第10話『好きになったきっかけ』

 3月26日、木曜日。

 昨日までの予報通り、今日は朝からよく晴れており、風も穏やか。今朝の天気予報では天気が崩れる心配はないという。絶好のお花見日和だ。

 午前9時過ぎ。

 俺はお花見会場である四鷹こもれび公園に1人で来ている。どうして1人なのかというと、いい場所を確保するためだ。男性陣が場所取りするのが、うちと桜井家で行なうお花見での恒例となっている。

 今日はお花見日和だけど、今はまだ2組しかいない。しかも、どちらも俺と同じように場所取りをしているだけのように見える。


「あそこにするか」


 公園の中でも、指折りの大きさである桜の木の下が空いていた。運がいい。

 俺はさっそく桃色のレジャーシートを敷く。

 このレジャーシートは何年も使っている。確か、文香と俺が小学校低学年の頃に買ったものだ。文香と和奏姉さんが「可愛いからこれにする!」って意見が一致したから決めた思い出がある。長い時間座ってもお尻が痛くならないので、機能的にもいいシートだ。


「よし、これでいいな」


 俺は今回のお花見に参加するメンバーで構成されたグループトークに、『いい場所を確保できました』とメッセージを送った。

 自宅では文香、和奏姉さん、母さん、美紀さんがお花見のときに食べるお弁当を作っている。特に文香と和奏姉さんが張り切っていたな。そんな2人は昨日の夜、2人とも好きなアニメを観ながらたくさん話をしたらしい。ひさしぶりにたくさん話せて楽しかったそうだ。

 父さんと哲也おじさんは会社に行っているので、お昼になったら少しの間、テレビ電話でリモート参加する予定だ。

 速水家と桜井家以外の人で参加するのは羽柴と小泉さん。羽柴は俺が誘い、小泉さんは文香が誘った。羽柴はバイトがなく、お菓子を買ってきてこの公園に来てくれることになっている。小泉さんは午前中にテニス部の活動があるので、お昼頃に来る予定だ。

 ――プルルッ。プルルッ。

 さっそく、グループトークに文香と和奏姉さんからメッセージが送信される。


『よくやったわ、大輝! フミちゃん達と一緒に頑張ってお弁当作るからね!』

『大輝、場所取りお疲れ様。ゆっくりしていてね』

「いえいえ」


 思わず声に出して返事してしまった。ただ、こういったメッセージをもらうと、今年もいい場所を確保できて良かったと思える。

 ――プルルッ。

 今度は羽柴からメッセージが届く。


『速水、場所取りお疲れさん。じゃあ、菓子買ってこもれび公園に行くわ』


 羽柴はどんなお菓子を買ってきてくれるのかな。甘党のあいつのことだから、甘い系のお菓子をたくさん買ってきそうだ。

 場所取りもできたし、あとはみんながここに来るのを待つか。誰かが来るまでは、家から持ってきた読みかけのラノベを読もう。俺はイヤホンを耳に付けて低変人さんの曲を聴きながら、レジャーシートの上に寝転がってラノベを読み始める。

 ちなみに、今読んでいるのは『甘塩っぱい鈴木さん』という本。クラスでは完璧に見えるクールなヒロインの鈴木さんは、主人公と2人きりになると可愛らしい笑顔になり、デレデレな一面を見せる。そんなギャップが可愛らしい。


「ギャップか……」


 違うかもしれないけど、3年前の一件があってから、文香はクールで落ち着いた表情を見せることが多くなった。だから、ハンバーグを美味しいと言ったときの嬉しそうな笑顔や、姉さんが帰ってきてから時折見せる楽しげな笑顔がとても可愛らしく思えるのだ。いつかは、昔のように文香がいつも笑顔でいられるようにしたいな。

 幼馴染は登場しない作品だけど、たまに文香のことを思いながら読み進めていく。すると、誰かに足元をポンポンと叩かれた気がした。


「よっ、速水」


 気付けば、レジャーシートの側に羽柴が立っていた。この前、ラノベを買ってきたときと同じように黒いジャケット姿だ。そんな彼は膨らんだ大きなレジ袋を持っていた。俺と目が合うと、羽柴は持ち前の爽やかな笑みを浮かべる。

