第15話『姉との夜-後編-』
和奏姉さんに変なことをされることもなく、無事に体を洗い終えた。なので、姉さんとポジションチェンジ。バスチェアに座る姉さんの背後に膝立ちする。
「じゃあ、髪を洗い始めるよ」
「はーい! お願いしまーすっ!」
これから俺に髪を洗ってもらうからか、和奏姉さんはウキウキとした様子に。昨日、文香に洗ってもらったときもこんな感じだったのかな。そんなことを考えながら、姉さんの髪を洗い始める。
「どうだ?」
「凄く気持ちいいよ。フミちゃんと同じくらいに上手。誰かに髪を洗ってもらうのって気持ちいいね」
「俺も同じようなことを思ったよ」
「そうなの? さすがは姉弟だね!」
えへへっ、と和奏姉さんは嬉しそうに笑う。こんなことで血の繋がりを実感してしまうなんて。何とも言えない気持ちになる。
それにしても、和奏姉さんの髪は長くて綺麗だ。姉さんの髪型は普段はポニーテールだけど、ストレートヘアも結構似合うと思う。
文香も3年前の一件以降、髪を今のようなミディアムヘアまでに伸ばした。ショートヘア時代から、文香が髪を結んでいる姿をほとんど見たことがない。ポニーテールにした姿を何度か見たくらいで。ワンサイドアップやおさげなどの髪型にしたらどんな感じになるのか気になる。
「今、フミちゃんのことを考えていたでしょ」
「えっ? そ、そうだけど。どうして分かったんだ?」
「髪を洗う手つきがより優しくなったからかな」
「凄いな」
「伊達に大輝のお姉ちゃんやってないよ。大輝が産まれたときからだよ?」
「当たり前だ。実の姉なんだから」
「ふふっ、確かにそうだね。あたしの髪を洗っている間にフミちゃんのことを考えるなんて。どうかしたの? もしかして、露わになっているあたしの後ろ姿を見て、フミちゃんの体について考えていたとか?」
「体じゃなくて髪について考えてた。文香も髪がそれなりに長いし、髪を結んだらどんな感じになるのかなって。ほとんど見たことがなくてさ」
正直にそう答えると、和奏姉さんは「ふふっ」と笑う。
「本当に姉弟だね。実はあたしも昨日、フミちゃんの髪を洗っているときに同じようなことを考えたの。それで、フミちゃんに髪を結ぶのはどうかって聞いたら、ストレートが一番好きなんだって。とても暑い夏の日に、暑さを和らげるためにポニーテールにするくらいで」
「そうなのか」
思い返してみれば、ポニーテールにした姿を見たのは夏服を着ているときや夏休みのときだけだったな。首元がスッキリして、涼しく感じられるのだろう。
今年の夏も文香のポニーテール姿を見られるといいな。
「姉さん、そろそろ泡を洗い流すよ。目を瞑って」
「はーい」
和奏姉さんが目を瞑ったことを鏡越しで確認すると、シャワーを使って姉さんの髪に付いている泡を洗い流していく。
タオルで和奏姉さんの髪についたお湯を丁寧に拭き取る。普段、ポニーテールの形で髪を纏めているけれど、本当に癖のない直毛だなと思う。髪質もあるだろうけど、普段からちゃんと手入れができている証拠だろう。
ヘアクリップで髪を纏めて、洗髪は完了。
「よし、これで終わりだな」
「ありがとう。大輝が洗いたいなら、お姉ちゃんの背中や胸も素手で洗ってくれてもいいんだよ?」
「……今回の洗いっこは髪だけにしておくよ」
あと、胸を洗ってもらうなんて話は一度もなかった気がするけど。
「分かったよ。じゃあ、大輝は先に湯船に浸かって温まってなさい」
「そうさせてもらうよ」
俺は一人で先に湯船に浸かることに。
あと数日で4月になるけど、まだまだお風呂の温かさが気持ち良く感じられるなぁ。体を洗いながら歌う和奏姉さんの鼻歌が聞こえて心地良い。
そういえば、この湯船って文香しか入っていないんだよな。しかも、文香が出てからそこまで時間が経っていないし。……何か、今日は普段よりも体が温まりやすいな。のぼせないように気を付けなければ。
「よーし、これで体も洗い終わった。大輝、スペース空けて」
「ああ」
それまでは脚を伸ばして座っていたので、俺は体育座りの体勢になる。そのことでできたスペースに、和奏姉さんが俺と向かい合う形で浸かる。
「あぁ、気持ちいい。実家のお風呂は広いし、大輝も一緒だから今住んでいる家のお風呂よりも気持ちいいよ」
「そりゃ良かった」
えへへっ、と和奏姉さんは楽しげに笑う。
昔は文香と和奏姉さんと3人で入っても余裕があったのに……今は姉さんと2人で入って、ちょうどいい感じになった。姉さんと文香の2人なら広く感じられるのかもしれないけど。それだけ、俺達は大きくなったってことか。
「そういえば、昨日は久しぶりにフミちゃんと一緒に入ったけど、フミちゃん大きくなってたなぁ」
「姿は見ていても、こうして一緒にお風呂に入ることで成長しているんだって思えることってあるよな」
「そうね。結構大きくなってたよ……胸が」
「胸の話かよ! 全体の成長の話じゃねえのかよ!」
「もちろん、全身の成長も感じたわよ。素敵な女子高生の体になってた。ただ、何年も入ってなかったからか、変化を一番感じたのが胸だったわ。服の上からでも膨らみは分かったけど。あれはCくらいあるね。あと、柔らかかったなぁ」
うんうん、と和奏姉さんは両手の指を動かしながら、自分の推理に納得している様子。
和奏姉さんが文香の胸のことについて話題に上げたので、さらに体の温まるスピードが速くなったような。心臓の鼓動も強くなっているし。あと、今のことを文香に話してしまわないように注意しよう。
「もちろん、大輝の成長も感じたわ。高校生になってからの1年間で、筋肉がついてきた気がするよ」
「バイトを始めたのが理由かな。バイトを始めてから体力がついてきた気もするし」
「なるほどね。ちなみに、あたしはどう?」
和奏姉さんは急に立ち上がり、ドヤ顔を浮かべながら仁王立ちする。まったく、高校生の弟に自分の体を見せつけて。恥ずかしいとは思わないのか?
