80話 握りしめる決意。立ち向かうべきとき。

「なになに? 凄い音がしてるんだけどー、リヴィアちゃん何かあったの?」

「ココ、大丈夫じゃ。いや、そうではないな。良いか?何があっても、気を乱すでないぞ」


 リヴィアは心配するようにココを抱き締める。リヴィアの胸に頭が沈んだココは「おっぱい大っきすぎて息できない~」と顔を上げて、息を一つ吸い込んだ。ココは再度、リヴィアを見つめる。そして確信した。


「そうか、何かあったんだね」


 ココはよろず屋の入口のドアに向かって歩いていき、リヴィアが作り上げた防御壁を指差し言う。


「リヴィアちゃん、ここを開けて」

「‥‥‥分かった」


 ココの言葉に防護壁に穴を開ける。その穴からは目に針を刺すような痛みを覚える黒煙が、一気に店内に押し寄せてきた。「行こう! リヴィアちゃん。この舟の感じは、ソラちゃんの舟羽だよ。ケガしてるかもしれないから早く助けに行かなきゃ!」ココは振り返らずにリヴィアを呼ぶ。そして、その黒煙と炎が燻るなかに姿を消していったのだった。


「あ!ちょっと、あたしも―――」

 慌ててミケも、ココたちの後を追いかけていく。



 燃え上がる船体は裏通りの道に上手く船体を滑らせて、何とか着陸に成功していた。船倉から荷車魔動器が顔を出していた。ペルンとノインは、その荷車魔動器に積まれた素材に火の手が届かないように周囲の瓦礫を除いている。二人の間には会話はなく、ノインは連樹子によって失われた両腕の代わりに足を使って崩れ落ちる船体をどけていた。

 ペルンは腰に提げた刀の柄に握りしめる。


 カジハ・ユリ。


 彼女の最後の言葉がペルンの頭の中で繰り返す。『ありがとう、ペルン』と。奥歯を噛みしめ、息を吐く。結局、自分は何も出来なかったのだ。自分のもつ修久利しとめでは、ユリを押し留めることも、黒魔術師を蹴散らすことも出来なかった。

 ペルンは、ただ彼女が黒魔術師ファディに喰われていくのを見ているだけだった。

 黒魔術師は、聖霊と人間を糧として自身の強化をし続ける存在だ。自分の修久利しとめでは届かないという残酷なまでの現実が、手に握った刀をやけに小さくさせている。黒魔術師があれで終わるという事はないだろう。おそらく黒魔術師は聖霊の愛子であるココを見つけるのは時間の問題だ。そしてココの胸に埋め込まれた心臓に気付いてしまうだろう。それだけは、絶対に避けなければならない。


「連樹子か‥‥‥」ペルンは誰ともなく呟いた。そしてペルンはノインを見やる。我が主ユングフラフ・ニ―ベルが封じせし連樹子、それを使えばより強度の強い修久利を使うことが出来るはずだ。俺であれば連樹子が自らの実存を喰らうことによって生じる膨大なエーテルの一部を操ることが可能。それはユングフラフ・ニ―ベルによって改造された体ならではの方法だ。だから確実により強い修久利を使う事が出来る。

 そこで立ち止まる。従者である俺が主の意思に反して封じせし連樹子を求めるとは皮肉だ、と。だが、ペルンの目にはユリの姿が焼き付き消えることはない。「―――ユリを黒魔術師の道具にさせておくわけにはいかねえべ」ペルンはもう一度、刀の柄を強く握り直す。


「燃えてるっス。オイラの舟羽がああああ、燃えてるっすよおおおおおおお!!!!」


 火の粉を全身に浴びながら、ソラが右往左往しながら絶叫している。「消火! 消火っスよおおお!! 舟が燃え上がってるんですけどおおおおッ! オイラの魂の結晶がああっ、オイラも、オイラも燃え上がっててるっスぅっっっ!! 死んじゃうっスううう―――」

 ばちばちと炎の爆ぜる音と共に大量の火の粉が上空に吹き上がり、ソラの体に降り注ぎ燃え上がらせていく。ソラの叫びがさらに大きくなろうかとしたとき、その火の雨の中を進んで来る者達の姿があった。


 聖霊魔術・高位制御式『レイゲン(豪雨)』 


 視界を閉ざすほどの多量の雨が降り注ぎ、呼吸がし辛くなるほどの豪雨が火を鎮火させていく。


「ノインちゃん! ペルンちゃん!」


 炎を捻じ伏せる様に鎮火させた豪雨に抗うかのように、燻る煙が鼻を刺す。

 地面に出来た水たまりの水面を叩きながらココが一直線にノインの胸に飛び込んでいく。


「ノインちゃん‥‥‥。両腕がなくなってる、痛いよね。今すぐ直してあげるからっ!」

 ココはノインを強く抱きしめて、ノインの顔をじっと見つめた。「ココ。僕は大丈夫です。それよりも―――」と、ノインが言葉を途切れさせ唇を噛んだ。

 ココはもう一度周囲を見渡し、彼女の視線はノイン、ソラ、そしてペルンに止まる。


「ペルン。ユリちゃんは‥‥‥?」


 鎮火して燻る煙が彼らの間を漂っていく。最初に口を開いたのはノイン。


「ユリさんは、黒魔術師の攻撃から僕たちを守ってくれたのです。だから、僕たちは自由都市エーベに無事に辿り着くことが出来ました」

「そうっす!! 黒魔術師が現れたんス。もう大変だったんスからあああ。絶対にこの都市にもやって来るはずっスから、早く逃げないと死んじゃうっスっ!」


 泥まみれの体でソラはココの両肩を掴んで絶叫している。「ソラちゃん、黙ってて」ココはソラを退かして一歩前に進み出た。


「ペルン、ノインちゃんの言っていることは本当なの? ユリちゃんが戻って来ないっていうのは本当なの?」

「ああ」


 ココの問いかけに応えるペルン。ココは彼の声音に息を止め、自らの拳をぎゅっと強く握りしめた。黒魔術師との遭遇は5千年振り。そして何よりも黒魔術師と出会うたびに、彼らはココ達から大事なものを奪っていく。『また、あの時と同じように逃げるの?』ココの胸の奥からココに問いかける声が聞こえた気がした。ココはゆっくりと、そして力強く頭を横に振る。

 大切なもの、大事にしたいもの。かけがえのない家族を守ることに躊躇などありはしないよ。

 断固たる決意を瞳に映して、ココは断言した。


「戦う」


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