第1話『あの子も。』

 名簿のポスターに、2年3組の教室は第1教室棟の4階だと書かれていた。なので、俺達はさっそく第1教室棟に向かう。

 1年のときの教室は第2教室棟にあったので、これだけでも新しい学校生活が始まるのだと実感できる。


「そういえば、速水と桜井ってお互いの呼び方を変えたんだな」


 昇降口で上履きに履き替えた直後、羽柴がそんなことを言ってきた。


「あたしもそれ気になってた」

「気になるよな」


 羽柴と小泉さんは頷き合う。これまで、2人の前では、サクラと俺はお互いのことを下の名前で呼んでいたからな。気になって当然か。

 羽柴と2人きりなら、サクラと仲直りできたからだと説明するんだけど。サクラと小泉さんのいる前でどう説明するか。


「ねえ、ダイちゃん。羽柴君に3年前のことを話したことってある?」


 俺の耳元でそう囁くサクラ。


「私、実は青葉ちゃんに話してて。仲直りしたことも話してる」


 小泉さんに話していたのか。2人は高校入学時に出会ったけど、親友で一緒にいることが多いから。小泉さんなら話してもいいと思ったのかな。もしかしたら、羽柴のように、小泉さんはサクラと俺が幼馴染なのに、高校ではあまり話していなかったのを疑問に思ったのかもしれない。


「そうだったのか。俺も羽柴に話したことある。仲直りしたことも伝えたよ」

「そっか。それなら言ってもいいね」


 俺達は一度頷き合うと、羽柴と小泉さんの方を向く。


「連続窃盗犯を捕まえた日の夜、サクラと俺が仲直りしたことを伝えたよな、羽柴。小泉さんはサクラから聞いたそうだね。それを機に、3年前の一件があるまでの呼び方に戻したんだよ」

「幼馴染としてまた仲良くなった証……みたいな。下の名前で呼び合うのも悪くなかったけどね」

「3年経てば慣れるし。むしろ、昔のように呼び合うのがちょっと照れくさいというか」

「それ分かる」


 えへっ、と可愛らしく笑うサクラ。

 今はまだ照れくささがあるけど、例の一件があるまで何年間も呼び続けたニックネームだ。近いうちに慣れてくるだろう。

 今の俺達の説明に納得したのか、羽柴も小泉さんも爽やかな笑みを浮かべる。


「なるほど。まあ、俺達にとっては新鮮な感じがしていいよな」

「そうだね、羽柴君。2人が仲直りしたし、これからは4人で遊ぶことが増えそうだね。あたしは部活のある日が多いけど」

「4人で遊べるといいよね、青葉ちゃん。さあ、新しい教室に行こうか」


 2年3組の教室は4階にある。

 エレベーターホールには生徒が多くいるので、俺達は階段で4階まで行くことにした。バイトで多少は体を動かすけど、運動という運動は全然しない。なので、毎日階段で上り下りするのはいいかもしれない。


「1年のときは2階にあったから、4階が凄く遠く感じるな。あと、自転車を漕いだ後だからか、ちょっと疲れる」

「そうか。1年の教室も2階だったし、家も2階建てだから4階は遠く感じるよな」

「あたしは全然平気だね」

「私も平気だよ。4階なら大丈夫」


 羽柴はさっそく息が上がり始めるが、サクラと小泉さんは平気そうだ。


「小泉さんはテニス部だから分かるけど、サクラってそんなに体力あったか?」

「中学生になってから、マンションでは階段で行き来していたからね。6階だからちょうどよくて。ダイエットしていたときは、早足で階段を上がったよ。階段の上り下りって結構いい運動になるんだよ」

「そうなのか」

「いい習慣を身につけているんだな……桜井は」


 中学1年までサクラと一緒に彼女の家へ行くときは、いつもエレベーターを使っていたから、全然気付かなかったな。御両親が引っ越す日、最後に行ったときもエレベーターを使ったし。数年ほど、マンションで6階まで上がっていたのだから、4階に上がるのは全然平気か。


