1-7 それは生まれたままの姿で

『服従か、死か、どちらか選べ』


 私達に、奴等は突然そう告げてきた。

 交渉の余地など何処にもなかった。私達の全戦力は、どう多く見積もっても数千。対する奴等は数万。


 戦は数では決まらない。策を弄すればどうとでもなると、誰かが叫んだ。


 そして私は問うた。どうやって、と。


 私達は戦を知らない。数世代に渡って、争いごととは無縁な、平和な生活を送っていた。

 どの文献を漁っても、軍を指揮する術はおろか、この小国に軍があったという歴史すら存在しない。

 何より、生き証人である私がそのことをよく知っていた。


 そしてこの国よりも長く生きた私に、皆が口々にこう叫んだ。


『王よ、我らをお助け下さい』

『その叡智をもって、我々をお導き下さい』


 無理だ。私はそんなこと知らない。

 私が知っているのは、この国という小さな世界で生きるための些細な知恵のみ。

 戦う手段が、抗う手段がないわけではない。

 だがそれには、見合う筈のない多大な犠牲が伴う。


 そして、その決断をする勇気が、私にはなかった。

 私は服従を選んだ。皆もそれに従った。

 だが私達がその旨を伝えると、奴等は更にこう言った。


 ――服従の証に、王の首を寄越せ。


 巫山戯るなと、皆が叫んだ。

 

 ――そうか、では皆殺しだ。


 だがその一言で、誰も声を上げなくなった。

 私は別によかった。それでよかったのだ。


 一と数千。何を迷うことがある。

 命は等価ではないと、身近な誰かが私にそう言った

 それもそうだ。彼ら一人一人の誰しもの命の方が、私よりも貴く、重い。


 それでも叫ぶ彼女の腕を振り解いて、私は己の死を選んだ。選……んだ……?


 では、何故私は此処にいる。私は死んでいない。生きている。


 嗚呼、そうか。結局私は――――


 ◆◆◆


「……ーい、……ろー」


 誰かが、呼んでいる。


「……ろっての、……げんに」


 微睡みに浸る彼女の身体を揺さぶり、優しく声を掛けている。


「う……ん……」


 だが今のユキには、その全てが心地よい。

 わかった、おきる。だから、あとちょっとだけ……


「よい、しょ!」

「――ふぎゃ!?」


 直後、僅かな浮遊感の後に全身を駆け巡った衝撃に、ユキは無理矢理意識を覚醒させる。

 どうやらシーツごとベットから何者かに放り投げられたようだ。


「痛たたたたた……。ちょっとアステール、痛いです」


 強打した背中をさすりながら、窓から差し込む日光に眩しそうに目を開けて、


「おっす」


 そして彼と、目が合った。

 昨日この森で初めて出会った人間の、彼と。


(……えーっと、どうして彼がいるんでしたっけ……)


 ダメだ、寝起きで頭がよく働かない。

 取り敢えず、体にかかっているシーツを除け「え、ちょ、待っ」、取り敢えず立ち上がって、現状を整理しようとする。


 だがダメだ。寝起きは本当にダメなのだ。

 ユキが靄がかる思考の渦を彷徨っていると、頭にふと、昨日交わした約束が思い出される。

 ああ、そうだ。彼に物語を、語って貰うために……。


「ふぁぁああ……。すいません、約束があるのに寝てしまいました。……クラウドさん?」


 そこでユキは、何故かクラウドが自分に背を向けていることに気が付いた。


「……あの、どうかしましたか?」

「……ユキ、いや、ユキさん。今のは事故だ。ベッドで寝てたときはシーツで隠れてたから気付かなかっただけで、故意に転がしたわけではなく……」

「???」


 会話が成立していない。クラウドが一方的に支離滅裂な言葉の羅列を述べているだけ。


「だから、その――」


 クラウドも落ち着いたのか、一度深呼吸して、背を向けたままユキを指差して、


「服、着てくれないかな……?」



 ……………………は?



 指摘されてようやく、ユキは自分の今の姿を確認して、そして絶句した。

 何も身につけていなかった。

 自分の身体を包む衣服が、何処にも確認されなかった。


 あぁ、確か私、寝るときは基本何も着ないんでした。


「……。あ、あぁぁ!?」


 遅い覚醒。同時に噴き出す羞恥。


 見られた? 見られた!?


 床から起き上がろうとシーツを除けたときに、目の前で背を向けている彼に、生まれたままの姿を、見られてしまったというのか。


 雪のように純白な肌も、豊満なバストも、引き締まった腰回りも、そこから一気に張り出た臀部も、長くスラっとし、且つ肉付きのいい脚も、全て!


「あわわわわわわわわっ!」


 ユキの顔が羞恥で紅く染まる。

 さっきとは別の意味で思考がまとまらない。

 頭は明瞭化してフル回転しているというのに、溢れる感情に押し流されて情報が処理し切れない。


 いや、事実は単純明快だ。

 裸を、見られた!

 しかも出会ってたった一日の、殿方に!


「…………あぅ」


 高熱を帯び、限界まで駆動させていた脳が遂に限界に達し、そこから一気に処理落ちした。


「え、ちょっ!? ユキ!?」


 外界から意識がシャットアウトされる寸前に、自分の名を呼ぶ彼の声が聴こえた。

 だがそれに答えるよりも早く、ユキの意識は感情という津波に呑み込まれていった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る