63話 疼く左目が手に入れしモノ。

 ミケがぱたぱたとネキアのもとに走ってきた。


「リヴィアタンは都市の外れに転移したみたい。詳しい情報はこれから探っちゃうけ

ど、確定情報はあたしが帰還するまで足を洗って待ってて! どう、あたしって優秀しょ?」


 ランドウが疲れた目つきで、ミケに念を押す。


「ミケ、この際貴方の言葉遣いには目をつぶります。いいですか? 分かってると思いますが‥‥‥くれぐれも派手な事をしてリヴィアタンの不興を買わないように。特にリヴィアタンの関係者とは、いざこざを起こさないようにして下さい。分かっていますね?」

「分かってるってば。ランドウって、ホントあたしのこと心配しすぎなんじゃねーの。いくらあたしが可愛いからって過保護すぎるっしょ。まあ、あたしとデートしたいってんなら―――」


 ウェーブの髪を掻き揚げてミケは「高くつきやすぜ」などと言っている。

 ランドウはミケを無視して、手に持つ大剣を検分し始めている。


「ネキア様。ニベの大剣を解析に回しましょうか? これ解析ができれば魔術の理解も深まりましょう。なにせ神話級ですから」

「ニベの大剣ね。確かに神話級ではあるけど、その大剣自体がリヴィアタンそのものといえるわ。魔剣や神剣といったものは聖霊の分体であり、目印でもある。解析をしたところで逆に此方が分析されてしまうでしょうね。こういったものは、武器として使用してエーテルを稼いだ方が割が良いわ。ランドウ、貴方は次元階層3層『骸の冠』に戻り、実存強度を上げるために『宝珠・幻王魂』を手に入れてきたらどうかしら? 黒魔術師に対抗するには戦力の増強が不可欠よ。リヴィアタンの真意は案外そこにあるのかもね」

「幻王魂ですか」

「そう、そのニベの大剣だからこそ可能となる。自由都市エーベに関しては私が代わって守護の任に着いておくから。ランドウ、貴方は急ぎ幻妖を狩り幻王魂を入手し力を得なさい」

「いいなあ~。私も力増幅の『玉』が欲しい! ランドウ、私にも『宝珠・妖玉』を取ってくるべし!」


 騒々しく喚くミケに生返事をして、ランドウはネキアの指示通りに次元階層三層に向かう。「では、幻王魂を手に入れてきます」と言い残すと、浮島のエーテル結晶からエーテルを得て転移魔術を展開した。



「さて、ミケ。することは分かっているでしょう?」

「は、はい! 仕事に行ってきまっすー!」


 ミケも慌てて情報収集の為に転移術によって、この場を後にした。

 ネキアも指令室に向かって歩いていく。天異界の各地に黒針くろぬいが出現したという報告は受けていた。そこにリヴィアタンの自由都市エーベ滞在。黒針くろぬいはエーテルの濃い場所を求めて彷徨うのだという。それは自らの群体を増やすために。おそらく、このエーベも黒針の捕食対象となるのは確実だろう。


  ネキアは中枢司令部に至る長い廊下を歩きながら忌まわしき過去を思い出していた。





 リヴィアはソラの店のカウンター席に座り、頬杖をついている。ココは既に店の奥の鍛冶施設で魔動器の製作中だ。「新たな魔動器を創る!」と豪語していた姿は何時もに増して愛らしく見えた。

 ノインたちが持ってくる素材を使えば、彼らの義手が本来の腕に戻ることだろう。彼女は目を閉じ自らの分体―――ニベの大剣の位置を探った。


「ほう? 骸の冠に渡ったか。なるほど、幻妖狩りとは殊勝なことよな。強き者どもを屠り、その玉を取り出し得るには、ニベの大剣はあつらえ向きじゃ」


 ふむ、と腕組みをして椅子の背もたれに身体を預けた。


「今回の蝕甚―――黒針以外に何かあるのかもしれん」


 ふと胸騒ぎがリヴィアを包み込み、誰もいない店内にこぼした言葉がやけに大きく響いていた。





「がはははっー! これが実力の差ってやつだべ」


 夕刻の黄昏時。滝つぼから少し離れた丘の上でペルンの笑い声が響く。


「おかしいっス! これは、絶対にぃ~おかしいっっスよおおおおおっ!!!」


 ペルンの笑い声を掻き消すようなソラの絶叫が夕暮れを染めている。

 丘の上に置かれたエーテル変性体の山は3つ。それは各自が採取した素材の量を表わしていた。一番大きな山はユリ。二番目はペルン。そして最も小さき山がソラのものだった。

 ユリが、愕然としているソラの背中に発破を掛けている。


「エーテル変性体の気配を知ることで、その場所を見定めることは容易です。是非にソラさんも気配察知を会得なされると良いでしょう。そうすれば素晴らしい成果を得る事間違いなしでございます!」


 美少女であるソラは鼻水を啜って、ユリに振り返る。


「気配察知ってのはエーテルを感じするやつっスか? そんな繊細なエーテル察知なんて出来るわけないっス。無理っス。オイラには無理なんスよおおおおっ」


 最後にはエーテル変性体の山から逃れるように走り出したソラ。だが、数歩進んで何かにぶつかって転んでしまった。


「ソラさん。すみません、痛くなかったですか?」


 そこに立っていたのはノイン。彼はソラの鼻水でぬれた自分の腹部を気にする様子もなく、申し訳なさそうにソラに謝っていた。それからノインは、背嚢に入れてあった布でソラの鼻水混じりの顔を丁寧にふき取っている。


「お~、遅かったな。ほれ、ネギ坊主の成果を加えて素材採取の締めとすんべよ」


 ペルンがノインの素材の数を促す。しかし、ノインの腰に付いている編み袋には何も入ってはいなかった。


「僕の左目が疼いて、気が付いたらこの結晶体を見つけていました。えーと、採取したのはこの一つだけなんですけど。でも、見て下さい! エーテル濃度はすごくあると思うんです」

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