「ダイちゃんの家に引っ越したけど、これからは平日はこの階段で運動ができそう」

「良かったね、文香。……あっ、そうだ。さっき、これからは4人で遊ぶことが増えるそうだって言ったけど、5人になるかもしれない」

「それってどういうこと? 青葉ちゃん」

「2年3組の名簿にあったの。窃盗犯とぶつかった麻生さんの名前が」

「えっ! そうだったの?」

「俺も気付かなかったな。俺達4人の名前があるかどうかだけ確認していたから」

「私も」


 サクラが俺と同じ行動をしていたと分かって嬉しい。

 窃盗犯を捕まえた後、麻生さんはうちの高校に通う同学年の人だとは聞いていたけど。彼女は文系クラスを選択していたのか。しかも、同じクラスになるとは。


「そういえば、連続窃盗犯のニュースで、犯人が逃走する中で女子高生を突き飛ばしたって言っていたな。それが麻生っていう女子なのか」

「ああ、そうだ。俺が抱き止めたのもあって、彼女にケガはなかったけど」

「おぉ、速水カッケー!」


 やるじゃねえか、と羽柴はニッコリ笑いながら俺の肩を叩く。

 犯人を捕まえられたことと、麻生さんを助けられたこと。それは俺がただ必死に動いた結果なのだ。それでも、褒められると嬉しいものだな。

 4階に到着し、俺達は2年3組の教室の中に入る。

 当然、今までとは違って俺の知らない生徒が多い。4階だから、窓の外から見える景色も前よりも広く感じるし。新鮮な雰囲気だ。


「これから、この教室で1年間過ごすんだな」


 気付けば、そんな言葉が声に出ていた。サクラ、羽柴、小泉さんは俺に笑顔で頷く。特にサクラは嬉しそうだった。


「おっ、速水に羽柴じゃないか。僕達同じクラスになったな!」

「桜井と小泉も今年もよろしくな」


 1年で同じクラスだった友人達が、こちらに向かって手を振ってくる。運良く、友人達の何人かは2年連続でクラスメイトになれたな。そう思いながら俺は彼らに手を振る。

 ――ガタッ。

 窓側からそんな音が聞こえたのでその方を見てみると、窓側の一番前の席にこちらを見つめてくる女子生徒がいた。美しい顔立ちに長い黒髪、青いカチューシャは見覚えがある。


「あっ、麻生さんだ」

「へえ、彼女が例の。かなりの美人だな。……今思い出したけど、同じ中学出身の奴が入学した直後に『黒髪ロングの凄い美少女が隣のクラスにいる』って興奮していたな。その美少女が彼女かもしれない」

「なるほど」


 確かに、麻生一紗あそうかずささんは凄い美少女だ。別格という言葉はこういうときに使うのかなと思うほどに。もちろん、サクラが一番の美少女だけど。

 この前はワンピース姿だったから大学生や新社会人のように感じたけど、制服姿だと彼女も俺と同じ高校生なのだと思える。それでも、麻生さんの持つ綺麗さは変わらない。

 麻生さんは美しい笑みを浮かべ、こちらに向かって歩いてくる。そのことで、爽やかで甘い匂いが香ったように思えた。


「速水君、桜井さん、小泉さん。おはよう。外の掲示板に貼ってあった名簿を見て、3人と同じクラスなのを嬉しく思うわ」

「そう言ってくれて俺も嬉しいよ」

「私もだよ、麻生さん」

「一昨日のことで、あたし達は一緒のクラスになるって決まったのかもね」


 大げさだなぁ、小泉さんは。ただ、小泉さんがそう言う気持ちも分かる。俺達3人が麻生さんと知り合ったきっかけは、連続窃盗犯による犯行という痛烈な出来事だったから。

 ふふっ、麻生さんは上品に笑う。


「面白いことを言うわね、小泉さん。……実は、あの名簿を見て感じたのは嬉しさだけじゃないの。運命ってあるものなんだって思ったわ。あなたの名前を見てね、速水君」

「俺の名前を見て?」

「ええ」


 麻生さんは一歩前に出て、両手で俺の右手を握り、俺を見つめてくる。麻生さんの顔には依然として美しい笑みを浮かんでいる。ただ、さっきとは違って頬が赤くなっているので、可愛らしさも感じられるように。さすがに、この状況だとドキドキしてくる。


「一昨日、私を助けたくれたことをきっかけに、あなた……速水大輝君のことが好きになりました。私と付き合ってくれませんか?」

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