纏う呪い

 蝶がひらひらと、飛んでいる。断片的に、空気に染み付くように、呪いのように。

 僕と切菜せつなの間を通ったそれは持ち主を追いかけるようにして消えた。


「………怖くないの?」


 あれ。確かに同じく目で追っていたはずの切菜は、一度「なあに?」と問い返した。とぼけてるのとはちょっと違って、見たくないのかなんなのかよくわかんない。切菜はたまに、全然、僕にはわからない。

「あれってユウの所為なの?」聞き方を変えて様子を窺うけど、そんなに淀みなく彼女は答えてみせる。「少しは、そうよ」


「なにそれ」

「多分、負っているんだわ。ユウがつかまえて、ナナが死なせたんだって、果楽からが言っていたの」


 そういうの言えちゃうのもよくわかんない。

 見える限りあれにくっついた蝶の名残なごりは深かった。しかも、なほう。嫌な方っていうのは、うらみとかそういうことだ。もうとっくに赤く錆びていて、初めて気づいたときには僕でも「うわ」って思ったのに。

 切菜がそっと、その場に座り込む。さわさわと揺れ始めた白詰草を慰めるように撫でている。あの白詰草たちもユウのことが嫌いなんだろう。嫌い、なんてほど、名残は意思を持った存在ではないけれど。

 僕は切菜が蝶だった頃を知っている。ユウがつかまえて僕が殺した。殺した僕のことを許すならユウのことなんて全然許せちゃうものなのかな。それでも、気味悪いような気がするけど。


「………好きで貰ってる・・・・ってこと?」

「そうじゃないかしら……。ユウはね、ナナのことが何よりも大切なのよ」


 そんなことわかってる、と言おうとしてやめた。わかんない。献身、みたいな、そういうの。代わりに「君たちって似てるよね」と意地悪をひとつ言うのに、不思議そうにきょとんってするから甲斐がない。僕の意地悪に切菜は一回も傷ついたことがない。その証拠に彼女は笑って「夏羅からはやさしいのね」なんて言う。


 ユウが戻って来て雨が降りそうだからって窓を閉めてた。もう錆びた蝶たちも可哀想な白詰草も部屋から消えていて、ただ僕らだけがいる。


 さっきは洗濯物を集めていたから、雨が降るなら乾燥機を使うんでしょうって、切菜が聞いて相手は肯定した。「じゃあ私も一緒に畳みたい! ね、夏羅もお手伝いしましょう?」「なんで。やだ」「乾燥機にかけた洗濯物ってね、ほかほかするの。素敵よ」なんでもかんでも興味の対象で困っちゃうよね、ほんと。


「たまには夏羅サンも手伝えよ。いつも我儘ばっかり言うんだから」

「僕、お客さんだもの」

「謙虚さのかけらもない………」


 切菜に手を引かれるまま、ユウの背中について階段を降りていく。僕らもまるで、つみびとに名残なごく蝶だった。


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