て行った。

 周囲の様子を見る中でサクラのことも確認する。さっきよりも顔の赤みが引いており、落ち着いた様子になっていた。


「麻生さんにあんなことを言うなんて。俺、ちょっと……」

「いいのよ、速水君」


 俺の手を強く握る麻生さん。


「1年生のとき、何人もの生徒を振ったから。ああいう風に言われるのは慣れているわ。中学までもそうだったし。それに、あんなことを言われても、私の価値は下がらない。むしろ、言った人達の価値が下がっていくだけ。それが分からないのかしらね?」


 愚かだわ、と麻生さんは冷笑する。

 やっぱり、麻生さんは今までに何度も告白された経験があるのか。それだけでなく、文学姫という異名があるほどに人気だし。だから、嫉妬されたり、敵意を向けられたりしやすいのかもしれない。あと、攻撃的な言葉選びをするのも一因かも。

 麻生さんは俺の手を離し、寂しげな笑みで俺を見つめてくる。


「ただ、告白をして、フラれるのは初めてだわ。今まで私にフラれた人達は、こういう気持ちを胸に抱いていたんでしょうね。ショックだし、悲しいわ」

「……そうか。何か……申し訳ないな」

「気にしないでいいのよ。あなたは私の告白に返事をしてくれたのだから。ありがとう」


 そう言って、麻生さんは口角を上げる。そんな彼女はとても強い人だと思う。


「ちなみに、お友達としては仲良くしてもらえる?」

「ああ、もちろんいいよ」

「ありがとう。まずはお友達としてよろしく!」


 ニッコリと笑って再び俺の右手を握る麻生さんは、今までの中で一番可愛らしい。

 一昨日助けた麻生さんと一緒のクラスになれたのは、縁があってのことだろう。これからは友人として彼女との繋がりを大切にするか。


「友人だけど、速水君と繋がりを持てたわ。一歩踏み出せたわね……」


 ふふふっ、と低い笑い声で笑う麻生さん。この様子だと、どうやら彼女は諦めていないようだ。そういえば、彼女はさっき「『まずは』友達としてよろしく」と言っていたな。


「まさか、麻生さんが速水君に告白するなんて。驚いたよ。文香はどうだった?」

「わ、私も驚いたよ。麻生さん、私達ともお友達になってくれると嬉しいな」


 微笑みながらサクラがそう言うと、小泉さんは何度も首肯する。

 麻生さんはいつもの美しい笑みを浮かべ、サクラと小泉さんに向かってしっかりと頷いた。


「もちろんよ、桜井さん、小泉さん。あと……あなたは確か羽柴拓海君だったかしら」

「あ、ああ。そうだけど。俺のことを知っているのか」

「去年の秋、文芸部の友人があなたに告白してフラれたから。その子が、こっそり撮ったあなたの写真を見せてくれて」

「そうだったのか。……去年の秋だとあの子かな。麻生、その子に伝えておいてくれ。その写真は持っていてもいいけど、誰かに送ったり、あんまり見せびらかしたりするなよって」

「ええ、伝えておくわ」


 羽柴は人気のある生徒だから、定期的に女子生徒から告白されていた。例の生徒以外にも、羽柴を隠し撮りした写真を持っている生徒は何人もいそう。写真は持っていいと言うのは彼の温情かな。

 あと、麻生さんはやっぱり文芸部の部員か。おそらく、部活絡みで『文学姫』と呼ばれているのだろう。


「羽柴君は速水君とお友達なの?」

「ああ。高校で出会った一番の親友だ。あと、二次元を愛する同志でもある」

「ふふっ、そうなの。これからよろしくね、羽柴君」

「ああ、よろしく」


 無事に羽柴とも友人になったか。これで、さっき小泉さんが言っていたように、今年は5人で遊ぶことが多くなるかもな。


「あっ、愛実先生!」

「うちのクラスの担任になるの?」

「そうよ、1年間よろしくね」


 そんな話し声が教室の前方から聞こえたのでそちらを向くと、流川愛実るかわまなみ先生が女子生徒達と楽しそうに喋っていた。ロングスカートに縦セーターという落ち着いた格好だ。

 流川先生は俺達のことに気付くと、穏やかな笑みを浮かべ、こちらに向かってゆっくりと歩いてくる。


「速水君達4人、2年連続で同じクラスになったわね。といっても、私もクラス分けの会議に参加していたんだけど。私がこの2年3組の担任になったから。まさか、速水君に文香ちゃん、青葉ちゃん、麻生さんの4人が例の連続窃盗犯に関わるとは思わなかったけれどね。みんな、1年間よろしく」

『よろしくお願いします』


 俺達5人は声を揃えて流川先生にそう言った。すると、先生は柔らかな笑みを浮かべて、しっかりと頷いた。

 サクラ達と同じクラスになって、担任の先生も2年連続で流川先生か。これなら2年生のいいスタートが切れ、いい1年間を過ごせそうな気がする。


「まなちゃん先生が担任で幸せですよ!」

「そう言ってくれて嬉しいわ、青葉ちゃん。そういえば、文香ちゃん。半月近く経ったけど、どう?」

「もう慣れました。学校生活には影響はないと思います」

「それなら良かった。心なしか、1年のときよりも明るい表情に見えるわ」

「……春休み中にいいことがありましたから」


 そう言うサクラは可愛らしい笑みを浮かべ、俺の方をチラッと見る。いいことっていうのは、俺と仲直りしたことかな。そう考えると自然と口元が緩んでしまう。


「そっか。今年は可愛い文香ちゃんをよりたくさん見られそうで嬉しいわ」

「……何だか照れちゃいますね」


 えへっ、と文香は頬をほんのりと赤くして笑う。凄く可愛い。

 ――キーンコーンカーンコーン。

 気付けば、朝礼が始まる時間となっていた。麻生さんに告白されたから、あっという間に時間が経っていたんだな。


「さあ、新年度の最初の朝礼を始めましょうか。それぞれの机に出席番号と名前が印刷された紙が貼られているから、自分の席に座ってね。出席番号順になっているから」


 大きめの声でそう言うと、流川先生は教室前方の教卓の方に歩いて行く。

 出席番号順ということで、羽柴と俺、小泉さんとサクラはそれぞれ前後の席に。サクラは小泉さんの後ろの席に座れてとても嬉しそうだ。麻生さんは窓側の一番前の席だから、出席番号は1番なのかな。

 自分の席に座ると、羽柴は俺の方に振り返り、


「改めて今年もよろしくな、速水」


 爽やかな笑顔でそう言う。


「ああ。こちらこそよろしく」


 そう言って、羽柴と本日2度目の握手を交わした。

 席が少し後ろの方なので、視線をちょっと動かせばサクラと小泉さん、麻生さんの姿を見ることができる。とてもいい席だと思うのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る