永山達也

第1話

 時は一週間前に遡る。

 俺は、ユージと共にアイを車に乗せ急いで病院に駆け込んだ。痙攣は収まったが車中でもアイの意識は戻らず、近くのコンビニの前で停車すると救急車を呼んだ。 

 うまく説明が出来ず、また一部立入禁止になっている場所がある心霊スポットに行っていた事もあって、四人でドライブに行ったら突然発作を起こしたという事で押し切った。最悪不法侵入で捕まる可能性があるからだ。

 薄情だけど今の職場は気に入ってるし、何か問題でも起こして警察に厄介になるのは困る。

 リコが病院からアイの両親に連絡して、この病院に来るまで付き添うといったが、島からここまで何時間もかかるので、帰るように促された。


「た、タツヤ……何それ? 成竹さんの家から持ってきたの?」

「あぁ、これ、格好いいだろ? お守りになるんじゃね?」


 病院から帰る道中俺が車内で、成竹さんの神棚から持ち出した小さな子猿の頭蓋骨を見て、リコは真っ青になっていた。もともとリコはホラーや怪談が苦手なので、面白い反応をしてくれる。

 ユージから心霊スポットに行かないかと言われた時、会社の同僚達に話したら、何か面白いものでも戦利品として持ち帰ってきてよと言われた。そいつらの中に、最近気になっている後輩のカナがいる。あいつもどうやら俺に満更でもないらしいので脈はあると思ってるんだが。

 リコは可愛いし好きだけど、ガードが固いしなかなかやらせてくれない上に家も遠いのが不満だ。都会で働くようになって、つい色んな女に目移りしてしまうのはしかたない。


「お前何考えてんだよ! 返してこいって! 何かあったらどーすんだよ!」

「そんな怒んなよユージ。本物かどうかもわかんねぇーし。今から廃村戻れねぇだろ」


 ユージがバックミラー越しに怯えたように非難する。確かにあの場所は雰囲気ありまくりで怖かったが、大袈裟過ぎだろ。それにこんな夜更けにあの場所に今から戻る気にはなれない。

 リコもユージも不安と恐怖の入り混じった表情で見ている。浮気がばれてから、俺の家に泊まりに来ないリコも、今日は誘ったらイケるかも知れない。もし断られたら、その時はカナに連絡しようか、と思いながら肩に手を回すと小声で囁いた。


「リコ……一人じゃ怖いだろ。泊まりに来いよ」

「もう、帰りたいよタツヤ。それに……私、怖いよ、


 リコは頭を降って項垂れた。俺は内心舌うつと回した腕を引っ込める。ユージも俺達のやり取りをバックミラー越しに、チラチラと気にするように見ていて、俺は苛つきながらふと見慣れた繁華街の交差点まで来ている事に気付き、ユージに言った。


「大丈夫だって! 俺はここから家まで歩くわ。リコの事送ってやってくれよ」

「わかった。マジで気を付けろよ」

「タツヤ、本当に……大丈夫? 絶対それ捨てた方がいいよ」


 リコとユージの心配を振り払うかのように、俺は陽気に笑って手を降ると、車から降りた。もう夜中の三時半だ。馬鹿騒ぎをしている酔っ払いの横を通り過ぎ、信号が点滅する横断歩道を通りながら俺はカナにLINEをした。


『カナちゃん、起きてる?』

『起きてまーす! 明日休みだからオールしてます♡ 自宅でぼっちなんですけどね(笑)』

『元気だねー、急にかなちゃんの声聞きたくなって。今から電話いい?』

『うん。それ先輩に言われたら断れないよ……』


 少し間があって、返信が返ってきたのがわかりやすくて可愛い。俺は心霊スポットの事など忘れて……、忘れるように、俺は発信ボタンを押した。コール音が鳴って可愛い声のカナがはにかむように電話に出た。


「夜中にごめんなー、ちょっとブラブラしてたんだけど、カナちゃんどうしてるかなと思ってさ。一人で宅飲みしてたんだ」

「うん、今夜は友達遊びに来る筈だったんだけどドタキャンされて、寂しく宅飲みなんですよ〜〜、タツヤ先輩の声聞けて幸せー!」


 少し酔いが回っているようだが、上機嫌でカナは話し始めた。これならワンチャン、このまま押せば付き合えそうだ。顔はリコの方が可愛いが、カナは俺の好きな芸能人と雰囲気が似ててドンピシャ、エロそうな体付きなので、うまく行ったらアイツと別れようかなと思っていた。

 不意に、カナの口数が少なくなり押し黙ったので不審に思って声を掛けた。


「カナちゃん、眠くなってきちゃった?」

『――――先輩、隣に誰かいるの?』

「え?」


 横断歩道を抜けて、歩いている道は所々看板のネオンが光っている。人もまばらで時折店から酔っ払いの奇声が聞こえるが、俺の周りには誰もいなかった。前方にカップルがいたがその距離も遠くて人差し指程度に見える。

 背後は点滅する街灯に、シャッターの降りた店とぶちまけられたゴミ箱、後は暗闇しか無い。


「いや、外にいるから酔っ払いの声でも入ったんじゃないかな?」

『そう、なんか……彼女さんかなと思ったけど、かごめかごめが聞こえるから、お店のBGMかな』


 俺は気味が悪くなって悪寒が走った。そんなBGMは聞こえてこない。ユーロビート系の曲や、24時間営業のオリジナル曲などは聞こえてくるがこのネオンのけばけばしい街に、童謡などあり得ない。俺は笑いながらカナに言った。


「怖いよ〜! 心霊スポット行ってきたのに。一人じゃ眠れないからカナちゃん家に行きたくなってきたじゃん」

『先輩、結構怖がりなんですか? 可……え? きゃっ!』


 突然悲鳴をあげたカナは、電話を切った。何事かと思いかけ直したがコール音が鳴るだけで反応が無い。流石にしょっぱなから距離詰めすぎたかと思って俺はLINEをした。セクハラで訴えられてもやばいのでフォローしておいて損は無い。


『ごめん、ちょっと俺、調子に乗りすぎたかな』

『……先輩……やっぱり隣に女の人いますよ。彼女さんですか? 私の事からかってます? 電話口で、返せ返せ殺すって凄い早口で言ってますよ、もう電話かけてこないで』


 俺は、青褪めて辺りを見渡したが不気味に輝くネオンの看板以外は無音の闇で、幾ら見渡しても人の気配は一切無い。喉の奥でヒュウ、と空気が漏れたかと思うと全速力で自宅まで走った。

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