87話 前線に飛び立て! 悲しみを断つために。


 ココはリヴィアに追いつき、二人並んで天異界を飛翔する。その向かう先にいるのは黒魔術師を率いるファディと弥覇竜。ココの体を包む純白の魔動兵器が低い唸り声をあげて、進路を塞ぐ黒針を焼き払っていく。


「リヴィアちゃん、こいつらの相手は任せてほしい!」


 ココは背中に背負った巨大な砲塔を稼働させ、その狙いを前方一帯に定めた。

 魔動兵器はココが天異界の中央を目指すために作り上げてきた秘匿兵器の一つ。ココがユリのいる浮島に辿り着いてから少しずつ制作してきたもの。いつかユリちゃんと一緒に天異界の宙を駆けるために、そんな想いを込めて作り続けてきた。

 ただ、稼働させるためのエーテルが途方もない量を必要とするため運用には至っておらず、いつの日かの目覚めを待っている状態だった。だけど、いまは仲間がいる。ノインちゃんが系譜入りし、リヴィアちゃんが仲間として一緒に戦っている。

 私は絶対に黒魔術師からユリちゃんを取り戻す!

 ココは領域魔法が多重に浮き上がった巨大砲塔にエーテルが充填されたことを確認すると、ファディを中心とする黒魔術師たちがいる闇を滅ぼすべく領域魔法を撃ち放った。

 巨大なエーテルの奔流が3重の領域魔法となって天異界の宙を閉ざそうとする闇を消し去ろうと、その闇を砕くのだ。だが、またしてもその領域魔法は一匹の竜によって阻まれた。黒魔術師の軍団の前に出現した弥覇竜ジダがその大きな口を開けて一つの咆哮を叫んだだけで、ココの領域魔法はあっけなく霧散してしまった。


「くそっ!」


 そう毒つくココは、ココは装備した魔動器の組み換えを行い、両羽の先に数十本の光の槍を創り出して、心配するようにココを見ているリヴィアに、にやっと笑うのだ。


「この場は私が道を切り拓くよ! だから、リヴィアちゃんは黒魔術師のところに急いで! 必ず、ユリちゃんの魂を輪廻に戻してあげて」


 ココが領域魔法によって道を拓いた間隙を塞ぐように数万の黒針がなだれ込んできていた。彼女の両羽に作り上げた数十本の光の槍、その一つ一つが領域魔法だ。その槍をあやつりながら、襲い掛かる黒針を消滅させていく。その連続する領域魔法の波状攻撃でファディに至る道が束の間に出来上がる。


「リヴィアちゃん、今だ!」


 ココが発する掛け声に乗ってリヴィアは僅かにできた隙間を電光石火の如くに駆け抜けていく。彼女は飛翔中、絶えず一つの超大な領域魔法を編み続けていた。ファディの前に立つ塞がるのは弥覇竜。その実存強度はリヴィアと同等か、それを超える存在だ。したがって、その強大な竜を滅ぼすことはリヴィアでさえも難しい。

 そもそも竜とは、六道真慧なる奇跡の果てに在る存在。

 女神のつるぎである律龍に奉納されるべき世界の要。それが六道真慧であり、律龍が操る技として、その身を捧げ技と成る。自分の体を、その魂さえも、一つの技に昇華させ、絶対的な『悪霊』を殺すことのできる唯一無二の神の御業となるのだから。

 その神の技を自らの欲の為に使った者は、堕とされ弥覇竜に姿を転じる。しかも弥覇竜の強さは絶対的であり、古き聖霊である六律すら超える。だからこそ、その存在を黒魔術師が操ることなど決して在り得ることはないはずなのだ。

 リヴィアはそこに仕掛けがあると確信する。黒魔術師の仕掛けが竜を操っているのだと。リヴィアは領域魔法を多重に編み続け、この魔法によって竜を正気に戻そうと考えていた。


「おそらくは魔女の黒糸杭くろしえ。既に形骸と化したと思っていたが、なおも力を維持し続けるか‥‥‥」


 1万年前に女神とその律龍によって、魔女は滅びた。

 しかし、その強大な魔女の残滓は残り続け、燻り続け、今なお黒魔術師が復活を求め聖霊を喰らい続けている。悪霊にもっとも近づきし存在―――魔女。そして、その悪霊の若芽たる来訪者たち。その各々が持つ異能が、この世界の秩序を引き裂いている。

 その異能である連樹子―――黒糸杭くろしえが弥覇竜を操っているのだ。そうリヴィアは結論付けた。だからこそ、その黒糸杭を打ち破るための領域魔法を編んでいるのだ。この聖霊魔法によって、不完全な連樹子を消し去り弥覇竜の自我を覚醒させる。そうすれば、あとに残る黒魔術師どもを根絶することなど容易く出来る。

 リヴィアはココが拓いてくれた道に飛び込み、さらに速度を上げていく。背中でココが領域魔法を編む気配を感じ取りながら、リヴィアは弥覇竜がいるその一点を目掛けて自らのエーテルをさらに高めていくのだった。



 自由都市エーベの上空で領域魔法の閃光が幾つも閃く。轟音と共に空間が弾けて、エーベの防壁外郭が軋む。その揺れる防壁にしがみつくミケは、天上の領域魔法の間から零れ落ちる黒針が防壁に刺さり喰らうのを見止めた。


「黒針がっ! 防壁を喰って、回復してんじゃないよ!」


 そう言ってミケは高位魔術を編み、黒針の数匹を撃退する。しかし、頭上から零れ落ちてくる黒針はとめどなく、ミケは精一杯の力を使って防壁を死守し続けている。


「ノイン君、そっちはどう?」

「ええ、こちらの黒針はちょうど片づけたところです」

「よし! なら、黒針を指定地点まで誘導していくから―――」


 黒針を誘導する地点を指差したとき、ミケの死角から黒針が大きく口を上げて彼女に喰らい付こうとしていた。


「ミケさん、危ない!」


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