67話 災呪の纏われ。黒魔術師ファディ。


 ノインは、修久利しとめを行う前提である身体律動を全身に行き渡らせる。


 彼は湿地帯の泥漿でいしょうから突き出ている倒木を死角として使い、押し寄せる黒針を1体ずつ、連樹子を這わせた刀でその実存強度を削り取っていく。その実存強度がノインよりも小さくなった時点で止めを刺し、それをひたすらに繰り返していた。


 連樹子を這わせた打刀は黒針の実存強度を削ると同時に、また打刀自体も連樹子によって劣化していく。このままでは黒針を倒す半ばで刀が壊れて良し舞うことは明白。そこでノインは一計を案じることにした。連樹子は存在強度を削る。それは実存強度に対して作用する性質を持っているということだ。ならば、刀に対して存在強度を与えることも逆に可能なのではないか、と思ったのだ。結果、それは見事にノインの希望に沿った効果を導き出した。


「打刀の劣化を回復できるなんて、上々じゃないか!」


 だが、刀の劣化を完全には回復できず、敵に止めを刺した分の実存強度のみの回復しか出来なかった。しかも瀕死の敵から取れる実存強度は僅かでしかない。それでもノインは、劣化を防げたことに満足する。これで戦い続けることが出来るのだから。

 ノインを取り囲む黒針が一斉に口を広げ跳躍した。その口は吸盤状になっており奥に鋭利な歯が3重に並んでいる。その口で噛みつかれたら、骨肉を噛み千切られるのは必至だ。


 原始術法『紫雷槍』


 飛び込んでくる黒針を原始術法で弾き返す。が、ノインが弾いた数匹の黒針に異変が生じたのが目に留まった。それに気付いた途端に黒針が連鎖爆発を引き起こしていく。連鎖する爆発がノインを取り囲むすべての黒針に広がり、ノインを消滅させんとするかのような地面をえぐり地柱を立てるほどの大爆発が起こったのだった。ノインはその大爆発の直前に、連樹子を消し、ありったけのエーテルを使って防御壁と自己の体の修復機能を最大にする。それでも、四方から襲い来る爆風と土砂で体が潰されるように大きく上空に30テリテ(*45m)の高さまで飛ばされて、最後にはきりもみ状態のまま地面に叩きつけられてしまった。

 ノインの肋骨と左足が折れ、自己修復機能を使っても瞬時には回復しきれない。それでも何とか状況を確認しようと上体を起こして、打刀を握る。ノインの周囲には既に黒針が取り囲み、間髪入れずに飛び掛かって来る寸前だった。


「大丈夫ですか、ノイン様。息を整えて! さあ、奴らを蹴散らしますよ。天無辺・鴻冓こうご


 ユリの放った技がノインを襲ってくる黒針を砕く。ペルンもその後方で剣技を放ち、傷ついたノインから黒針を遠ざけるのだ。


「ノイン様。貴方も修久利しとめを体に刻み歩む者です。それは六道真慧に至らんとする研鑽の道であり、唯一無二の技を天に奉納せんとする行為。なればこそ、この地、この場所こそが荒技を磨くに相応しい。見せて下さい、貴方様の技を!」


 その言葉がノインの脳裏に一つの技を、いつかの師匠の技を思い出させる。それはペルンが初めてノインに見せた剣技であり、鉄杖と共にペルンより教わった唯一の技。ノインは、その焼き付けられた剣技を今日までずっと繰り返し体に刻んでいた。

 弟子であるノインの手に握られているのは、師匠が鍛え上げし鉄杖から形作られた打刀。この刀とこれまでの研鑽を、この場で剣技に昇華させる!


 目の前には浮島を覆う闇となって、全ての生命を喰わんと欲する黒針。

 ノインは打刀の地を右上腕に乗せ、左手で柄を掴む。


天初示てんはじ雨刹断あまいず


 超速の切り刻み。それは、雨水のごとく天から降り注ぐ刀の幾万もの斬撃が黒針に降り注ぐ。その斬撃の一つ一つが黒針の存在を細切れに断っていき、闇に光をもたらしていく。


「ノイン様。見事です」


 ユリがノインの剣技を評した。その後方からは「まだまだ、だべよ」と何時もの辛口が聞こえる。

 それでも黒針の数は多く、ノインは修久利の剣技を放つ。しかし、数回の修久利の剣技を放ったところでノインは息が上がってしった。それはノインが未熟だからこそ余計にエーテルを消費してしまい、同時に剣技が雑であるために体に対する負荷が想像以上に大きかった。足が震え倒れそうになってしまい、思わず刀を杖替わりにして上体を支える。まだまだ修久利を扱うにはノインは未熟すぎた。それでもノインが屠った累々と積み重なる黒針の残骸。その骸の山から、不意に黒いざらざらとした霧が生じ始めたのだ。


 ざらついた黒霧の奥からそれは現出した。


 泥漿に深々と突き刺さった黒い巨大な柱。300テリテ(*450m)程あろうかという黒柱。黒柱こそが黒母であり、黒針を操る司令塔。その黒母の表面全てに黒き瞳が浮き出ており、ぐるりと周囲を見渡し、眼下のノインを一斉に見つめた。



 実存強度  黒母 :2.894

 


 ユリはすかさず、その黒母に向けて修久利の剣技を放った。


 しかし、彼女の放ったその刃の力は黒母を切り刻む寸前に何者かに阻まれ、霧散する。

 ユリの剣技を片手で抑え込んだ一人の男性が黒母の中央部に立ち、ユリを興味深そうに見下ろしていた。黒母に比較すれば小さき者であったが、その存在はこの場にいる誰よりも重く強大過ぎた。

 その男を見た瞬間にユリが髪を逆立て、激昂したのだ。


「久しくもカジハ家が潰えた日と同じ姿で私の前に現れるかッ! 黒魔術師ファディ!!」

「おや? カジハのお嬢さん、6千年ぶりですね。修久利の研鑽はたゆまずなされておいでかな」


 黒魔術師ファディはそう言葉を投げかけると同時に、漆黒の制御式を浮島の空に表す。漆黒制御式は聖霊を否定し、六律系譜とは存在を異にする術式。その術が浮島の空を埋め尽くしていく。その男は、ユリを見て言うのだ。


「それに『堕ちし纏われの崇忌すいき』が共に在る。聖女の輝きを追って来てみれば良き出会いとなりましたね」


 ファディが両の手を打ち鳴らす。



 聖術ノ楔『閉じたる瞬きと緋』



 天異界の宙に光が満ちた。

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