86話 白き魔動器装備よ、聖霊の力となれ!

 黒針の来襲だ。予想よりも早すぎる! ミケはすぐに頭上の天異界を見上げた。その頭上の高くにリヴィアが宙に座して、黒針を見据えながら不敵に笑う。


「ほう? 長距離転移とは、黒魔術師も味な真似をするものじゃな」


 長距離転移という複雑な制御式を操れるほどの黒魔術師がいることを暗に示していることを捉えて、リヴィアはそう評した。


「こんなの‥‥‥無理に決まってる」


 ミケの全身から血が引いていく。頭上の宙に黒母率いる黒針の大群と魔術師たちの軍勢を感知した瞬間、たとえリヴィアがいたとしても、全身を貫く恐怖にミケの体はわなわなと震えてしまう。

 そんなミケにココは笑顔を向けた。


「だいじょぶ。私は皆を守るために戦う! 大切な人を守るには戦わなくちゃならないんだ」

「よう言った! ココ。ならば、この吾も力を出し切ろうぞ」


 ココの決意を受けて、リヴィアはその両手に領域制御式を表す。


「六律系譜をわが手に現し、輪廻に仇為す者ども、その悉くを呑み潰せ! 『三尽ヴィヴェーカーナン』」


 視界を埋め尽くす幾億もの水刃が天異界の宙を走り、漆黒の闇を切り裂いていく。天異界の一角を闇で覆っていた黒針を消し去り、その闇深くにいる黒魔術師の軍団目掛けて水刃が全てを切り刻む。

 圧倒的なまでの領域魔法の奔流が衝撃波となって都市エーベの防護壁を軋ませている。その領域魔法の行き先を鋭く睨みつけていたリヴィアは「ちっ」と舌打ちする。

 ミケはリヴィアタンが見据えている彼方を見やり、目を大きく見開いてしまった。

 闇を包むようにして巨大な防壁術がリヴィアタンの領域魔法を掻き消しているのだから。リヴィアタンの魔法によって闇の半分は消え去ったが、闇よりも暗き漆黒が不気味に此方こちらを見つめているのが分かった。

 その深き闇にいる黒魔術師と共に、その黒魔術師たちを守るように防護術を張る弥覇竜がその赤き瞳をリヴィアタンに向けている。


「堕ちし竜が六律の道を外れ、しかも黒魔術師を助けるか。よかろうよ、弥覇竜。吾が直々にその魂を滅ぼし輪廻に戻そうぞ」


 リヴィアは両手にそれぞれの領域魔法を編みながら、弥覇竜に向かって飛翔していく。その姿を見上げていたココが、ノインとミケを真っ直ぐに見つめて言うのだ。


「リヴィアちゃんだけじゃ道は拓けない。私も行くよ!弥覇竜に辿り着くには、黒魔術師たちの力は侮れないから!」


 ココが魔動杖を掲げると、彼女のふわふわな服が輝きだし、その魔動杖が形を変えていくのだ。幾重にも重なった制御式がココの体に浮かび上がり、空間魔術も同時に自動演算されてココのふわふわな服の各部位を目印にして、各種の魔動器兵器群のパーツが接続されていく。

 それらの魔動兵器を着々と装着していき、最後に白き魔動杖が分解され、真っ白な魔動兵器に稼働の息吹をもたらした。まるで生きているかのように稼働する魔動器群が、ココの装備となって常時聖霊制御式を展開させている。聖霊の原始的な美しさを周囲に見せつけていた。


「すごい。圧縮されたエーテルを使って実存強度を押し上げているのですね。本当に愛子あやし様には驚かされます」


 感嘆の息をもらしながら、ミケは憧れる様にココの姿を見つめている。その魔動器を装備したココの実存強度は天異界3層の力―――ネキアの力と同等となっていた。まさに聖霊の愛子に相応しく、その美姿は聖霊の祝福を全身に表していた。

 ココは白き魔動器の翼を広げて、今まさに飛び立とうとしている。それを惚けて見ていたミケが、直ちに我に返ってココを引き留める。


「待って下さい! 聖霊の愛子が黒魔術師の元に行くなど自殺行為に他なりません。後生ですから、この場に私と共に防衛に徹しましょう!」

「だいじょぶっ! ミケちゃんもしっかり私が守るからね。それに、もうこれ以上私の大切な人を傷つかせたくはないんだ」


 ココは必至に懇願するミケに微笑み、それからノインを見つめた。「ノインちゃんは傷ついてばっかだ。だから、今度は私が戦うよ!」数秒ほどノインを見つめたココは、再び天異界の宙を見上げて、リヴィアの後を追うように高く飛翔していった。


「愛子様ああああああ!!!!」


 ミケの絶叫が防壁外郭にこだまする。いくら実存強度が3層に達していようとも今回の黒魔術師はマズいのだ。確実に『災呪の穢れ』がいることは明白なのだ。ミケは頭を抱えて防壁を右往左往して、直ちにネキアに連絡を入れる。

 しかし、ネキアからもたらされた指示は、ミケのいる防壁を絶対の防御ラインとして死守するようにという苛烈な命令だった。

 ならば、命令を無視してでもココを助けに行く! と心を決めた矢先にエーベの都市防壁魔法が稼働したことを知る。けたたましい警報とともに頭上を覆う暗き闇のような黒針がせまり、その先兵が防壁外郭に取り付いていくのだ。


「くそっ! もう襲って来るだなんて、早すぎるってーの!」


 転移魔術によって、息する間もなく黒母率いる黒針が防壁外郭に姿を現わし、戦闘が突如開始されたのだった。


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