「やがて世界を滅ぼすからその女は殺せ?」知るかよ。俺は勇者だ。守り通して、幸せにしてやんよ。

くま猫

第1話『異世界勇者と魔王少女』

 オレの名はジーク・ハルト。


 魔王少女ワルプルギスを倒した異世界の勇者だ。

 まぁ、倒したと言ってもアイツはすぐに復活するのだが。


 魔王少女の二つ名は"不死の魔王"、

 闘って悟った事だが、その名に偽りは無かった。



 世界を数回は破壊することができる大魔法、

 原子を破壊する剣技を駆使しても消滅させられない存在、

 それが魔王少女ワルプルギスだ。



 俺は命をかけた闘いを通して、

 魔王少女と対峙して力でねじ伏せるのは不可能だと悟った。


 LV999、全てのクラス職業アーツ武技を極めたオレでも、

 絶対に殺すことのできない存在。


 そもそも魔王少女と呼ばれる存在は、

 元は日本という異世界から来た存在。



 魔王少女による災厄を防ぐための唯一の方法は、

 異世界に


 これは未来予知を行う事ができる大賢者が、

 数兆通りの未来予知を行い導き出した結論だ。



 異界渡りは俺と俺の仲間の全魔力と全生命力を使い

 異世界へと通じる門を作る禁呪であり究極魔法。


 俺一人では発動させることができない。

 つまり片道切符、オレは元の世界に戻ることはできない。



「まっ、オレの命と、世界の全て。考えるまでもないけどさ」



 オレは深手を負わせた魔王少女ワルプルギスの体が、

 再生しきる前のわずかな時間に、

 仲間たちが作り上げた異界の門をくぐりこの世界に辿り着いた。



「……ここが異世界、日本ねぇ。大賢者は転移した先には必ず近くに魔王少女が居ると言ってたけど……少なくとも驚異となるような殺気も闘気も感じない」


 

 この世界に転移する際に、

 "日本"の言語や一般常識は付与されている。

 まぁ、その理屈は分からないが究極魔法は凄いってことだ。


 それにしても知らない世界の知識を、

 知っているというのはちょっと奇妙な感覚だ。



「オレの両手に世界の命運が握られている……つまり、いままで通りか」



 空は星すらも見えない漆黒の闇だ。

 空に浮かぶ月は1つだけ、元いた世界とは何もかもが違う。


 漆黒の空からはバケツをひっくり返したように、

 雨がザーザーと降っている。



「っと、あれは……あの顔は……オレが忘れるはずねぇわな」



 特徴的な銀色の髪、憂いを帯びた金色の瞳、

 服装こそ違えど見間違えるはずはない。


 オレの世界の敵であり災厄をもたらす存在。



(……でも本当にアイツが、か? 生気が感じられない、まるで生ける屍だ)


 

 オレが目の前の少女を見て思案していると、

 少女のすぐ近くを巨大な貨物自動車、

 ――トラックが、いままさに襲いかからんとしていた。 



(トラック、あれが魔王少女をオレの世界に転生させるようになった原因)



 転生前の魔王少女は、

 いままさに自分の命を奪おうとしている

 トラックの存在に気づいていない。



「――局所時間制御ディレイ・タイム! 身体加速アクセラ!」


 局所時間制御ディレイ・タイムは俺を中心とした、

 半径500メートルの範囲内、

 その全ての時間を無機物有機物問わず、

 100分の1の速度にする魔法だ。

 

 身体加速アクセラはそのままオレの速度を加速する魔法。

 つまりこの魔法を重ねがけすれば、半径500メートル圏内の相手を、

 まるで時間停止したように、超速でボコることができるってワケだ。



(まぁ……魔王少女ワルプルギスには効かなかったがな)



 オレの周囲の時間は減速している。


 いまや空から降り注ぐ雨粒の一粒一粒が、

 球形の塊として視認できるほどだ。



 オレはアスファルトの地面を強く蹴り――跳ぶ。


 

