64話 真実は重く、口を閉ざす。
そう言って見せてきたのは青色の玉石。身近で見れば淡くエーテルが噴き出しているのが分かる。
「すごいです! ノイン様、これは光珠でございます。しかも極大の天然光珠ではありませんか! とてもとても貴重なものです」
「おお~、ノインっち。良いもん持ってるっスねー、それをオイラにくれっス! 欲しいっス、それはもうオイラのものっス!」
両手を高く差し出して、ノインの手に持つ光珠を奪おうとソラはぴょんぴょんと跳ねている。その体をペルンがぐいと掴んで、滝つぼに放り投げた。「んだら、おめえも頑張って採ってこいやああ―――!」と数秒後に滝つぼに着水する音が聞こえてきた。
「良いもんば見つけたな。それを自分に対して使ってみろや」
「ペルンさんの言う通りです。是非に自分にお試しください。自分の能力を上げるには『玉』を使うのが不可欠。修行では技量や技、そして制御式を覚えることはできます。ですが、身体能力を向上させたり自らの器にエーテルを満たすこと、つまり実存強度を増大させるには玉を手に入れなければなりません。この天異界一層で入手できるの玉は『宝玉・光珠』と呼ばれています。ノイン様の手にあるのが、その光珠なのですよ」
「へえ! これが光珠なのですね。本では読んでいましたけど、実際に目にするのは初めてです。 どうやって使えばいいのか‥‥‥砕く?」
「そうでございます。玉を砕いた者こそが力を増大させる権利者となられるのです」
「そういうことだべ。んだから、市場にも高値で流通されるわけなんべよ。まあ、危険を犯さずに財があれば楽して力を得られるっつーのには、俺は反対なんだけどもな」
ペルンは「ほれ、早く使ってみろや」とノインを急かす。ノインは言われたとおりに、その光珠を握る手に力を込めていく。弾力のあるそれは、ある程度まで彼の握力に抵抗を示していたが、それ以上の負荷がかかると氷が割れるように自壊した。その内に蓄えられたエーテルが新たな器を求めるようにノインの全身を満たしていくのが感られた。
実存強度 ノイン :1.426(+0.056)
ノインの実存強度が上昇した。全身すみずみを力の奔流が満たしていく。明らかにエーテル支配力が増したことを実感する。ノインは宝珠・光珠によって、自らの存在が強化されたことを知った。
「体の隅々にエーテルが満ちていくのを感じます! なるほど~、こうやって力を付けていくのですか。そうだ! 光珠を沢山見つければペルン師匠やユリさんも、もっと強くなるということですよね?」
「いんや、俺は魔動人形だからな。実存強度は上げられねえべよ。つーか、ネギ坊主。てめえはココの特別だ。だから、光珠で強化できるわけだ。光珠を見つけたら、きちんと使っておけよ」
「私の場合は光珠では役不足でございます。存在を強化するにはもっと上層で採れる玉が必要となってしまいますね。だからノイン様。私たちに気兼ねせずに、いっぱい力を付けて参りましょう」
ユリは優しくノインに微笑む。ペルンはエーテル変性体を木箱に詰めて、荷車魔動器に積み込め始めていた。
「うおおおーー!!」
遠くからソラの声が地鳴りのごとく聞こえてきた。
夕日がもうすぐ沈み、夜が訪れる。今日はここに野営を築いて明日の素材採取に備えよう。ノインはソラの声を脇に置いて、炊事の準備の為に荷車魔動器から調理器具を取り出していく。
「見てくれっスううう―――! オイラ、大魚を捕まえたっすよおおおっ。今日は魚祭りで決まりっス!!」
丘の上に駆け上ってくるソラの背中には、大きな淡水魚が跳ねていた。ノインはソラの元気な姿を見ようと目を凝らす。ちょうど、ノインの視線の先では、彼女が自ら捕まえた大魚に丸呑みされてくる姿があった。魚の口端に両手を掛けて食われまいとするソラは夕日に照らされ、輝いて見えた。だから、ノインは綺麗だなとごく自然に思ったのだった。
◇
真夜中の夜空の下で焚火が赤い炎を燻らせる。パチパチと薪に含まれた水分が音を鳴らし、静けさが支配する闇の中で存在を主張していた。ペルンは木の枝で薪を突いて加減を調整する。
「ペルンさん、ご一緒してもよろしいですか?」
「寝なくて大丈夫だべか? 明日は早いんじゃなかっただか?」
深夜の見張りはペルンが買って出た。魔動人形であるペルンは睡眠をあまり必要としない。それに対してノインは人間に限りなく近く創られているため、生物種と同様に睡眠をとらなければならなかった。
炎の揺らめきを瞳に反射させて、炎を見つめているペルンとユリ。
二人が並んで座る姿を炎がはぜ、時折に茶々を入れていた。
「‥‥‥私も実は睡眠は必要ないんですよ? ペルンさんと同じですね」
ユリの口元が寂しそうに微笑むのが見えた。ペルンはそれを目の端で捉えていたが、目線を外して周囲を見渡す。今日に限って星々の輝きがいやに痛く見える。
「実は、私は―――」
「分かってる。5千年の付き合いだべ」
沈黙が降りた。二人の前には炎の揺らめきと薪の弾ぜる音。そして時折テントから響く美少女ソラのいびきが地鳴りのように聞こえているだけ。
「素材採取はどんな感じだべよ? ユリ、疲れてはいないべか」
「ふふ、楽しいですよ。皆さんとこうして過ごすこと‥‥‥これって冒険っていうんですよね? これから、皆さんと色んな所を巡ってみたいって思っています」
ペルンは火の弱くなった焚火に新しい薪を入れる。そして、ユリを抱き寄せて、頭を静かに撫でた。
「それは良かったべ。天異界は広いからなあ、きっともっと楽しいことがいっぱい見つかるべよ」
ユリを見つめた後、空を仰ぐ。大樹の守り目という役は確かに大事なのかもしれない。しかし、それ以上にユリには自分の足で自分の道を見出して歩いてほしい―――。そんな言葉を言おうとして、飲み込んだ。そして、胸中で「多分、それがユリの
「ペルンさん、どこ見ているのですか?」
「んー? あっ、いや、そういう意味じゃねえべよ。ほら、ユリも自分のテントさ戻って仮眠でもとるべよ」
「いえ、どいう意味か言ってくれるまで動きません」
「こ、困ったべ~」
焚火が新たな火種に炎を走らせる。夜が白ばむまでは、まだ暫くはかかりそうだ。
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