第2話『ホームレスと薄幸少女』

「あの……雨も激しくなってきたので、傘入りますか?」



「見ず知らずのオレに悪いね。それじゃ、ご厚意に甘えさせてもらうよ」


 

 彼女の傘を持ち彼女を傘に入れる。

 小さい傘なのでオレの入る余裕はない。


 それにしても小さい傘だ。

 というか彼女も小柄だし、

 オレも大柄だからなぁ。

 

 彼女の身長は目測で143cm、

 オレは185cm、40cm差だ。



「あ……っ、ありがとうございます。逆に気を使わせてしまったみたいですね」



 口数の少ない子だが、悪い子では無いようだ。


 過去の因縁があるせいで、

 どーしてもあの魔王少女の影がちらついてしまうが、

 誤った判断をしないよういまは彼女を、

 色眼鏡で見ないように心がけねば。

 


 はぁ……でもなぁ、何を喋ったらよいものか。

 俺もこの世界にきて間もないし、場を繋ぐネタも無い。


 つーか、もしかしてオレが"無職のホームレス"

 とか言ったから警戒していんのか?

 まぁそりゃ、警戒するわな。


 ミスった。自業自得とは言え、きっと心象は最悪だ。

 さっきから彼女の視線が痛い……。

 オレの被害妄想かもしれんけど。



 俺の今の服はこの世界の基準に照らし合わせると、

 仮装……コスプレにしか見えないだろう。


 祭りでもない大雨の日に夜中をコスプレでねり歩く、

 無職のホームレス。うん、そりゃ怖いわな。


 先手を打って弁明しておくか。



「あぁ……やっぱ気になるよね、オレの今着ているこの服。つーかち怖いよな、実はさっきまでホームレス仲間で集まってコスプレパーティーをしていたんだよ」



 大雨の日にホームレスが集まってコスプレパーティーをするのも、

 なかなかにホラーだが、ホラー感は薄くなりそうなものだ。


 夜道を仮装しながら歩く無職のホームレス。

 うん、俺の世界でもヤベー奴だ。


 しかも、背中には長剣を担いでいる。

 模造刀と誤魔化しても銃刀法違反である事には変わりない。


 この世界の衛兵――警察、に見つかったら、

 "ショクシツ"とやらを受けること間違いなしだ。


 ボロが出ると悪い。


 あんま余計な事は喋らない方がいいな。

 まずは、様子見が肝心だ。



「……ふふっ。ハルトさんはユニークな人ですね」



 笑いのツボが分からない。

 オレの事が怖くないのだろうか?


 オレが逆の立場だったら逃げているところだ。

 おそらくは、命の恩人ということで、

 評価に下駄を履かせてもらっている状態なのだろう。



「ははっ……そうそうユニーク、それ。よく言われる」



 彼女の笑顔を見ると気遣いというわけではなく、

 本当に面白いようだ。


 うーむ……異世界人の感覚というのは分からないものだ。


 彼女の反応は一、少なくともオレが転移時に与えられた

 "日本の一般常識"に照らし合わせてみると、


 若干違う気がするのだが、急ぎの転移だったので、

 何かしらのエラーが生じている可能性はある。



(時間のない中で転移を行使したのだ。オレの身体に欠損無く転移できただけでもラッキーと思うべきだな。多少の不具合は目をつぶる事にしよう)



「ハルトさん、もし泊まる所がないのでしたら、私の家どうですか? 散らかっていてお恥ずかしいですが、ハルトさんが寝るスペースくらいはありますよ」



 おお……極力近くに居なきゃいけない俺としては、

 これ以上無いほどのオファーだ。


 だけど、いろいろと大丈夫だろうか?

 異世界人のオレが心配する事でもないのかもしれないが。



「泊めてくれるのか? それじゃ、今日は雨も強いしお言葉に甘えさせてもらおうかな」



「今日だけと言わずに、家が見つかるまで……ずーっと住んでください」



 命の恩人補正があったとしてもここまでくると、

 彼女のことがちょっと心配になってくる。

 人が良すぎやしませんかね。聖人かな?


 いや、まぁ……好意には甘えさせてもらうんだけどさ。

 好意につけ込むようで悪いけど、

 オレの世界の命運にも関わってくることだからなぁ。



「いいのか? そりゃ、宿無しのオレにとっては願ったり叶ったりなんだが」



「もちろんです。……着きました。ここが私の家です。公営住宅なんですけど、私一人だけ住むにはちょっと広かったので、ちょうど良かったです」



 彼女は鍵を挿し込みガチャリと扉を開ける。

 外観よりも中は広いし作りも悪くない。


 ただ……


「散らかっていて、すみません。部屋の掃除をする余裕がなくて……床の上の空き缶とか踏まないように気をつけて下さい」



「いや、俺は気にならない。なにせ俺はホームレスだからな、ははっ」



 自虐ネタとは言え、泣けてくる。

 昔勇者で、今無職。


 この世界では"ショギョームジョー"

 とか言うんだったっけ?



 うん、それはともかくとして、だ。

 異世界人の俺でも分かる。


 この家は明らかに散らかっている。

 生物が無いのが救いだが、

 空き缶とかペットボトルとか雑誌のゴミが凄い。


 彼女は話し言葉も見た目的にも、

 ガサツな性格なようには見えないんだけど。


 なんというか彼女の言葉遣い、見た目、

 そしてこの部屋、どれもチグハグな印象だ。



「私がでかけている時は、冷蔵庫にあるものは適当に食べてもらっても構わないです。……安物ばかりで、ろくなのないですけど。調理器具とかも自由に使ってください」



 アルコールの空き缶がそこらかしこに散らばっている。

 彼女はストロング・セロという銘柄の酒が好きなようだ。

 

 度数は俺の世界の基準ではかなり高い。

 ドワーフとかが好んで飲む度数の酒だ。


 床には所狭しと、ストロング・セロの空き缶が転がっている。

 あと、大四郎という焼酎が好きなようだ。


 オレも酒が弱いわけじゃないけれど、

 この度数の酒はあまりうまく飲めないかもだ。


 うーん……酒豪って感じには見えないけど、

 人は見た目にはよらないってことか。



「……ああっ、また忘れてた。お医者さんに言われていた、いつものオクスリ、飲み忘れないようにしないと」



 ちゃぶ台の上には、青、黄、赤……

 カラフルな錠剤やカプセルが散らばっていた。

 この世界の薬である。


 彼女は何らかの病気なのだろうか?

 確かにあまり体調は良さそうではないが……。


 こういう時にアイテムを認識する魔法、

 鑑定アプレイズを使えないのは不便だ。


 あれが使えれば何に苦しんでいるか、

 すぐに分かるんだが。


 彼女は机の上の錠剤やカプセルをひと粒ずつつまみあげる。


 彼女の小さく可愛らしい手のひらに、

 赤、青、黄、白さまざまな色の錠剤やカプセルが乗っている。

 色鮮やかで美しく、そしてどこか毒々しい。


 それらを彼女はおもむろに口に投げ込み、

 水道水で流し込む。


 小柄な彼女のことだから、

 それだけ一気に飲んだら喉に詰まらせそうなものだ。


 だが彼女は事もなさげに、

 問題なく飲み込んだ。

 恐らく飲み慣れているのだろう。



 目の下のクマが痛々しい、

 そんなことを考えるのであった。

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