84話 悪霊は賛美する、覚悟を持つ者たちを。
◇
天異界一層・辺境周辺部が闇に閉ざされていた。
「これほどの規模の侵攻‥‥‥都市の聖霊全体にシェルターへの避難指示を」
苦渋に満ちたネキアが、映し出されている反応点の数の多さに息をするのを忘れている。
都市エーベ中枢区画。その大広間の中央に索敵魔術陣が敵の数を光の粒子として現していた。彼女がこれまでに経験してきた中でも最大規模の黒魔術師の大軍が索敵魔術陣を余すことなく埋め尽くしてしまっていた。そして、不幸にも索敵魔術陣は最も大きな塊を映し出す。それは
ネキアの消え入りそうな呟きを拾ったミケが、索敵魔術陣を見上げて声を震わす。
「ネキア様。逃げ切れるのでしょうか? これほどの黒魔術師の数‥‥‥あたしたちは喰われてしますのですか?」
ネキアの絶対的な力を信じているミケは、この絶望的な状況を打開する案を求めてネキアにすがりつく。
「リヴィアタン様の加勢があれば弥覇竜を抑えることは可能でしょう。黒母とそれが率いる黒針も都市魔法で撃退は出来る。だけどね、ミケ。黒魔術師の力は知っているでしょう? それが8万の数となって侵攻してきている。彼らに対抗できる者達をかき集めても、せいぜい100人が関の山‥‥‥戦力差で劣る私たちは敗北する。都市エーベもあっという間に陥落してしまう。どうしようもないっ!」
冷静に話していたつもりが、最後は激情がネキアの声を荒げさせた。またしても私の望みを阻むのか! 彼女は握りこぶしを堅くして、黒魔術師の光点を睨みつける。そうしなければ、絶望に倒れそうになってしまうから。
「ネキア様」
「分かっているわ、ミケ。都市エーベの中心結晶を使い切れば、黒魔術師から逃れることは可能のはず。一気に次元階層三層に―――」
そこで言葉が詰まった。これまで築き上げた自由都市エーベが潰えてしまうのだ。それを決断することに数瞬の躊躇いが出てしまうのも無理からぬことだった。
「こんなにも多くの魔術師たちが来るのですね。本当に素晴らしい」
ネキアの索敵魔術陣を見つめていた来賓のココ達の背後に佇んでいた少年―――ノインが索敵魔術陣の眼前にまで歩いていき、その黒魔術師を表す無数の光を受け止め微笑んでいた。
「君は一体?」
ネキアが訝しむように、場違いな言葉を吐くノインの存在を見やる。このような子どもが恐怖に当てられて精神がおかしくなったのか? 彼女はそう思った。
ノインは両手を大きく開いて光の粒子を見つめている。その姿に突如ネキアは鳥肌が泡立つ感覚に見舞われた。この感覚はまさか! 来訪者?‥‥‥しかも、この少年は、かつて私を捉えた魔女に近しい存在の力を感じる。魂に刻まれた恐怖感が呼び覚まされネキアは嘔吐とともに、眩暈に襲われながらもネキアはノインを凝視した。
「まさか‥‥‥」
その独りごちを拾い上げたのはリヴィアタンだった。
「そうじゃ。お主と同じ来訪者じゃよ。ただ、お主よりは連樹子の適格者であり、黒魔術師どもが崇める魔女に近しい、いや超えるかもしれぬな」
それを聞いてネキアは絶句してしまう。が、その一瞬後には何とか自らを奮い立たせてリヴィアタンを見返す。リヴィアタンが言う事が本当なら、六律系譜を体現する者が連樹子を操れる存在を黙認しておくがない。
「ノインは、ココの従者だ。ココが彼を望んだのだ。ならば吾が兎角言うようなことはないのじゃ。それにノインが動くことで、魔女と同質の異物である黒魔術師がこの世界から存在ごと消えてくれるのはある意味、願ったりかなったりじゃよ」
自嘲気味にリヴィアがネキアに笑いかけた。そして、リヴィアはネキアから視線を外して索敵魔術陣を睨むように見つめた。
「
「であれば、弥覇竜は吾が相手どろう。弥覇竜よ、その囚われ蝕まれていく魂を解放し、輪廻に送ってくれよう」
「私は黒母を迎え撃つ!」
リヴィアの言葉の間から、ココが力強く飛び込んできた。その手には黄色の光を放つ白き魔動杖を握る彼女の瞳には揺るがない決意があった。
「リヴィアちゃん、ノインちゃん。必ずユリちゃんを輪廻に連れ戻すっ!」
「そうじゃな」
「ええ、勿論ですよ。ココ」
ネキアはノインを暫く観察した後で、口元に力を入れた。もしかしたら都市エーベを防衛できるかもしれないと思ったから。黒魔術師の相手にノインを当てればその多くは滅失させられるだろう。都市エーベに侵攻した者については私が使う異能―――連樹子の亜種『
「分かりました。我らは都市エーベの防衛に務めさせていただきます。ミケ!貴方は彼と共に黒魔術師と黒母の討伐に当たりなさい」
「はい、ネキア様。承知いたしました」
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