運命の転生劇 ~乙女ゲームの世界へようこそ~
無乃海
第一幕 『転生という運命が始まる』編
プロローグ ~運命の転生~
私は、この日が来るのを待っていた。もう、ずっとずっと…待っていた。
やっと、今日という素晴らしいこの日を、迎えることが出来たのだ。本当に、何年も待っていた甲斐があったと、飛び上がって喜びたいぐらいだ。私はこの結果を、とある人物に知らせる為に、研究室を飛び出した。階段を駆け上って行くと、それだけで息が上がってしまう。…それだけ、私も年を取ったということだ。
息が上がってヒイヒイ言いながらも、階段を全て上がり切ると、今度は長い廊下を歩いて行く。少しでも早く、あの人の所に行きたいと願って、急ぎ足で廊下を歩いて行くが、途中で息が続かなくなり、仕方なく私は立ち止まった。
ゼイゼイという呼吸を整えていると、「大丈夫か?爺さん。」という声が掛けられた。私の助手をしている、若い男である。彼は、私が持てない荷物を運ぶ為、私の後からゆっくり歩いて来ていた。
…ここに居るということは、もう追いついたのであろうな。それも仕方がないことだ。私はもう、孫が居てもおかしくない年齢になっていた。それに比べて、彼はまだ、20代になったばかりの青年だ。どうしたって、若さには勝てないよ。
「爺さんはもういい歳なんだから、気をつけなよ?あんまり急いで動くと、急に倒れたり、ギックリ腰になったりするよ?それこそ、寝込まれたりしたら、俺の仕事が増えそうだしね。どうせなら、ポックリあの世に逝ってよね?」
「ふん。本当に口の悪いヤツだな。心配せんでも、お前さんになんか、
これが、いつもの私達2人の会話である。この屋敷は、私の研究所でもあり、使用人も含めて、必要最低限の人間しか住んでいない。今も、この廊下で大声で喋っても、誰も廊下に出て来ない。声が聞こえていても、いつものことだと、誰も邪魔をして来ない。縁起でもない言葉だが、一応は本当のことなのだ。
多少大袈裟に、冗談を含めてもいるのだが、全くの嘘ではない。だから、この家では、こんな応酬をしていても、誰も心配しないのだ。
私は、また廊下を歩き出すと、今度は助手が隣に並んで歩き出した。決して私を抜かさず、ゆっくりゆっくりと歩みを揃えて。この助手は、口が悪いのは難癖ではあるが、意外と年寄り想いの優しいところのあるヤツ、であった。だから、私も本当は、頼りにしているのである。荷物だって、研究に大事な道具である。
とてもではないが、この助手以外に触らせられるものではない。
研究道具は衝撃に弱く壊れやすい。苦心して作製したものを乱暴に扱われては、元も子もない。使用人もそれなりに丁寧に扱うだろうが、助手の方が安心だ。
だから、私が廊下を歩く時には、気を遣っているのか誰も出て来ないのだ。
まあ、この方が気が楽でいいんだが。決して、私が難しい
私は稀代の魔術師であった。今は引退して、ほぼ毎日この屋敷の地下室に籠り、何か気味の悪い実験を繰り返している、そういう噂があるのを知っている。
別に犯罪に使う物や怪しいことを、研究している訳ではない。私はただあの人を…あの人だけを、幸せにする為の物体を作っているのだ。あの人を幸せに出来るのなら、どんなリスクを負ってもいい。ただ、それでも…あの人を幸せにするのは、私だけがいい。それが、私の望みでもあるから……。
もうすぐ…あの人はいなくなってしまう。このままでは、二度と会えなくなる。
それだけは絶対に、嫌だった。あの人と約束したのだ。今度会った時は、絶対に幸せになろうと。そう約束したのだから、その希望だけを信じて、私は今までの人生を、全てを掛けて時間を費やして来たのだ。全ては…あの人の望みを叶える為に…。そして、同時に自分の望みも叶える為にと…。
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私達は、目的の部屋の前に到着した。扉をコンコンと叩き、中からの返事を待っていると、扉が開いて中からメイドが顔を出す。これもいつものことである。
あの人は私よりも年下なのに、既に歩けない程弱っていた。今は寝たきりに近い状態であった。それも仕方がないことだ。あの人はもうすぐ、旅立ってしまうのだろうから。その準備の為に動けないのだ。神様は………残酷だ。
しかし、一番残酷なのは…この国の大人達だ。あの人はもうすぐ、黄泉の国に行くというのに、あの人の家族は駆け付けることさえ出来ない。…いや、それだけではなく、あの人がもうすぐ旅立つことさえ、私達は知らせることも出来ないのだ。
あの人は…異世界の人間だったから………。私の国が…無理矢理、召喚したのだから………。あの人は、一生この世界で暮らして、死ぬことになったのだ。
一度召喚されたら、二度と自分の世界に帰れないのだから………。
私は当初は何とかして、あの人の世界に返してあげたかった。例え、魂だけになったとしても。それが
無論、私があの人を召喚した訳ではないし、私自身はあの人に詫びるようなことはしていない。しかし……。この国の態度は、あまりにも酷かった。救世主として呼んで置いて、もう済んだから自由にしろとは、あまりにも身勝手だった。
自分の国に…自分の家に帰れないのに、自由になれるのか?あの人の望んだことなら、何でも叶えると言って置いて、いざあの人が「家族の所に帰りたい。」と言った時の反応は。それ以外の物なら叶えるとは、…なんて残酷なのだろう。
地位や名誉やお金なら、いくらでも渡せるのに、と。あの人が望まないのがおかしい、と言ったのだ。あの人の絶望は、どれほどであっただろうか…?
