48話 自由都市エーベ、秘密工房


「おいーーーっす!!ソラちゃん、元気してたー?」

「こんのッ、トサカ娘えーー!俺の前さ出はってこいやー!!」


 自由都市エーベ。その都市は多層の建築物が無秩序に何十層にも積み重なって形造られた都市だった。古くからの建物には木々が生えて歴史の永さを物語っている。道は石段。見上げれば青葉の茂る木々の枝が建物のすき間の至る所から突き出していた。まるで迷路のような景観にノインは一目で圧倒されてしまった。ココたちはその雑多な建物群を縫うように走っている路地を通り抜けて、目的の場所に辿り着いた。


 そのエーベの片隅に営業している小さな鍛冶兼雑貨のよろず屋。その店の扉を勢いよく開け放ちココの透き通る声と、それに覆いかぶさるようにしたペルンの声が店内に響き渡っていた。


「あ、ココっち。お久しぶりっス。それと、農作業用人形はお帰り下さいっス!お呼びでないっス」


 店内の奥から美少女がてくてくと歩いてきて片手を上げココに挨拶を返している。背丈はココと同じくらいで二人とも並んだら同い年の友人に見えそうだ。そのソラと呼ばれた美少女は幾分か鳥の姿形を持ち、すぐに聖霊の者だということが分かる。その美少女の瞳は紅く色づき帽子のすき間からは黄色のカラフルな飾り羽が見え隠れしていた。

 その鳥の飾羽の髪をしたソラはココの後ろに立っているノインをしげしげと興味深げに観察している。


「ソラちゃん、元気そうでなによりだ。それでさ、今日からソラちゃんの家に皆で住むことに決まったから。だから、よろしくね!」

「おっめえ、この腕ば見でみろや!」


 突然の住宅宣言に目を点にしているソラを、ココは気にする様子もなく胸元から球状魔動器を取り出した。もちろんペルンの話も聞き流して、


「解除、そして構築作業開始っ!!」


 その言葉を受けて、球状魔動器が光輝き作業を開始し始めた。収納されてあった魔動器群が流れるように出現して、ソラの家を増改築し始めていく。ソラは呆気に取られていたが、すぐに抗議の声を上げようとココの姿を探す。が、ココは「ソラちゃん。私は奥の鍛冶場を使ってるから、ソラちゃんはこれに書いてある素材を用意しておいてっ!」ソラの手に素材のレシピを書いた皮紙をばんと叩きつけて意気揚々と鍛冶屋の奥に入っていく。まるで自分の家であるかのように振る舞うココ。そのココの姿をあんぐりと見つめるソラ。ソラの襟首を掴み上げているペルン。ノインはその光景を見ながらどうしたものかと考えあぐねた。


「えーと、店内ですから。ペルン師匠、もう少し穏やかにいきましょう」


 ノインは無難な言葉を探し出して、すぐさまペルンに提示してみせる。ソラもその提示に同調するようにその言葉にすがりついた。


「そ、そうっすよ。ここはオイラの店っスから、さっさとお引き取り下さいっス~~!」

「ああ?この、トサカ娘がっ、どの口でほざぐんだ?」

「ソラさん?とお呼びすればよろしいでしょうか。ソラさんは、ペルンさんのご友人の方なのですね。初めまして私はユリと申します」


 笑顔でユリはソラに挨拶を済ませると、店内に陳列されている奢侈品に目を輝かせて見入っていた。「展示物を触ってもよろしいでしょうか?」などと尋ねては、楽しそうに多種多様の品を眺めている。

 ソラはばたばたと手足をばたつかせて、何とかペルンの手から逃れることに成功し、自分の喉をさすっていた。咳ばらいを一つすると、先ほどまでのことは一切忘れてしまったかのように、自分を掴んでいたペルンの腕について語りだした。


「これは本当に良くできた義手っス!さすがココッちだ。それにっ、そちらの少年の義手もココ製っスよおおおおおっ!!」

「ええ、そうです。分かるのですか?」

「当り前じゃないっスかあ!オイラはココッちの弟子なんスよ。そしてー、れっきとした鍛冶師なんスから!すごいっしょ?」


 ノインの右腕を一目で義手と判断したソラの利き目に素直にノインは感嘆した。ペルンは先ほどの姿勢のまま固まっていたが、何を思ったのかユリと同様に店の展示棚を物色し始める。

 ソラの店は鍛冶兼雑貨のよろず屋だから、鍛冶製品以外の日用品や嗜好品が商品として陳列されている。そのカウンター側に並べられていた嗜好品のなかから、ペルンはケースに入った葉巻を取り出した。彼はそのまま指で乱暴に葉巻を千切って吸い口を作り口に咥える。


「それは商品ス。農作業人形は、さっさとお金を払ってお買い上げして頂きたいっス!!」


 彼にお金を請求するソラだが、ペルンは請求を求めて来るソラの手に千切った葉巻の欠片を落とすだけだった。ソラがペルンをじと~と見つめ返している中で、ユリの声が響く。


「あら?刀剣もあるのですね。この刀は業物と評しても遜色はないでしょう。刀匠はどなたなのでしょうか?」


 ユリは武具の置いてある場所に足を止め、瞳を輝かせて刀剣の品定めをし始めている。ココをはじめとして、みんな己の道を突き進んでいた。ノインはそんな光景を眩しそうに見ていた。そのノインの足元では、ココの魔動器が目下増築工事を順調に進めている。

 ペルンはおもむろにソラに言った。


「火もってか?」

「あるに決まってるっス!」


 ソラは作業服のポケットから着火器を取り出してペルンに掲げてみせる。ペルンはソラの手を借りてそのまま葉巻に火をつけた。

 ふぅーーと、葉巻の煙を顔や体のすき間からだだ漏れをさせながら、ペルンは自分を見上げているソラを見下ろしながらカウンター席にふんぞり返って言う。


「まさか、トサカ娘が言う狭間の道が本当にあるとはなあ。結果として、俺の腕がなくなったんだべ。俺のかっこいい腕が今ではこんなにもしおらしくなっちまって……。しかもだ!狭間には植物の種がなかったんだよおおお!!分かるか?俺の深い悲しみってやつがよおおお!!」

「あ~、マジで狭間にいったんスか?……っ!じゃなくて、狭間から帰ってこれたってことっスか!?それって、ココっちが言っていた新型動力炉が完成したってことっスかあああああああああああっ!!!」


 ペルンとソラの噛み合っていない会話を横に、ユリはガラスケースに入った髪飾りに目を奪われていた。


「この腕ば見でみろや。俺はもう怒りが狂喜乱調だべ!!」

「あれ?ペルン師匠。その言葉使いってが何か変な気がします……」


 ノインがペルンの言葉に違和感を感じて指摘するが、その熟語をどのように直せばいいか分からず口ごもってしまう。彼は小首をかしげながら、記憶を辿るが分からず言葉を閉じた。

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