蒸気の巨像と救いの聖火

きゃのんたむ

プロローグ。

「わぁっ!」

 後部座席に座った少女が悲鳴なのか歓声なのかよくわからない声を上げる。小型の飛行駆逐艦が発着場を飛び出し、地を這うような高度で鬱蒼と生い茂る森を走っていた。針に糸を通すような繊細な軌道を描きながらも猛スピードで木々の間を駆け抜ける。操縦席に座る赤毛の軍人は、楽しそうに、そして巧みにハンドルを操っていた。


 しばらく森を走らせた後に操縦桿を引いた。それに合わせて駆逐艦の頭が持ち上がった。小さな翼で一気に揚力をかき集めた。蒸気機関の力を借りて木々の間から打ちあがる。赤い駆逐艦は、一息で超高々度にまで達した。

 目を点にした少女は重力に押さえつけられ後部座席に半ばめりこんでいた。目の前に広がるのは、あまりにも高く爽快な青い遥か彼方の大空と、そして壁の無い世界。


「な、な、な、」

「ザクロ、大丈夫?」

「すっ、すっ、すっごっ、飛んでっ……!」


 ザクロと呼ばれた少女は興奮のあまり喋ることもままならなかった。


「足元に板みたいなものがあるだろう。きみはそれで降りるんだ。それで晴れて自由の身」

「降りる? 降りるって? こっ、ここから!? ここからだと……ここからだと降りるじゃなくて落ちるですよね!?」

「そうとも言うね。大丈夫。きみはきっと逃げ切れる」


 駆逐艦の姿勢が安定すると、軍人は帽子を深くかぶり直した。

 前方席からザクロのほうへ振り返るが、立てた襟と帽子のせい顔がよく見えない。

 板状の乗り物をザクロに無理やり持たせて、後部座席の扉を開け放つ。殴りつけるような暴風が駆逐艦を揺らした。

 ザクロの煌く金髪が、びゅうびゅうと風に踊った。

 軍人は、涙目で首を横に振るザクロの頭を一度撫でた。


「ザクロ=ゼタジュール、気に病むことはなにもない。すべてうまくいく。たった今から、きみは自由だ」

「あの、ちょっ、待って、待って待ってゃぁぁああああー……」


 軍人が操縦席のスイッチを押すと、緊急脱出装置が作動した。ザクロ=ゼタジュールは座席ごと大空へ吹き飛ばされた。危機をいまいち理解できていないような間抜けな悲鳴を聞き届け、軍人は急激に高度を下げて森へと入る。


「ザクロ=ゼタジュールを頼んだぞ、アベル。お前の物語の始まりだ」

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