第3話

 懐中電灯に照らされたその部屋は、仏間ほどの広さで、他の部屋よりも異様に闇が深く感じられたと言う。例えて言うと、墨汁で部屋全体を真っ黒に塗り潰してしまって、その中に御札が浮き上がってくるような異様な感じだ。


 リコが言うには霊感があるとか、無いとかそう言うの関係なくこの部屋はやばい、と感じられたそうだ。ハンドルネーム、あいちーことアイが、ふらふらと部屋に吸い込まれるように入っていった。


『ここは安全だよ。この御札が魔除けみたいになってるの……結界ってやつね。きっとこの家の人達は何から逃れる為にここを作ったんだよ』


 本当か嘘か、霊感の無い三人にはわからないが、水晶のパワーストーンブレスレットを霊能者のように握りしめて、部屋に入るアイを見た時は、本当に何かに取り憑かれたんじゃないかと怖くなったらしい。

 あの部屋は、相当ヤバイ、と思ってもまさか友達を置いていく訳にも行かないので、ユージもタツヤもリコもアイを追うように御札の間に入った。


『あいちーによると、こ……ここは、結界になっているそうです。ここは避難所なのかな……それにしても、暗いな。みんないるー?』

『俺もリコも中に入った。ここマジでやばいな……寒気すげー。ヤバすぎてもう笑えてきたわ……これ、ガチで幽霊でるんじゃね? 成竹さん、いたら返事してくださーい!』

『やめてよ、タツヤ……怖いってばっ』


 タツヤは、馬鹿笑いをしながらふざけたように大声で成竹さんを呼んだ。リコは思わす青褪めて叱りつけたらしい。タツヤは昔からそうなんだけど、人に弱みを見せたく無いのか虚勢を張ってしまう。俺は霊なんて怖くないぞ、というアピールなんだろうが、相当動揺しているように見えたと言う。

 暫くして暗闇に目が慣れてくると、前方に小さな神棚があり、その前にアイが佇んでいた。


『ここよ、この、神棚から一番強い力を感じる………』


 アイがうわ言を言うように、突っ立ったまま神棚を見ている。通常目線より上にあるはずだが、それは丁度手に届く高さに置いてあった。ユージが、アイを追い掛けてカメラをズームさせていく。回り込むようにアイの肩越しに神棚を撮影し、隣まで来た瞬間、アイは勢いよくカメラの方を見た。


『さ  れ』


 白目を向いて、奇声を発するとその場で痙攣して倒れてしまったと言う。その場にいた全員が悲鳴をあげ、ユージとリコがアイを抱きかかえた。こうなったらもう、その場はパニックになり、肝試し所ではなかった。


『おい、タツヤ何してんだ! お前も手伝えよ! もう洒落になんねぇよ、なんだよこれ! もう出よう』

『アイちゃん、大丈夫!? もうやだぁ……!』


 タツヤは神棚を見つめ、置いてあったものを掴み取ると、三人はアイを抱えて車まで戻り、急発進させてその場から立ち去ったと言う。


「なるほど……うん、確かに異常な感じだよね。でも、何か見た訳じゃないし、アイは、少し感受性が強いからさ……」


 そこまで聞いて、僕は珈琲を飲んだ。彼女達は何か見た訳でも無いので、アイの霊能力があるという話から、異様な空間に触発されてしまって、集団ヒステリーのようになってしまったのだろう。安心させるようにリコに言った。


「私もそう思ったんだよ。でも……アイちゃん、それからおかしくなっちゃって。変なうわ言を言うようになったの。オハラミ様がどうとか。それで……もう大学にも来なくなって、ご両親と島に帰ったんだけど……行方不明になったの。それに……タツヤが、あの時変なものを持ち帰って」

「え? オハラミ様……? 変なもの?」


 一気に雲行きが怪しくなってきた。僕の第六感が、これ以上は危険だと告げている。まさかアイが精神を病んで島に帰ったとは思わなかった。彼女とは、リコ程、僕は親しくないのでせいぜいLINEを知っていても個人的に連絡し合った事はない。

 心霊スポットで何かを持ち帰るのは、法律的にもアウトなんだが、タツヤはふざけて持ち帰ったのだろうか。本能的に、その変な物の情報を自分の身体なかに入れたくない。良くないものに違いないからだ。


「うん、なんかね……。赤ちゃん猿の頭蓋骨みたいなの」


 そう言って、リコがiPhoneに手を伸ばして画像を探すと、テーブルの上に置き僕の目の前に、差し出した。

 彼女の手から受け取ろうとした瞬間、リコの手と覆い被さるようにして女の青白い手が伸び、僕の手をやんわりと掴んだ。


「うわっ!!」


 僕は思わす声を出して手を引っ込めた。一斉に客と店員が此方を見つめ、リコも驚いたように目を見開いた。いつの間にか女の手も消えていて、僕は恥ずかしくなりリコに小さく謝った。もしかして、猿の頭蓋骨の写真を見ただけで震え上がるなんて、チキンな男だと思われたかもしれない。


「タケルくん、もしかしてこう言うの苦手なの? ごめんね……何か分かるかも知れないって思って」

「いや、今のは気にしないで! 全然、僕は平気だから!」


 僕は、普段は霊が見えないようにアンテナを閉じている。意識的に見ようとする時はかならず、そういった世界とチューニングを合わせるのだが、さっきの霊は簡単に言うと鍵をこじ開けて不法侵入してきた。

 これはかなりやばい事に首を突っ込んだ。

 だけど、リコや皆が心配だ。

 猿の頭蓋骨からは、何かを感じる事は無かったが、僕は口を開いた。


「これ、何かの儀式に使ってたんだよ。神棚にあったんだよね? 御神体かも知れない。オハラミ様っていうのも気になるし……取り敢えず、まずはユージやタツヤと連絡取ってみる。もし僕だけで手に負えない案件なら、ばぁちゃんに助けて貰うよ」

「うん、ありがとう……タケルくんがいてくれて、本当に良かった」

 

 ショートボブの髪を耳にかけて、はにかむリコに、僕は頬を染めた。高校の時も可愛かったけど、やっぱり凄く、タイプだ……。

 とりあえず、タツヤとユージに連絡を取ってみよう。

 出来るだけ自分で解決しないとばぁちゃんに助けを求めたら最後、何時お前は島に戻って修行するんだ、かんなぎを継ぐのかと言われるかわからない。とりあえずまずは、自分で調べてみよう。

 我が家は代々、霊力が強く我が家の神社の巫女をしている。ばぁちゃんは歴代の中で一番強く、そして僕は孫の中で一番霊力が高い。

 

 


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