 腕時計で時刻を確認すると、場所取りしてから1時間近く経っていた。


「おはよう、羽柴。……たくさんお菓子を買ってきたみたいだな」

「ああ。近所のスーパーで買ったんだが、迷って時間がかかっちまった。チョコレートにいちごマシュマロ、ベビーカステラとかの甘いものはもちろん、ポテチに一口サイズの揚げ煎餅とかの塩系のお菓子も買ってきた」

「さすが」

「ははっ、どうも。速水もさすがだな。いい場所を取れたじゃないか」

「9時過ぎに来たから、いいところを確保できたよ」

「そうか。場所取りご苦労さん。失礼しまーす」


 羽柴は靴を脱いでレジャーシートの中に入る。まだ、自分以外には俺しかいないからか、腰を下ろすと両脚を伸ばした。


「おぉ、こうして見上げる桜もいいもんだなぁ。花びらの隙間から見える青空も綺麗だ」

「そう言ってもらえて良かったよ。場所取りを頑張った甲斐があった」


 早めに家を出て、徒歩数分もかからないこの公園に来ただけだけど。

 羽柴は仰向けの状態になり、スマホで桜の花を撮影する。


「よし、いい写真が撮れた。……そのラノベを読んで誰かが来るのを待っていたのか」

「ああ。外でゆっくりする機会もあまりないし。いい読書の時間になった。このラノベ、幼馴染ヒロインは出てこないけど結構面白い」

「そうなのか。……タイトルは知ってる。『従妹達が僕にとてもウザい』を読み終わったら俺も読んでみるかな」

「それがいい。オススメだぞ」

「ああ。……俺達しかいないし、この際だから速水に訊こうかな」


 依然として爽やかな笑みを浮かべたまま言う羽柴。これから俺に何を訊くつもりなのかな。おおよその見当はついているけど。


「桜井のことはいつから好きになったんだ? あと、きっかけも気になってる」


 やっぱり、文香が好きなことについてか。友人に好きな人がいるって分かったら、いつから好きなのかとか、好きになったきっかけは気になるよな。電話やメッセージでも訊けるのに、こうして対面で訊いてくるとは。話すときの俺の表情とかを楽しみたいのだろうか。

 周りを見ると……よし、近くには羽柴しかいないな。今なら話しても大丈夫か。


「……文香が好きだって自覚したのは小学3年生の春だ」

「そんな前からなのか。きっかけは何だったんだ?」

「……そのときに、初めて別のクラスになったんだよ。それまでは、幼稚園からずっと同じクラスで、一緒にいることが当たり前だった。小3のクラス替えで文香と別のクラスになって、文香のいない教室にいるのが凄く寂しかった。教室では文香のことばかり考えてたよ。帰りに文香と会ったとき、安心して温かい気持ちになったのを覚えてる。俺と別のクラスで寂しかったって、文香が言ってくれたことがとても嬉しかったんだ。そのときに、俺は文香が好きなんだって自覚したんだ」


 俺に駆け寄ってきたときの文香の笑顔はとても可愛くて、輝いていたな。

 好きになったきっかけを家族以外に話すのは初めてだから、結構恥ずかしい。気付けば、体がかなり熱くなっていた。今が涼しい季節で良かったよ。夏だったら熱中症で倒れていたと思う。

 なるほどなぁ、と羽柴は納得した様子で呟く。


「いつも一緒だからこそ、別々のクラスになって離れたことが、気持ちを気付かせるきっかけになったんだな。好きだってことは、それまで桜井と一緒にいた時間が当時の速水にとって楽しかったんだろうな」

「そういった時間の中で、自覚はなくても好きな気持ちが育っていったんだと思う」

「そっか。……ただ、桜井を好きな割には、高校ではそこまで多く話していなかった気がする。幼馴染っていっても1人の女子だ。高校生なったし、照れくさいから一緒にいるのを躊躇うようになったとか?」

