追録

クローズド・ワールド

 木陰を切るようにして涼しそうなところを選んで歩く。実際は、直射日光が防げるくらいで暑いことには変わりない。いっそクーラーボックスのほうがいいのかななんて思いながら、俺は保冷バッグを持ち上げ直す。

 数日分の食料品の買い出しは、家から歩いて二十分ほどのスーパーで。都合よくバスが走ってくれてたらよかったけど、そうではないので歩くしかない。冬はまだしも夏は冷凍ものが溶けるのが心配で気持ち早歩きだ。


「帰ったらお茶にしましょう。アイスも一緒に」


 切菜が上機嫌に歩いている。冷凍ものといっても、姉ちゃんにも切菜たちにもあんまり保存料をたべてほしくないからレンジアップでつくるタイプの食品とかはなくて、ほとんどが氷菓子とかアイス。というか全部そう。ファミリーパックと小包装のものを五人分、二個ずつとか買うからいつも店員さんに微妙に驚いた表情をされる。なんならいい加減覚えてしまったみたいで、軽い挨拶のような由来の笑顔を向けられることもあった。買った方が楽かなって思ってたけど、これならもう作ったほうが楽なのでは。アイスクリームの材料ってなんだっけ。

 前から小学生くらいの男の子が数人、虫取り網を持って走ってくる。すぐそこの公園に行くんだろう。まちなかの公園では蝉くらいしかいないけど、じゃあたぶん、蝉を採りに来たんだ。しゃわしゃわと音の逃げ水みたいに続くクマゼミの声を遠くに聴きながらぼうっと考えていたら、すれ違いざまに独特の匂いがして思わず振り返る。「プールの匂い、」


「ぷうる?」

「水浴びみたいな……。お風呂の水バージョンみたいな。前に、温泉ってテレビで見たでしょ?」

「大きいお風呂ね! 行ってみたいって話したわ」

「あんなかんじで広いプールがあったりするんだけど、普通は水を変えないで何日か使うから消毒用の薬が入ってるんだよ。その匂いがしたから」

「今の子達はぷうるに入ったのね」

「そうだね」


 名探偵みたいね!って切菜は言うけど、あの匂いはプール以外ないしとくに名推理ではない。触れている創作物の影響で名探偵、という単語が彼女の中でちょっとブームになってるところがあるので、たぶん「なるほど」くらいの感覚で言っているのだ。

 帰ったらぷうるの写真を見てみたいわ、と言うから、夏休み向けのお出かけ雑誌とか買ってもいいのかなあって考える。ほぼ確実に家にプールの写真なんかないし。ネットで調べて出してあげるか、番組表を漁ってテレビで見せるかのどっちかだろうな。時期的にアニメやドラマで出てくるかもしれないけど。


(雑誌、買ったら行きたいとこ増えるんだろうな)


 温泉と、遊園地と、水族館と。川とか海とか、山にも行きたい………なんて、これまであんまり考えなかった。だけど切菜が見るもの見るもの体験してみたいと心を踊らせているから、なんかそれに応えたいような気持ちにもなるし、多分、みんなでなら何処へでも行きたい彼女にあてられてもいるんだろう。実際は果楽さんと夏羅サンの関係が微妙なのでみんなで、なんてちょっと現実味ないけど。でもたぶん七花もそうしたいんだろうな。お茶を五つ分、と言われたつどいの日を思い返す。

 ――五つか。俺も、数えて貰えたんだ。

 呆気なく叶ってしまった彼女の世界への仲間入りに、戸惑う間も無い。当たり前のように俺たちの生活は始まって、続いていた。

 汗が顎を滑って落ちていく。あとどのくらい、この夏は続くのだろう。

 照り返す陽光ひかりの世界を前に俺は、永遠を夢見ている。

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