クレオ・イン・ローグワールド 〜技術チート転生の200年後の異世界で現地少女のハチャメチャライフ!〜

スグリ

第1話 クレオ・フォードは荒野に舞う

 ここはとある街の路地裏の酒場。


「酒だ酒! 酒持ってこい!」

「騒がなくても聞こえてるよ!」

「情報料だ」

「OK、これを見てくれ」

「へへっ、いい乳してるぜ」


 備え付けられた舞台の上では全裸の美女が踊り狂い、その周りである者は酒を呑んで騒ぎ立て、ある者は仕事の話をし、またある者は惜しげも無く晒される女体に釘付けになり堪能している。


 この酒場では朝から晩まで決まった時間にストリップショーが行われ、美しい女性たちが舞台に立っては衣装を脱ぎ、性欲を隠そうともしない男たちへと裸体を見せつけている。


 昼間であるにも拘らず毎日のように繰り広げられる、ならず者たちによる混沌カオス

 だがこの日の酒場の景色は、ある一点において普段とは大きく異なっていた。


「なんか女性多くありません? いや、それでも三分の一くらいですが……」


 下っ端と思しき男が、上司にそのように問う。


 そう、この日はショーの観客の中に何故か女性の客が多く見られるのだ。

 普段から女体目当てでやってくる女性客もいるにはいるのだが基本的にはいても一人から三人程度。だが今回は十人近い女性客が集まっており、その中には友達連れらしきグループも見受けられた。


「そうか、今日はあの子の……」


 だが男の上司はどうやらその理由の心当たりがあるらしく、驚く事なく舞台へと目を向ける。

 既に舞台は空となって照明も消え、次の演者を待っているところだった。


「お、丁度出てきたぞ」


 間もなくして再び照明が灯り、舞台奥のカーテンがスポットライトに照らされる。


 そしてついに開かれたカーテンの向こうから現れたのは、うっすらと赤髪の混ざった長いブロンドヘアにエメラルドのような瞳の、小柄な可愛らしい少女だった。


「オルケちゃーん!」

「待ってたよー!」


 身に纏うのは純白のワンピースに麦わら帽子。手に持っているのは木製の小さな笛楽器だ。


 女性客たちは歓声を以て彼女、オルケを迎え、一部の男は「もっと乳のでかい女を連れて来い」などと罵声を浴びせる。


 そして彼女を知らない者たちの多くはこう考えていた。清廉な第一印象の彼女が、どのように素肌を晒し淫らに舞ってくれるのだろうか、と。


 そんな彼らをよそに鳴り出すピアノの伴奏。その音色に合わせて、オルケは笛でメロディを奏で始めた。

 ゆったりとした哀しげな、バラードのようなメロディを奏でながらゆっくりと舞う彼女。

 その音色は観客の人々の心を掴み、自分の世界の中へと引き込んでいく。


 そうして皆が聞き入り始めたところで、ピアノのテンポが上がり追うように笛の演奏と舞いも加速する。

 視線が集まる中、彼女は片手で笛を奏でながらワンピースの肩紐に手を伸ばし、引いた。


 ワンピースの上半身の片側がずり落ち、胸の上半分の肌が顔を覗かせる。


 再び曲が加速する。

 アップテンポになる度に演奏と舞いは激しさを増し、その度にワンピースの紐が解かれていく。


 両肩の紐を失い、先端まで露わになる小ぶりな胸。


 スカートをまとめる紐が解かれ、動く度にちらりと見える生脚。


 そして最後、腰に巻かれた紐が解かれた時。ワンピースはすとんと舞台の床に落ちてパンツ一枚の肢体が晒され、激しくエネルギッシュなダンスと演奏はその絶頂を迎えた。


「凄い……」


 身体を派手に振り回して舞いながらも、乱れる事の無い笛の音色。その激しさと兼ね備えられた緻密さは、まさに圧巻の一言に尽きるだろう。


 やがてオルケが演奏を止めると、ピアノの音もピタリと止む。


 これで終わりかと、息をつく観客たち。

 だが一人に与えられた時間が10分なのに対して、まだオルケは演奏を始めてから5分しか経っていない。


 彼女は笛を足元に置くと、おもむろにパンツの紐に手をかける。


 そして観客席の人々が見守る中、逆三角の布は勢いよく降ろされた。

 表情に恥じらいはない。むしろ、見たいのなら好きなだけ見てみろと言わんばかりの不敵な笑みをオルケは浮かべていた。


 ここからが、後半戦の始まりだ。



 



