脳内ハウスクリーニングは大人気

ちびまるフォイ

ずっと新人の記憶ハウスクリーニング

「どうも、記憶ハウスクリーニングのものです」


「ああ、どうぞ。よろしくおねがいします。

 最近どうにも新しいことが覚えられなくて困ってたんです」


「それはきっと記憶がホコリのように溜まってしまってるんですよ。

 私達にお任せください。スッキリキレイにします」


業者の二人は依頼者の頭の中へとやってきた。

中には雑に積まれた記憶がある。


「ひえええ、すごい量の記憶だ」


「新人、勝手に変な記憶にふれるなよ」


「わかってますよ。

 先輩、どこから手を付けるんですか?」


「こっちだ」


二人が頭のすみの方へ進むと、

使われていない記憶が押し込まれていた。


「先輩……これは、すごいですね」


「こんな隅っこに追いやられるくらいだから、

 もうしばらく引き出されてない記憶なんだろうな」


二人は記憶を手にしてはBOXへと放り込む。

BOXを通じて外の依頼者が記憶の必要性を判断する。


「これはいりますか?」

「捨てちゃってください」


「この記憶は?」

「うーーん、保留で」


「この記憶、しばらく使ってないですよ」

「ああ、それならもういらないです」


中には貧乏性で記憶を捨てたがらない人も多い。


けれど今回の依頼者のようにサクサク判断してくれると

記憶クリーニング作業側としては非常に助かる。


「先輩、あらかた片付きましたね」


「だな。これだけスッキリすれば、

 新しい記憶を詰め込めるだけのスペースもできた」


「それじゃ戻りましょうか」


「待て。こっちへこい」


「先輩? どこへ……?」


先輩掃除人は後輩を連れて頭のさらに奥の方へ。


「新人、前に一度だけ

 この仕事の裏について話したことを覚えているか?」


「え? そうでしたっけ?」


「ならいい。この仕事には深淵領域の掃除がある」


「しんえん、りょういき?」


「本人も覚えていることを忘れているような記憶。

 トラウマなどもこの領域にあたる。それを掃除するんだ」


「そうなんですか! あ、それじゃすぐにBOXを……」


依頼者に取捨選択させるためのBOX。

それを取りに向かう後輩を先輩が止めた。


「バカ。BOXは使わない。

 その場で俺たちが掃除するんだよ」


「そんなことやっちゃっていいんですか?

 本人の記憶を勝手に掃除されてしまうんですよ」


「お前は本人すら忘れていた嫌な記憶を引っ張り出されたいのか」


「あっ……。そ、そうですよね……」


「わかったら取り掛かるぞ。

 記憶ハウスクリーニングを依頼している以上、

 依頼人だって深淵領域の掃除も期待しているんだろうさ」


二人は深淵領域の掃除に取り掛かった。

表層とは別にBOXを通じて依頼者に確認をすることなく掃除する。


「先輩。深淵領域の記憶でどれが必要で、どれを消すべきなんでしょうか」


「バカ。そんなことも忘れたのか? まったく、しょうがないな」


先輩は手取り足取り後輩に伝え直す。


「良い記憶は残す、悪い記憶は掃除。簡単だろうが」


「今は離婚した両親の、昔に遊んだ楽しい思い出は?」


「難しいな。ポジティブとネガティブが共存しているパターンか。

 新人、お前判断してみろ」


「ええ? 掃除したほうが良いんじゃないでしょうか。

 いい思い出の側面があるとはいえ、嫌な気持ちになるのは……」


「よし、ならそれでいい」


「なら、ってなんですか。大丈夫なんですか!?」


「気にするな。それより手を動かせ」


深淵領域の掃除が終わると二人は頭の外から出ていった。


「以上で記憶ハウスクリーニングは終了です」


「いやぁなんかスッキリしました。

 頭が軽くなった気がします」


「それはよかったです」


「掃除途中、頭の中から声が聞こえなくなりましたが

 いったいなにをしていたんですか?」


「それはしんえーーむぐっ!」

「いえいえ。別になんでもないですよ」


先輩はニコニコしながら後輩の口を抑えた。

二人は仕事を終えて事務所に戻ってひといき着いた。


「先輩、一件落着ですね」

「だな」


まったりした時間を引き裂くように電話がなった。


「はいこちら記憶ハウスクリーニングです」


『なんてことしてくれたんですか!

 親との思い出を消しましたね!!』


内容は依頼者からの苦情だった。


『思い出せないけど両親の話からわかりましたよ!

 よくも大切な思い出を! 早くもとに戻してください!』


「かしこまりました。すぐに向かいます」


電話が切れると、後輩が心配そうに訪ねた。


「先輩、今の電話……」


「ああ、さっきの依頼者からだ。

 深淵記憶のズレに気づいたんだろう」


「でもすでに記憶は掃除しちゃっていますよ。

 戻すことなんてできるんですか?」


「新人、どうしてこの仕事へリピーターが多いかわかるか」


「はい? それはどういう……?」


「記憶の欠落に気づいた記憶を掃除しにいくから、

 うちは仕事が絶えないんだ」


新人は驚いて言葉を失った。


「それじゃ掃除しにいくぞ。二人ぶんの掃除だ」


「わかりました。でも先輩。依頼者は一人ですよ?」



「まずはお前の頭から、掃除に失敗したという記憶を掃除しなくちゃな」



掃除後、二人は依頼者の頭へと入り直した。


「先輩。掃除の再依頼なんて、ひどい依頼者ですねぇ」


「余計なことしゃべらずに掃除しろ。

 ところで、前に裏の仕事について話したのは覚えているか?」


「なんでしたっけ?」

「それならいい」

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