揚句に…、王妃にすれば満足するだろうと、無理矢理…結婚させられそうになったのだ。側妃が何人かいて、愛人もいる王の正妃など、お飾りにしか過ぎない。
あの人の国では、一夫一妻だという話だったから、嫌なのは当然だろう。
だから私は、あの人が逃げるのに手を貸した。その後もひと悶着あったが、他の国に逃げないのなら好きにしていいと、やっと逃れられたのだ。自由にと言っておきながら、他国に救世主が盗られるのは、嫌なのだろう。もう力がないと知っていても、もしかしたらまた力が溢れるかもしれないと。そして、他国に召喚の儀が知られたくない、弱みを見せたくない、ということなのだろう。
この国の高貴な人間は、自分達の願いばかりだった。本当に酷い国だと思う。
この国で生まれた私も…この国には、もう…未練はない。あの人を弔ったら、私もいつでも旅立つつもりでいる。死神様、なるべく早めに迎えに来て欲しい。
あの人がいなくなったら……私は、毎日が
今日もあの人の顔を見て、笑顔を見て、少しだけ話をして。ただ今日は、例の物がやっと完成したと報告したら、嬉しそうに笑ってくれた。久しぶりの満面の笑顔だった。「やっと…自分の世界に…帰れますのね…?」と、そう話して。
「わたくしを…魂だけでも…帰してくださるのね…?本当にありがとう…。」
「私こそ、ごめんね?随分と長い間、待たせてしまったよ。でもこれで、君をやっと帰してあげられる…。先に行っててくれ…。私も後から行くから…ね?」
「…一緒に…来てくださるの…?……本当に?そうね、来世こそは……一緒の世界で………。」
あの人は、少し話しただけで、疲れて眠ってしまう。もう、長くはないと医師からは言われていた。あの人の身体から魂が抜けないうちに、魔術で魂を転生させねばならない。私はその為に、今までずっと何年も研究して来たのだから。
そして、同じく自分の魂も、助手の手で見送ってもらうよう、頼んである。
それしか、私達はずっといられることは出来ないから。
この国から、いや、この世界から去れば、魔法は使えなくなるだろう。それでいい、無い方がいい。魔法などあるから、召喚なんてものに頼るのだ。本来なら自分の世界で解決することなのに。だから、私はこの国に復讐する。流石に滅ぼしはしないけど、あの人を苦しめた魔術など、金輪際消してしまうのだ。
それにこれはもう、誰も解けないし止められない。細工をした私でも、もう解くことは出来ないようにしたのだから。
その数日後、あの人は息を引き取った。私はすぐに、あの人の魂を転送して…。
今度は自分の番だった。いつ、迎えが来るだろうかと、ソワソワしていた。
自分の番は………それから半年後のことだった。……長かった。やっとあの人の所へ行けるかもしれない。いや、絶対にあの人を見つけて見せる。そう、約束したのだから、絶対にあの人のいる世界に行くのだ。
「…爺さん。今度こそ、幸せになりなよ?俺は…爺さんの秘密も罪も…、全て墓の中まで持って行くからさ……。俺が生きている間、いや…死んでからもずっと、この国の奴らに邪魔はさせない。絶対に……。だから…安心していいよ?」
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