「かっこいい……」


 演技も佳境に入った頃、女性客の一人が思わずそう呟く。

 

 少女、オルケが披露したパフォーマンスは大変好評だった。

 全裸になったところで、色気では他の演者には及ばない。そういった点では期待されていなかったが、実際に彼女が魅せたのは想像の上を行くものだった。

 ポールダンスを中心とした裸でのダンスを披露する彼女だが、それはこれまで他の演者が見せたものとは格が違ったのだ。


 これまでの演者たちはパフォーマンスを通じて胸や尻を見せつけ、性欲を刺激して気を引いてきた。

 だが彼女の魅せ方はまるで、自らのさらけ出された裸体を駆使して芸術を表現しているかのようなものだったのだ。


 そして出てきたのが、先の女の「かっこいい」という感想。

 自然にそれほどまでに感じさせるとなると、センスだけでなく高い身体能力も当然必要となるだろう。


 フィニッシュ。

 ポールに組み付き彼女が最後のポーズを決めた時、客席からは一斉に大きな歓声が上がった。


「持ってけー!」

「貢がせてー!」


 大声を上げて、我先にとチップの金を差し出す観客たち。

 オルケは一人ずつ無言で、微笑みを返しながらそれらを受け取ると、客席に向かって礼をしてから舞台裏へと消えていった。






 そして舞台裏。


「よーし、今日もがっぽり稼いだ稼いだ!」


 公演を終えたオルケはチップの札をひとまず束にまとめると、ロッカーから取り出した私服に素早く着替える。


「お疲れ様、オルケ」


 そんな少女を労う為にやってきたのは、五、六十歳ほどの女性。

 彼女の名はマリーヌ。このストリップバーをずっと以前から経営しているオーナーである。


 マリーヌは労いの言葉と共に少女の名前を呼ぶが、今の少女の姿を見るとその呼び名を訂正する。


「……いや、クレオ」


 クレオ。フルネームは「クレオ・フォード」。

 それがオルケという名で舞台に立ち、騒がしい客たちの視線を釘付けにした少女の本当の名前である。


 白のワンピースという舞台衣装の清廉なイメージとは打って変わって、今の彼女はへそ出しのタンクトップの上からジャケットを羽織り下は太ももが剥き出しのショートパンツにブーツ。頭にはゴーグル付きの革のキャップというラフな装いで、長い髪は低めの位置で束ねている。