「ええと……相変わらずスタイルがいいな」
思ったことを素直に言うと、和奏姉さんは嬉しそうな表情になり、しっかりと頷く。
「ありがとう。大学生でもサークルでバドミントンを続けたり、バイトを始めたり、習慣的にストレッチをしたりしているからかな」
「きっとそうだろうな。部活でバドミントンをたくさんしていた高校時代のスタイルを維持できているのは凄いんじゃないか」
胸については高校時代よりも大きくなっている気がするけど。それを言ったら、どんな反応をされるか怖いので言わないでおこう。
「大輝に褒められちゃった」
えへへっ、と笑いながら和奏姉さんは再び湯船に浸かる。次回の帰省からも、入浴したときに体つきはどうかと訊いてきそうだな。
俺が体つきのことについて褒めたこともあってか、お風呂から出るまで和奏姉さんはずっと上機嫌なのであった。
お風呂から出た後は、文香も一緒に3人で俺の部屋のテレビで、3人ともハマっている『鬼刈剣』のアニメを観て楽しい時間を過ごした。和奏姉さんが一緒だからか、文香も柔らかな笑顔を浮かべることが多かった。
あと、この3人で自分の部屋でゆっくりと過ごすのは久しぶりなので、嬉しい気持ちでいっぱいだ。
そんな楽しい時間はあっという間に過ぎていき、
「ふああっ……」
午後11時を過ぎた頃、文香が大きなあくびをした。今日は数時間ほど公園でお花見をしたからな。朝にはおかずを作っていたし。それで疲れが溜まっていたのだろう。
明日は午前中に哲也おじさんと美紀さんの見送りがあるため、今夜はもう眠ることにした。
小さい頃のお泊まりのように、という和奏姉さんの希望で、2階の洗面所で3人一緒に歯磨きをした。小さい頃は3人並んでも鏡の前に立てていたけど、体が成長した今はそれができず、背の高い俺が2人の後ろに立って歯磨きをした。
歯磨きが終わり、文香と別れて俺は姉さんと一緒に自分の部屋に戻る。そして、姉さんに手を引かれて、ベッドの中に入る。
「あぁ、温かくて大輝の匂いもするから最高だね」
俺の左腕を抱きしめながらそう言う和奏姉さん。ここまで嬉しがられると、明日になって千葉に帰るのは嫌だとか言い出しそうだ。
「今年のお花見も楽しかったね」
「そうだな。羽柴や小泉さんも参加したし、文香とは玉子焼きを食べさせ合うこともできたから、個人的には去年より楽しかった」
「それは良かった。お手洗いに行ったり、お母さんの肩を揉んだりしたとき以外は、ほとんどフミちゃんの隣にいたね。フミちゃんは特に嫌がっているようには見えなかったし」
「……そうか」
和奏姉さんがそう言うのであれば、きっと文香は俺の隣にいて嫌ではなかったのだと思う。
「それに、フミちゃんを支えて守っていくって決意の言葉をみんなの前で言ったし。あのときの大輝、凄く格好良かったよ」
「……そう言われると何か照れるな。でも、ちゃんと言わないと、美紀さんも文香も安心させられないんじゃないかって思ってさ」
そういえば、あのときの文香は顔を真っ赤にして、小泉さんの胸の中に顔を埋めていたな。俺があんなことを言ったから、照れてしまったり、恥ずかしくなったりしてしまったのだろうか。
「きっと、大輝の優しさはフミちゃんに伝わっていると思うよ。大輝なりのペースでフミちゃんとの距離を縮めていけばいいんじゃないかな。一緒に暮らすからこそ、気を付けなきゃいけないこともあるけど。きっと大丈夫だと思ってる」
「……ありがとう。頑張るよ」
そんな言葉を口にすると、和奏姉さんは俺の頭を優しく撫でてくれる。そのことに安心感を覚えると同時に、明日帰ることに寂しい気持ちも抱いてしまった。
「お姉ちゃんはいつでも相談に乗るからね」
「ありがとう。姉さんも……相談したいことがあったらいつでも連絡してこいよ。千葉だし、何かあったらすぐに駆けつけるから」
和奏姉さんはとても魅力的な女性だ。これまでは何の問題も無かったけど、いつどんなことが起こるか分からない。弟だからできることもあると思うし。高校生になったから、姉さんを守れるんじゃないかと。
「ありがとう。こんなに素敵な弟がいて、お姉ちゃんはとっても幸せだよ」
嬉しそうな様子でそう言うと、和奏姉さんは俺の胸に頭をスリスリさせてくる。そんな姉さんの頭を優しく撫でる。
「じゃあ、そろそろ寝るか」
「うん、おやすみ、大輝」
「おやすみ、姉さん」
ベッドライトを消して、俺は目を瞑る。和奏姉さんの温もりと匂いを感じ、可愛らしい寝息を聞きながら眠りに落ちるのであった。
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