第14話 非日常=吊り橋効果
車から歩いて3分で集落に到着。
まずは集落全体を見渡す。民家が10軒ちょっとあり、ほとんどが壁が抜けていたり屋根が落ちている。もう何年も人が住んでいないので荒れ果てている。
「どの家も入ったら崩れそうだね。壁柱に触れないようにしないと。床も危ないから注意しないとね」
里奈が僕に注意を促す。
「うん、下手したら下敷きだね。里奈はなにか気配を感じる?」
僕はすでに気配をビンビンに感じている。
「奥のほうの空気が澱んでる気がする。何ていうかな、あっちの景色が灰色に見える感じ?いや、景色じゃなくて空気が灰色なのかな?」
「人によって気配の感じ方は違うからね。僕は空間が重く、ねっとりとした感じに見える」
あとは嫌な感じがするかな。
「忍。手、つないでいい?ちょっと怖いかも」
僕は里奈の手をそっと握る。もちろん恋人つなぎだ。普通に手をつなぐより気持ちいいだろ?僕が。
手をつないだまま軽く里奈を抱きしめ耳元で囁く。
「大丈夫だよ。僕が里奈を守るから。霊には負けないから安心して」
里奈にバレないように深呼吸をした。心を落ち着かせるためでなく、里奈の香りを楽しむため。んん、いい匂い。
「まずは本命の場所じゃなくて反対側から探索とお清めをしていこう」
僕の見立てだと除霊に必要な時間は10分程度。だけど簡単に除霊しちゃったら40万の仕事が安っぽくみえちゃう。4~5時間使ってゆっくりやろう。食料やシートを持参しているのでピクニック気分で!
里奈は僕の顔を見ながら問題解決に必要な作業を確認してくる。
「忍、今回の仕事も血水だけで大丈夫なの?」
「うん、血水があれば問題ない。祈りもお経もいらない。そこに佇んでいる霊を消し去るだけだよ。集落全体を浄化するけど、除霊にかかる時間は10分もいらないと思う」
彼女を手をギュッとにぎって安心させる。彼女はどんな霊でも除霊できることを理解している。ただ、理解していても見えない相手なので心配になるのだろう。
「とりあえず本命のいる民家以外を全部清めちゃおう。いつもどおり血水をシュシュッとね」
背負っていた鞄を降ろしスプレーを取り出した。中には昨晩作った血水が入っている。
「ほら、これを使って。民家の周りにシュッシュして。1~2メーター間隔でいいから。家の中には入らなくていいよ。というか入らないでね。崩れたら危ないからね」
2人で端から清めの作業を始める。民家の周りや通路、井戸跡や物置にも。集落内の11軒を清めた時間は30分だ。
「それで本命はそこの民家だよ。まだ姿は見えてないけど気配はあるね。里奈は感じる?」
横に立っている里奈に話しかけた。
「何となく分かる気がする。あの家の中じゃないよね。私さっきから家の横にある物置がもの凄く気になる。物置の周辺が薄暗く見える」
ほう、何回も除霊に立ち会っているせいか、徐々に見える体質になってきているのかな?