 クレオは客からのチップの中の一割の金をバーへのチップとしてマリーヌに渡すと、札束を手にホクホク顔を浮かべていた。


「なーに買おっかなぁー? えへへへ」

「ファンには見せられない姿だね」


 手にいっぱいの札束を握りにやける彼女の姿に、マリーヌは頭を抱えて呆れる。

 舞台の上では殆ど口を開かず、清廉やクールといったような印象を抱かれているオルケの本当の姿がこれなのだから無理もないだろう。


「それにしても惜しいもんだね。今みたいに副業じゃなく専業ストリッパーになればこの店ナンバーワンなんて余裕、それどころかスターすら狙えるっていうのに」

「買いかぶりすぎだよ、おばさん」


 男性だけでなく女性からも高い人気を誇り、客寄せの要ともなっているクレオだが、あくまで舞台に立つのは副業。

 もしも彼女が舞台に立つ事に専念すれば、何処まで登り詰める事ができるのか。マリーヌはそんな可能性を考えずにはいられなかったが、クレオにはそのつもりは微塵もない。


「踊るのは嫌いじゃないけどさ、それよりもっといろんなものを見てみたいの」

「そうだったね。あんたはそう言って飛び出して行ったんだ」

「でもちゃんと育ててもらった恩は返すし、副業だけどストリッパーも続けるよ」

「当然だよ。何の為に引き取ったガキの頃から芸を仕込んだっていうんだい」


 彼女は訳あって、幼い頃に親元を離れてマリーヌの元に預けられ、育てられてきた。その中で舞台に立つ為の芸を仕込まれた。

 人前で服を脱ぎ踊る事は嫌いではなく、育ててもらった恩を返したいという気持ちもある。

 だが先に言った理由から彼女はマリーヌの家を出て、ストリップは今ではしたい事の合間の副業に落ち着いているのだ。


「それじゃ行ってくる!」

「気をつけていくんだよ。金も奪われないように……ってそれは野暮か」


 札束を鞄の中の財布に詰め込み、元気いっぱいにクレオは外へと飛び出していく。

 マリーヌはその背中を見送りながら、小さな声で呟く。


「まったくとんでもないお転婆娘を押し付けてくれたもんだよ、クレアめ」


 幼い頃のクレオを手放し押し付けてきた、彼女の母親の名を。






 店を出て路地裏を抜けたクレオは、街一番の大通りに出る。


「そのコンテナをこっちに運んでくれ!」

「足元見えないので指示してください!」

「新鮮な野菜、入ってるよ!」

「美味しい飴はいりませんかー!」


 一方に目をやると男たちが機械を使って作業に励み、一方では様々な種類の品を取り扱う商人たちが屋台を並べて客を呼んでいる。


 そして道行く人の中にはよく見ると獣のような耳と尻尾が生えた「獣人族」、耳の先が尖った「エルフ族」、小さな角を生やした黒い肌の「魔族」など様々な種族の者が見られる。


 茶色い荒れた大地の上に広がる街は、この日も賑やかに回っていた。


 中でも目につくのは、作業中の男たちが使っている機械だ。

 それは手足の生えた人のような形をした、5メートルほどの重機、ロボットと呼ぶべきか。その名も作業用機械「クラフトマシン」。

 それらがガラスに覆われた操縦席に座る男の操作により動かされ、まるで人間のように物を掴み、歩き、仕事に励んでいるのだ。


 無数の商店が立ち並び、様々な種族が共存し、大きな機械人形クラフトマシンが闊歩するこの街の名は「ガレディア」。

 大陸の南の荒野の中心に位置する、長旅をする者たちにとっての中継地点も兼ねた街である。




 ここでこの世界について説明しよう。


 この世界には以前はクラフトマシンを初めとした機械など存在せず、人々は桑を握って農業に励み、繰り広げられる魔王軍との戦いに際し多くの若者が剣を握って冒険者として旅立ち魔物たちと戦う、そのような世界だった。


 そんな世界が一変したのが、遥か昔のとある出来事。自らを「転生者」と名乗る、異界からの来訪者が現れたのだ。


 彼がこの世界で為した事は、まさに革命だった。

 クラフトマシンを初めとした数多の機械を生み出し、その技術を分け隔てなく世界中の人々へと伝え、それにより文明は大きく発展。人々の生活水準は、庶民ですら従来の貴族以上のレベルにまで等しく引き上げられた。

 また彼自身も戦闘用ロボットに乗って世界を脅かす魔王軍と戦い、勝利に大きく貢献。魔界との平和協定締結にまで至った。


 それから200年。彼の存在は過去のものとなり、遺した文明は定着して人々が皆それを享受する世界。

 それが、この物語の繰り広げられる舞台である。




 閑話休題。


 大通りに出たクレオは、街ゆく人の間を潜り抜けて市場の方へと向かう。


 野菜や肉などの食料品にも、色とりどりの美しい花々にも目もくれず、市場の中を進んでいく。


 そしてたどり着いたのは、広い市場の中でもここまでと比べると人が少ないエリアで、女性や子供の姿は殆どなく、いるのは大人の男ばかりの場所。

 そこの屋台に並んでいる品物は、ケーブルや基盤、エンジンやモーターなどといった様々な機械のパーツ類だった。


 早速クレオは、その中の行きつけの店へと向かう。


「あぁ? ここはガキの来る所じゃねぇぞ」

「私だよ、おっさん」

「なんだクレオか。ゆっくり見ていけ」

「今日も値引いてくれる?」

「そのつもりで来てるんだろ」


 彼女はパーツ類を買う時にはいつもこの店を使うようにしていて、店主とも既に顔馴染みになっている。

 扱うのは中古品という事もあり品揃えは安定しないがそれでもこの店にこだわるのは、お得意様になって安定して値引いてもらう為だ。収入はあるとはいえ経済的に強いとは言えない彼女が、安い価格で高性能な品物を手に入れる為の節約術である。