「そう……だな……」


 羽柴は中学2年生のときの一件については知らないのか。うちの高校には、俺の出身中学から進学している生徒が何人もいる。高1のクラスには、中2のときのクラスメイトも生徒もいたし。高校生になってからは、文香とは挨拶や多少の会話をする程度には関係が回復していたから、当時のことを噂する人もいなかったのかな。俺も、高校に入学してから、当時のことについて小耳に挟んだり、誰かに訊かれたりすることはなかった。

 ただ、2年生以降に誰かから、当時のことを知られる可能性は否定できない。そうなるよりは、羽柴には自分の口から話しておいた方がいいな。


「……実は中2の始業式の日に、友達から『文香のことが好きなんだろ?』ってからかわれてさ。それが凄く恥ずかしくて。好きだって言うこともできなくて。だから、教室に文香がいる中で『あんな体も性格も子供っぽい奴は恋愛対象にならない』って言っちまったんだ。そうしたら、文香は激怒して」

「……それで、高校ではそこまで多く話さなかったのか」

「そうだ。ただ、高校生になった今はまだマシになった方で。当時は謝っても無視されたし、それまで絶えなかった笑顔も全然見せなくなったんだ。あの日を境に、文香は今みたいにクールで落ち着いた性格になっていったんだ。あと、文香の友人の女子中心に、嫌味なことを言われた時期もあったよ」


 今でも、当時のことを思い出すと胸が苦しくなるな。自分の一言で文香を傷つけて、かつての笑顔を奪ってしまったんだから。

 さすがに羽柴の顔から笑顔は消え、真剣な様子で俺のことを見ていた。


「そんなことがあったとは。まあ、そうなったのは……自業自得、なんだろうな」

「……ああ」


 自業自得だってことは俺自身が一番よく分かっているつもりだ。

 これまで、何人もの人から自業自得だと言われてきた。あのときに俺にからかってきた奴もそう言ってきて。さすがにそのときはかなりイラッときたな。睨み付けたことを覚えている。


「……今まで言われてきた中で、一番腑に落ちた『自業自得』だったよ。それは羽柴が高校からの親友で、当時のことを全く知らないからかもしれない」

「……そうか」

「ただ、『自己責任』とか『自業自得』って言うときは気を付けた方がいいと俺は思ってる。状況や内容によっては、その人の心をかなり抉ることになるから」

「……ああ、気を付けるよ」


 羽柴はそう言うと、俺の目を見て首肯した。

 個人的に、「自業自得」とか「自己責任」は自分自身に使う言葉であって、他人にむやみに言ってしまってはダメな言葉だと思う。その言葉を他人に対してよく言う人ほど、言ったことに責任を持たなかったり、謝らなかったりする印象がある。


「話を戻すけど、1年生のときは桜井と一緒に登校してきたことは何度もあったし、話すときは普通に話していたからなぁ。正直、ちょっと信じられない気持ちもある」

「高校で出会った人には、そんな過去があるとは思わないよな。同じ中学出身の生徒は何人もいるけど、高校では当時のことを噂されることはなかったから」

「俺も速水が話してくれるまでは知らなかったな。もちろん、このことは誰にも話さないよ」

「そうしてくれると有り難い。……文香が引っ越してきたのをきっかけに、まずは彼女と幼馴染としてまた仲良くなりたいなって思ってる」

「今までよりも関わりが増えるもんな。応援してる。何か相談したいことがあったら、いつでも言ってくれ」

「ありがとう。羽柴に色々と話して、少し気持ちが軽くなったよ」


 羽柴のような人と高校で出会って、親友になれたことを幸せに思う。頬が緩んだような気がする。羽柴は笑っているし、きっと俺も笑っているんだろうな。あと、近くにいた女子大生グループの方から黄色い悲鳴が聞こえたけど、それは俺達が原因なのだろうか。

 それからは、この冬クールで放送されたアニメの感想を中心に羽柴と語り合う。そして、


「大輝! 羽柴君!」


 文香の声が聞こえたので公園の入口の方を見ると、文香達がこちらに向かって歩いてきていた。彼女達が手を振ってきたので、羽柴と俺も手を振るのであった。

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