「当たりだ。民家のほうには霊の気配を感じない。気配を感じるのはプレハブの物置のほうだね。そのうち里奈にも見えるようになると思うよ」
過去、霊に憑かれたことのある里奈は霊を感じやすい体質なんだと思う。同じ家族でも憑いていたのは里奈だけだったし。気配や視線も感じていたしね。霊現象になれれば普通に見えるようになるはず。
「葬り去る前に休憩しようか」
僕は里奈の手を引き集落の反対側に移動した。荷物から大きめのシートを取り出し広げる。靴を脱ぎシートで横になった。
「里奈も横になる?下から見上げる木漏れ日もいいもんだよ。大丈夫、あの霊はこっちに来れないから。あそこ以外を清めたからね」
里奈も僕の隣で横になり空を見上げる。
「本当だ、気持ちいいかも」
当たっていた手を再度つなぐ。もちろん恋人つなぎだ。この手のつなぎ方ってすごくいい。恋人じゃなくても恋人になったつもりになれる。
途中、車にいる担当さんから安否確認の連絡が入った。食事休憩をしつつ除霊を続行すると伝える。
里奈には、あと3~4時間時間をつぶす旨を説明した。大金を貰うからにはそれっぽく時間をかけないといけないから。
「2人で横になってる姿を見られたらどうするの?」
「大地の力をかりて念を唱えていたって説明するさ。ちゃんと除霊は成功するから大丈夫だよ。その過程は問題じゃない。結果よければすべてよしだ。それよりこうやって2人でのんびりできるほうが僕は幸せだよ」
山の中でリラックスしてるせいか、除霊現場という非日常の場所のせいなのか、里奈は照れる様子もなく僕の話を聞いている。握った手も解こうともしない。これって僕に惚れてる?脈あるんじゃないのか?って思っちゃうよね。
吊り橋効果
たぶんこれ。非日常の恐怖体験。そんな状態で唯一頼りになる僕。恐怖のドキドキと恋愛のドキドキが混ざってるんじゃない?
このまま覆いかぶさってキスしても受け入れちゃいそうだよね。あ、私は恋してるって。
いや、実際にキスなんかしないよ?
そりゃ里奈くらいの女性だったら積極的に攻略したくもなるけどさ。今回はしない。何時かするかもしれないけど今日はしない。
その後。もってきた昼食を食べ、少し昼寝までしてしまった。腕枕されながらくっついて眠る里奈の可愛さはヤバイ。マジでヤバイ。思わず寝顔をスマホに保存した。
非日常の中でのんびりと2時間ほど過ごした。途中の定期連絡はうざかったが仕方ない。
起きた里奈がトイレに行きたがり、物陰で用を足す姿にドキドキした。覗いちゃダメと言われたのでグッと我慢した。僕えらい。
十分にリフレッシュした僕らは仕事に戻る。
「じゃ、ちゃちゃっと除霊しちゃおうか」
里奈の手を引き最後の民家に向かう。
「物置は残して民家を清めちゃおうか」
民家を清め物置の前に立った。
「それじゃ一気にいくよ。存分にシュッシュしていいから。姿見えないどそこにいる気配はビンビンだからね」
里奈と一緒にスプレーする。
物置の中にスプレーした瞬間にお婆さんの姿が現れる。
「この現象の原因はお婆ちゃんだ。白髪頭、推定70才以上、モンペ履いてるぞ。教科書に載ってるような戦時中のお婆ちゃんみたいな恰好」
お婆ちゃんはあっという間に溶けて消えていく。
「この家の人かな?ここから離れたくなかった?」
「わからない。何故ここに憑いていたかの理由はわからない。ただ言えるのは消えたってことだな」
お婆さんのいなくなった倉庫に入り、念のため隅々まで清める。ふと倉庫の棚をみると黒い木の塊が誇りをかぶっている。
「ああ、これだ。霊の元はこれだと思う」
黒い木の塊。それは位牌だった。
「これって仏壇に置いてある位牌?」
「そうだね。ここに取り残された位牌が原因だったんじゃないかな。この集落がお婆さんの居場所だったんだよ。そこを守ろうとあがいてたのかも。まぁ、本当の理由はわからないけど。とにかくもう何も出ないと思うよ」
先ほどまでの空気の重さはなくなってる。
「空気が明らかに変わったね。雰囲気とか気配がなくなったのが私でもわかるよ。お婆さんは家にいたかったのかな?」
「それはわからない。僕は声を聞くのが上手くないからね。除霊師でも話術で霊を成仏させる人だったら詳しく聞けたかも。病気や怪我を振りまく時点で除霊対象だけどね」
最後に集落を1周して霊の気配がない事を確認して僕たちは報告に向かった。
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