「お、これは!」

「目ざといな。帝国から流れてきた戦闘用クラフトマシンの回路だ。一世代前の代物だが、それでも民間用と比べたら大した反応速度だぜ」

「これ買う! いくら?」


 早速性能のいいパーツを見つけて手に取り、財布を取り出そうとするクレオ。

 だがその時、突然間に一人の大男が割り込んでクレオの手からパーツを奪い取って言った。


「これはガキのおもちゃじゃねぇよ。おっさん、コイツは俺が貰うぜ」

「はぁ? それ私が先に見つけたんですけど?」

「うるせぇ! ガキはすっこんでろ!」

「さっきからガキガキってレディに失礼じゃないの? それに横取りはダメってママに教わらなかったのかなぁ〜?」


 当然横取りなどクレオが認める筈もなく、彼女と男は激しく揉め始める。


「お前、この俺が西の大陸に名を馳せるベテラン冒険者、ガンド様だって知って逆らうってのか?」

「山賊の間違いでしょ」


 冒険者を名乗るこの男、ガンドだったが、その野蛮な態度や行いから山賊と評するクレオ。

 山賊というのは、度々マナーの悪い冒険者に対して蔑称として使われる呼び名である。


「こうなったら決闘だ!」


 その呼び名を侮辱と取り、ついにガンドは肉厚な剣を抜いてクレオへと向けた。


「え、剣なんて持ってきてないんだけど!?」

「おい、こっちで決闘やるってよ!」

「マジかよ!」

「うわ、集まってきたし……。勝った方があのパーツを買える……ってことでいいのかな」


 まさか決闘などという話になるとは思わず、武器も持ってきていなかったクレオだったが、騒ぎを聞き付けた野次馬が続々と集まりいつの間にか引き下がれなくなっていた。


「決闘って、あんな女の子がか?」

「大人気ねぇ……」


 だが大男と相対するのが小柄な少女だと見るや、クレオに対して一気に同情の視線が集まる。

 同情するのなら助けてくれ。そう言いたかったがそれはそれで負けを認めるようで癪だった為に胸の内にしまう事にした。


「俺が勝ったらそうだな、今すぐ路地裏のストリップバーで裸踊りでもしてもらおうか。観客は俺がちゃんと集めてやるよ」


 そしてガンドが勝手に条件を宣言する。身勝手極まりない話だが、こういった場面では勝った方が正義。ギャラリーにも聞かれてしまった以上、勝手に言われたとはいえ取り下げる事はできない。


 ちなみにそのバーで裸踊りならちょうどさっきしてきたばかりだ、とは流石に言えなかった。

 しかしもし負けてしまえば、オルケの正体がクレオであると間違いなくバレてしまう。思いもしない所で負けられない理由が増えてしまったわけである。


「んじゃ、私が勝ったら有り金置いて行って貰おうかな? 優しいから半分で許してあげる」

「このガキ、舐めやがって!」


 そしてクレオの提示した条件は、有り金の“半分”。

 情けをかけているかのようなこの条件にガンドは逆上し、合図を待たずして丸腰のクレオへと襲いかかった。


「使ってくれ!」

「ありがとっ!」


 瞬間、面白がったギャラリーによって一本のカットラスがクレオの元へと投げ込まれる。

 地面に突き刺さったそれを手に取ると、クレオは振り下ろされたガンドの剣を刀身で受け止めた。


「なるほど、力だけは……ッ!」


 だが相手が筋骨隆々の大男なのに対して、こちらは細身の少女の腕。力では敵う筈もなく、一方的に押されていく。


「でも!」

「何ッ!?」


 しかし突然クレオが脱力した事によりガンドはバランスを崩し、剣先を体を逸らして避け、太い腕に両脚でがっしりと組み付いた。


「鈍いッ!!」


 すぐさまガンドは振り払おうとするが、クレオはポールダンスを彷彿とさせる柔軟かつ軽快な動きでガンドの身体の上を渡り、首元に組み付く。

 そしてカットラスの刃をガンドの首筋に当て、耳元で告げた。


「もうちょっと力入れてたら首が飛ぶわけだけど……まだやる?」

「クソが……!」


 今すぐにでも彼女が自分を殺せる状態であると悟ったガンドは、剣を手放し両手を上げて降参する。


「すげぇ、瞬殺じゃねぇか……」

「いいぞお嬢さん!」


 見た事のないような素早く立体的な動きで翻弄し、体格で大きく上回る相手を瞬く間に倒してみせたクレオに対しギャラリーから一斉に歓声が上がる。


「何なんだ、あの子は……」


 そして思わずそう口にした男に、顔馴染みのパーツ屋の店主は答えた。


「クレオ・フォード。このガレディアを拠点に活動している、冒険者の一人だよ」


 決闘を見ていたギャラリーに対し、手を振りながら笑顔を振り撒く少女クレオ。


 一度英雄の手で変わり果てたこの世界で、彼女がこの先一体何を為すのか。

 それを知る物は、まだ誰もいない。

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