第2話 黒魔道士リリィ、脱退


「あーあ、激おこでしたねー。追い掛けなくていいんですかー? ヘンタイさん。ここは男が試される場面ですよ?」


 一部始終を扉の端から覗いていたリリィがぴょこんと隣に現れ、問いただしてきた。


 リリィは俺のことを〝ヘンタイさん〟と呼ぶ。特に間違えた呼び方でもないし、事実だからなにも言うまい。


「……いいんだよ。これで」


 スケべは……強要しては……ならない。


「はぁ。甲斐性のない人です。それでもパーティーリーダーですか」

「……本人が嫌がってるんだ。俺には何もできないよ」


「良い人なのか、ただの馬鹿なのか、判断の難しいところですね。でも、エリシアさんの気持ちを考えると、やはりヘンタイさんはただの馬鹿なのでしょう。彼女は一言、可愛いよと言って欲しかっただけじゃないんですか?」


 そう言うとリリィはフッとし、確信をつくような眼差しを向けてきた。


 ……そんなまさか。たったそれだけのことで……?

 いや、もう過ぎたことだ。嫌々スケベをされていたことは事実。今となってはどうでもいいこと。


「だとしても、俺に追い掛ける資格はないよ。こんなことに至るまで気付けなかったんだ。これからも……きっと」


「あーもぉ、情けない。情けないですね! 今すぐ追い掛けて可愛いと声をかける気概はないのですか‼︎」


「ちょっ、叩くな!」


 ポコスカと頭を叩かれてしまった。


 ◇

 リリィとの付き合いもまあまあ長い。魔術学校時代の後輩だった。


 魔術適性ゼロの俺だったが、カタチだけでもと爺ちゃんがコネで入学させてくれた。


 学校を出ていれば就職にも有利だからと。


 でも結局、王都騎士団にも名門ギルドにも入れず、冒険者組合に加入して日銭を稼ぐ日々。


 リリィは俺と違って優秀な生徒だった。

 この世界において、黒魔道士の家系は生まれながらにしてエリートとして名高い。


 リリィの魔術適性は上位一%に位置する。


 俺とは対比に存在する彼女だが、妙なことに気だけは合った。


 魔術適性ゼロの俺は授業を受けたところで、なんの意味もない。


 一方のリリィは学校の授業があまりに低レベル過ぎて受ける価値がないと言っていた。


 結果、俺らはよく授業をサボっていたんだ。


 ポカポカのお日様の下で、よく一緒にお昼寝してたっけ。今となっては懐かしい記憶。


 そんなこんなで、騎士団やギルドの入団面接を受けることなく、俺のパーティーに入った。


 それは、三ヶ月前の話だ。

 

 それなのに、たった三ヶ月でこのありさま。

 リリィも不安に思うところもあるのだろう。


 エリシアが抜けた穴はそれだけでかい。

 

 俺がしっかりしないと。仮にもパーティーリーダーなのだから。


「まあ、なんだ。お前が心配することはなにもないよ。仕事だって取ってくるし、今日の仕事も必ず成功させる。安心してくれ」

 

「あ。えっとですね。これも良い機会かなと思ったわけですよ。わたしもパーティー抜けて良いですか?」


 それはあまりにも唐突過ぎた。


 リリィ、なんの冗談かな?


「……まさかお前もスケベが嫌になったのか?」


「言い方がおかしいですね。元から嫌ですよ? それでも待遇は良いし、ヘンタイさんは良い人ですからね。一緒に居ると楽しいしッ」


「そう……だったのか……」


 リリィ。つまり、お前も……嫌々スケベをされていたということか。


「そんな落ち込まないでください。実はこの国のトップギルドにスカウトされてまして」


 ヘッドハンティングというやつだろうか。

 在学中に面接を受けなかったのに、なぜ今更。


 ……いや。スケベは嫌だと言ってたじゃないか。


 ……これ以上、なにも聞くまい。


 そうか。なら最後くらい。エリシアのときにはできなかったからな。パーティーリーダーらしく、見送ろう。


 えっと。今財布の中にはいくら入ってたかな。30000Gか。ちょっと少ないが。うん。


「おめでとう。少なくて悪いが、入ギルド祝いだ」


「えぇー! いいんですか? あとでやっぱりとか」


 疑いの眼差しを向けてくる。

 どんだけ俺はケチだと思われてるのか。


 節約はしていたがパーティーの余剰資金を貯めていただけだ。でも、それはリリィやエリシアあってこそ。今となっては、もう。


「言わないよ。お前、貯金とか無さそうだもんな」


「ぐ、ぐぬぬ。よくご存知で。でもギルドに入るとですね、なな、なんと入団祝い金なるものが貰えるのですよ!」


 目をキラキラさせながら〝入団祝い金〟のところだけ、言葉に力が入っていた。


 リリィは金遣いが荒いからな。

 あればあるだけ使ってしまうような子だ。


 冒険者風情の俺が心配するのも妙な話だが、月給制のギルドでやっていけるのだろうか。


 かと言って、引き止めるわけにもいかない。


「ま。それとこれとは別。取っとけ」


「ヘンタイさん……。ほんとあなたは、不器用な人ですよ。でも、へへへっ。やった! もし困ったことがあったらいつでもギルドの門を叩いて下さい。もしかしたらわたしがギルド長やってるかもしれませんがッ!」


「なぁに馬鹿なこと言ってるんだよ。調子のいいこと言いやがって! まあ、なんだ。体は大切にしろよ。あと、あまり無理は……するなよ。……はぁ。しおらしくなっちまうな。とっとと行け」


 しっしっと手で払うと、優しくも瞳の奥を切なげに潤わせながら、リリィは笑顔を見せてくれた。


「ヘンタイさん。今までお世話になりました」


 あぁ……。

 深々と頭を下げる彼女を……引き止めたいと思ってしまうのは、当然の流れ。


 でも、〝スケベの強要〟だけはできない。


 引き止めることは、これからも・・・・・スケベ・・・させてね・・・・!に、他ならないのだから。


「おう。こちらこそ。……今までありがとうな」


 〝バタンッ〟


 そうして、リリィはアジトから出て行った。


 テーブルの上にはまた一つ、銀プレートの首飾りが置かれていた。

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