第2話

 俺はそのままマンションに帰るのが気味悪くなって、明るくなるまでファミレスで過ごす事にした。

 ちょうどその日は休日で良かったが、家に帰って流石に疲れた俺は、そのまま夜まで寝てしまっていたようだ。

 良くある怪談話のように、帰ったら自分の部屋に幽霊が居たりだとか、金縛りにあったりなんて事は当然無かった。カナのやつ、俺が心霊スポットに行ったのを知っててからかったのかもしれない、と思った。もしかするとあいつ、構ってちゃんの地雷女の可能性もあるか、と心の中で呟き、俺はなるべく寝室から遠ざけたくて、玄関先に猿の頭蓋骨を置いた。

 明日会社で、同僚たちにこれを見せたら何処かに捨てよう。霊なんて全く信じてないが、アイが倒れた矢先にあんな気持ち悪い電話のやり取りがあったのもあるし、そんなものを家に置いておきたくない。

 かと言って、あの廃屋に再び出向いてあの小猿の頭蓋骨を置きに行くのも億劫だし、またあそこに戻る事を考えると、寒気がする。

 俺はコンビニで食い物を買って、食事を取ると風呂に入った。ビールを飲みながら、特に真剣に見るつもりの無いバラエティ番組をぼーっと見て寛いでいた。


 ――――時計を見ると、時間は午後22時を回っている。


 我ながらかなり爆睡したなと思う。不意に心配そうにするリコの顔が過ぎった。リコと付き合い初めて、三年ほど経った。だいぶこちらから連絡する回数は減ったけど、今日は心細さを感じてLINEでも送ろうかと思いついた。

 iPhoneに手を伸ばした瞬間、ピコピコと新着メッセージを受信した音が鳴る。


「あれ、アイじゃん。意識戻ったんか?」


 新着メッセージを開くとアイのアイコンが目に入った。外傷は無かったし病院で少し落ち着いてきたのかもしれない。

 俺は内心ホッとした。あのままアイの意識が戻らず容態が悪化したら、後味の悪いまま何年も引きずってしまいそうだったから。


『達也くん 今 どこにいるの?』

『あー、俺? 今家にいるよ。てかさ、アイ大丈夫だった? いきなりぶっ倒れっから心配したよ』

『今 達也くんは 家にいるんだね』


 心配してメッセージを入れたのに、アイからの返信は何処かちぐはぐな答えだった。心配してやってるのに、相変わらずマイペースな霊感少女だと俺は不機嫌になった。

 そう言えば雨宮のヤツも霊感が強くて変わってたな、と思いながら俺は返信を返した。


『あぁ、いるけどなんなん。そういや無事におばさんも、おじさんも島から来てくれたのか? 心霊スポットに関係ねぇ、ガチめの発作なら心配だし、おばさんだけでも暫く家にいて貰ったら?』

『達也くん 持って帰ったでしょ』

『は? さっきからお前変だぞ。マジで怖いから辞めよーぜ、そう言うの』


 アイの文面を見た瞬間、ゾクッと怖気が背中を駆け抜けた。突然、白目を向いて倒れたのに、どうして俺があの小猿の頭蓋骨を持ち出した事を、アイは知っているのだろう。リコが教えたのかとも思ったが、心霊スポットに行って倒れたアイを、更に恐怖で追い詰めるような事はしないだろうとも思う。

 何時もは俺のLINEにも可愛い絵文字いっぱいで返事をするアイだが、今日の文章はたどたどしく、それが返って不気味だった。


『オサハラミ様が凄く怒ってる達也くんがそれを持ち帰ったせいでなんで持ち帰ったの!オハラミ様は怒ったらとても怖いんだよそれはオハラミ様の襍、縺。繧?sなのにまた儀式しなくちゃねウズメはもうみつかったから儀式しないとだめおまえのせいでみんな死ぬんだ。みんな死ぬだからもう終わり万々歳、もうすぐオハラミ様が迎えに来るから逃げても無駄もともと無駄』 


 句読点の無い不気味な文字の羅列がぎっしりとLINEのメッセージに書かれ、一部文字化けしている。気持ち悪くなって俺は叫びiPhoneを放り投げ出した。

 その瞬間、フッと部屋の電気が消えて心臓が止まりそうなほど驚いた。停電かそれともブレーカーが落ちたのか俺は半分パニックになりながら声を上げた。


「くそっ、んだよ! 停電かよ! タイミングよっ……」


 怒り狂って声を上げた瞬間、俺の体は硬直した。俺の部屋だと思っていたその場所は手掘りで掘ったような地下通路だった。


『かごめ かごめ 

 籠の中の鳥は

 いついつ出やる

 夜明けの晩に

 鶴と亀が滑った

 後ろの正面だあれ』


 遠くの方で、女の声が聞こえる。鮮やかな着物の狂女が笑いながら、禍々しく童謡のかごめかごめを歌って、おぼつかない足取りで此方にも向かってくる。俺の体は金縛りに合い全身が汗びっしょりなっていた。

 狂女の腕の中には、何がが抱かれているけど、一体それが何なのかがわからない。何度も壊れたように歌って此方にやってくる化け物に俺は恐怖で目が離せなかった。


 ――――これは夢だ、夢なんだ。俺は夢を見てるんだ、そう必死になって早く目が醒めるように祈っていたが、女の体が残像のように揺れ、瞬間移動するように此方に向かってくる。

 ほつれた髪の間から見える女の顔は美しいが見開かれた目の焦点は定まっていない。そして目の前にした女の腕には首の無い赤子が抱かれていた……と思った瞬間、悲鳴をあげてパッと目を開けた。


 俺は布団の中で眠っていた。

 心霊スポットに帰ってからずっと眠っていたのがろうか。

 ――――今のは夢か、リアルすぎて現実かと思った。 寝汗をびっしょりかいて体を起こそうとしたが、体を動かす事が出来ず、俺は金縛りにあっていた。

 目だけを動かして天井を見ると真っ暗な闇の中で、自分を覗き込むような黒い人影を感じた。顔は見えないが、その闇の中でじっと見つめる奴と目が合っている事だけはわかる。

 きっとあの女だ。

 そいつが、くぐーっと顔を近づけたかと思うと、白い歯が見えて笑ったような気がした。それと同時に、耳元で赤ん坊の声が聞こえて俺は気を失った。 

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