漂泊者たちの聖戦:エピローグ

 悪は去り罪が残る。


 カトレアに起きたことの経緯をつまびらかにすれば多くの同情も集まるであろう。

 しかし、親や子を失い街を焼かれた者たちの憎しみはそれを上回る。その怒りをカトレアへ向けるなと言うのは無理な話だ。


 擁護しようにももはや、カトレアに逃げ場はない。

 行き着く先は死罪のみ。

 ならば、と、瞬殺姫アデッサは暴虐の教祖カトレアを自らの手で――処刑した。


 カトレア死す。


 その噂がミンヨウ大陸を駆け巡る。


 同時に、大陸の各地で一斉にダンチョネ教の残党狩りがおこなわれた。中にはカトレアにより心を支配されていた者、純粋に世界の再生を望んでいた者たちもいたが、その殆どがカトレアの考えなどまるで知らず、ダンチョネ教をただの隠れみのとして利用していた悪逆者たちだ。カトレアやダンチョネ教へ恨みを持つ者は留飲を下げた。ならず者たちが次々と排除されることにより、世界は少しだけ明るさを取り戻してゆく。


 一連の騒動が落ち着くと、いつものように、巷では今回の事件に関する無責任な議論がそこかしこで繰り広げられた。


「カトレアは死んで当然さ」「更生の余地がある子供を殺すとは」「カトレアだって何かに操られていたっていうじゃないか」「人殺しにはかわりはない」「悪人を退治したって次の何かが湧いてくだけ」「いつまでも放置していた国が悪い、国王が悪い」「ダンチョネ教は結構いい客だったんだ。こちとら商売あがったりだよ」「結局なにも変わりはしない」


 だが、やがてはカトレアの名も忘れ去られてゆき――


「ダンチョネ教? それより、一番イカレてるのは瞬殺姫さ。なんでも子供の目を引き抜いて食っちまったって言うじゃねぇか。あいつに関わったら最後さ」


 いつの間にかそんな、根も葉もない噂話へと、落ち着いてゆく。



 噂と言えばもうひとつ。



 城郭都市ホイサからチョイトへ向かう道を大きく外れた深く怪しい森の中。


 忘れられた古い地下聖堂。そのかたわらの打ち捨てられた小さな村に、追放されたダンチョネ教の教徒たちが集い、今では白いローブと極端な思想を捨て、隠遁者いんとんしゃとなり静かに暮らしているという。


 そして、その集団のなかに、左目を鎖の眼帯でおおう少女と、その弟の姿を見たと言う話なのだが――その真相は定かではなく、誰の興味も引かなかった。





 つばさが大気をひきく音が谷間にひびいた。空を舞う巨体が太陽をさえぎるとあたりは一瞬いっしゅん夜のように暗くなり、そしてまた、昼へともどる。


 翼のぬしはすでに、己の巣で待ち伏せる人間の存在に気づいていた。だが、何千年ものあいだ王者として君臨してきた彼は、人間どもの待ち伏せなどを恐れはしない。警戒をするそぶりさえ見せずに、大胆に、待ち伏せる人間の正面へと降下してゆく。


 巨大な三対六枚の翼が二度、地をあおいだ。


 嵐のような砂ぼこりがあがり着地とともに大きな地響じひびき。たちこめた土煙が薄らいだ、その狭間はざまから巨体が姿をあらわす。


 巻きあがる炎を背に悠々と首をもたげる、翼の主。


 隣の大陸から飛来し、近隣の村を襲い続けている三対六枚の翼を持つ六翼竜『ワーバグトゥ』。


 そして、その前へ悠々と歩みでる二人の少女――


 ブロンドの少女が差し出した左手に黒髪の少女が右手を合わせ、二人は深く指を絡ませた。黒髪の少女はスカートをたなびかせながらくるりと一回転してブロンドの少女の胸の中へおさまる――まるで、恋人同士が踊るダンスのように。


 ブロンドの少女は長剣の切っ先を敵のボスへ向けた。右腕に刻まれた赤い紋章がキラリと光る。黒髪の少女の左腕に刻まれた紋章から青く光るルーン文字の帯が噴き出し、二人の体を包んだ。


「いくよ、ダフォディル」


 二人は一糸乱れず真っすぐに六翼の竜へと突き進み――


「瞬・殺ッ!」



~瞬殺姫〆アデッサの冒険・カトレア編・完~

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