 いままさにトラックに轢き殺され、

 転生しそうになっている彼女を救うために、

 オレの世界の滅びの運命を変えるために。



 オレは片手に一人の少女を抱きかかえ、

 もう一度、地面を強く蹴る。



(……魔王少女の体、こんな軽かったんだな)



 少女を一人抱えたまま、

 横断歩道の向こう側へと一足で跳ぶ。



(ふぅっ……。つーか、マジでギリギリだった……。だがまぁ、なんとか間に合った……後もう少しで、究極魔法を無駄にするところだったぜ)



 オレは魔法を解除し時間の流れを元に戻す。

 彼女の転生の直接的原因となったトラックが横を通り過ぎる。


 当初の目標は達成だ。



「……あの……すみません、ぼーっとしていて。危うく轢かれるところでした。えっと、私の命を救っていただき、どうもありがとうございました」



「ああ? ははっ、通りがかりに偶然、目に入ったから助けただけだ。礼には及ばないよ。それにしても、歩く時は地面じゃなくて前向いて歩かないと危ないぜ」



 不思議な感覚だ目の前の銀髪の少女は、

 間違いなく魔王少女だ。


 命のやり取りをした相手をオレが見誤るはずがない。


 だが、目の前の少女には生気も覇気も殺意も感じない。

 それなのに、気配は紛うことなき魔王少女のソレだ。



(つまり、転生する前の魔王少女は普通の少女だったという事か?) 



 目の前の銀髪の少女の目にはクマが深く刻まれていた。

 金色の瞳は虚ろで、オレと視線をあわせようともしない。



(念のために鑑定魔法で確認しとくか)



「――鑑定アプレイズ


 

 理屈は分からないが術式が発動しない。

 さっきは魔法が使えた。


 魔法自体が使えない訳ではないようだが、

 特定の魔法の使用には制限がかかっているのかもしれない。

 これが世界の差という物か。



「どうされましたか?」



 転生前の魔王少女は心配そうな顔で俺の顔を覗き込んでいる。

 命の奪い合いをしている時には気づかなかったが、

 艷やかな銀色の髪に、宝石のような金色の瞳神秘的で美しい。



(って! ……何考えてんだオレ。彼女は命の奪いあいをした相手だぜ)



「オープンステータスウィンドウ」



(くそっ、これも駄目だ……この世界の法則が分かるまでは迂闊に行動できない)



「…………あの?」



 やばいな、明らかにいまの俺の行動は

 "この世界の常識"に照らし合わせると不審者だ。


 俺の目的は俺の暮らしていた世界に災禍をもたらす、

 魔王少女となる存在を転生の切っ掛けとなる、

 事象を発生させないこと。

 


 つまり彼女を死なせないようにする事だ。



 そのためには常に彼女の近くに居なくてはならない。

 不審者だと警戒されたら、オレの活動に致命的な問題が生じる。


 この世界の常識に照らし合わせて……うまく誤魔化さねば。



「あぁ……すいません。えっと、怪我ないっすか?」



「えっと、はい。あなたに助けていただいたおかげで、私には怪我はありません。その……あなたは……?」



 何者かと聞きたいのだろう。

 まぁ、いきなり変な男が目の前に現れたのだ、

 そりゃ、混乱するのも当然のことだろう。


 おそらく自分の身に何が起こったのかも、

 理解していないだろう。



「俺、ハルトっていいます。この近くでホームレスしている無職です」



 この世界ではギルドカードは証明書の代わりにならない、

 この世界で俺の存在を証明する物はない、

 そうなったら、こう答えるしうかない。



「私は、式……式 里美しき さとみといいます。高校を中退してから上京して、都内で働いています」



「ご丁寧にどうも。こちらこそよろしく」



 シキ・サトミ、それが彼女の本当の名前か。


 "ワルプルギス"とは似ても似つかない名前だが、

 この日本という国では一般的な名前のようだ。


 命の果し合いをしている時には気づかなかったが、

 うーむ……改めて見ると、危険性さえ無ければかわいい。

 元の世界でも別の形で出会えていたら一目惚れしてたかもな。



 そんなしょーもない事を考えていた。

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