恋愛経験のない陰キャな僕に三角関係は難しい
逢坂こひる
第1話 空から女の子が降ってきた
空から女の子が降ってくる。
アニメやラノベではよくあるシーンかも知れないが、現実にコレが起こると、助けるべきか否か判断する余裕すらない。
まあ、僕は彼女の下に滑り込み、助ける判断を下したのだが、助けたかったわけでも、助けるつもりだったわけでもない。
結果としてそうなっただけだ。
脳裏をよぎったのは『これから高校の入学式だけど制服汚れちゃったな』その程度だった。
「んがっ!」
彼女を受け止めた瞬間身体中にすごい衝撃が走った。
誰だよ……女の子が柔らかくって軽いなんて言った奴は……。
重くてかてーよ!
痛いとかそんなレベルじゃなくて、ただ体が熱い。そんな感じだった。
——しかし、僕が覚えているのはここまでだ。
気が付いたら僕は知らない天井を眺めていた。
右足、右鎖骨、鼻骨骨折で全治1カ月。入学式には参加出来なかった。
後頭部も強打したようで、1週間ほど生死の狭間を彷徨っていたらしい。
因みに僕が助けた女の子は軽症だった。
彼女は涙ながらに毎日、僕のお見舞いに来てくれていたそうだ。
その様子を見てあまりにも不憫に思った母さんが、意識が戻ったら連絡すると言って毎日の見舞いは断ったそうだ。
グッジョブだ母さん。
意識が戻った時に目の前に涙目の女の子がいたら、心臓が止まって生死の狭間に逆戻りするところだったかも知れない。
しかし……そもそもなぜ女の子が空から降ってきたのか。
それについての答えは簡単だ。
現場は
しかも柵は非常に低く、いつ事故が起きても不思議じゃない曰く付きの場所だったからだ。
この件がきっかけで何か対策を講じてくれれば、僕の犠牲も無駄にならないってもんだ。
生きてるけど。
——母さんが例の女の子に連絡を取ろうとしていたので、お見舞いには来なくて良いと伝えてもらった。
体が不自由なこの状態で、気を使うのも、気を使われるのも嫌だ。
僕が勝手に助けて、勝手に怪我をしただけだ。
それで気を使われると、僕が惨めになる。
——退院してようやく僕は初登校の日を迎えた。
同じ新入生なのに転入生のように扱われた。
変に目立つのも嫌だったので、事故の理由は伏せてもらった。
その結果、僕の高校生活にイベントらしいイベントは何も無かった。
とにかく何も無かった。
僕を物語の主人公に据えたら作者が困るレベルで何もなかった。
——そして本当に何も起こらず1年が過ぎた。
今日から高校2年だ。
僕はクラス替えにドギマギする事はない。
なぜなら僕は『陰キャ』だからだ。
クラスメイトに覚えられることも、クラスメイトを覚えることもない。
学年が変わっても景色が少し変わった?
そんな程度だ。
僕には淡い期待に胸を膨らませて『クラスメイトの名前ぐらいは覚えておこうかな』って下心もない。
時間は有限。
人と関わって無駄に時間を浪費するぐらいなら、自分のやりたいことに時間を割きたい。
つまり僕は自ら望んで陰キャになっている、いわば陰キャのプロだ。
僕が陰キャのプロになってまで夢中になっているのは『ギター』だ。
ギターと言えばバンドなど華やかなイメージがあるかも知れない。
でも僕の目指すところはそこではない。
SNSの演奏動画投稿。
僕は演奏動画でバズらせることを目標としている。
きっかけは
『いいね』も『コメント』もエゲツなかった。動画を見ている最中もずっと『いいね』が増え続けた。
僕はフラメンコには興味がなかった。今もフラメンコ自体には興味はないのだが、音無仁の圧倒的テクニックの虜になってしまったのだ。
音楽の良し悪しなんて未だに分からない。
でも、人間離れしたあの圧倒的テクニックで僕もバズってみたい。それが目下、僕の夢だ。
自らを陰キャといいながらも承認欲求は満たしたい。
僕はそんな矛盾の塊なのだ。
「お隣さんだね、よろしく
「え、うん、ああ……よろしく」
不意に隣の女子に声をかけられ、思わずキョドッてしまった。
つか、誰だろう。僕とは違い一見陽キャ風の彼女。
1年の時のクラスメイトだろうか。
もしかして中学の時のクラスメイトなのか。
僕は自らの脳内データベースを参照するが、彼女はインデックスされていない。
むしろ僕の脳内データベースにインデックスされている、リアルで関わりのある人間は家族だけなのだが……。
それに僕の名前を知っていた。
「
な……なんだって……。
『会いたい』だと……。
それは、つまり僕を探していたってことか?
僕を僕と知っていて声を掛けてきたってことか?
あれ? ちょっと混乱してきた。
なんで幼馴染みもアイドルのクラスメイトも憧れの先輩も居ない陰キャな僕にこんなラブコメ展開が。
つか……誰?
本当に誰なんだよ!
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