40話 火力。それこそ真の理。

「見よ!大魚じゃぞ」


 皆の眼前にはテーブルからはみ出るほどの真っ黒な鱗をもった巨大な魚がびちびちと跳ねていた。


「すごい!こんなに大きな魚、初めて見たよ」


 目を輝かせてココは魚の鱗をぺんぺん叩いている。


「んで、どんな魚料理を見せてくれるんべよ?まさか、魚類のことだから、このまま生で丸呑みなんてこと言い出すんじゃねえべか」


 がはははっとペルンは笑う。リヴィアがペルンの頭を鷲塚掴みにして窓際に引きずっていく。その姿を追いかけるようにユリが口を開いた。


「分かりました!この料理、私が料理してみせましょう!ノイン様、少しの間炊事場をお借り致します」


 ノインは窓から放り投げられているペルンのいつもの光景を横目で眺めながら、ユリの提案に同意した。彼女の指示通りにテーブルの上に無造作に置かれている大魚を炊事場に運んでいく。



 ノインは後学の為にユリの調理を横から食い入るように見ていた。なるほど、ユリさんは魔術で調理するのですね。確かに制御式であれば繊細な調理も可能なのだろう。と、その彼女の一挙手一投足を観察していく。

 炊事場ではユリが大魚を目の前にして、包丁ではなく何故か刀を取り出して構えていた。


「剣の修行は料理にも通じているのです。ノインさん、よく見ていて下さい」

「はい、分かりました」


 ユリは剣先を魚の腹に無造作に突き刺して魔術を発動させた。


 高位制御式魔術・フラメン

 ユリの魔術で炊事場が炎上する。


 炊事場に用意された火を使わないユリの姿勢にノインは感動していた。「素晴らしいです。道具に頼らずに自らが炎を呼び起こす!料理とは己が自身が道具となるのですね」調理の概念を超えるその業火は炊事場の悉くを炎に包み込んだ。その炎の爆音と熱気が料理の極意なのだと、ノインはユリの調理に見入ってしまう。


「ユリさん!すごいです。調理とはこんなにも豪快にするものだったのですね。僕のせせこましい料理の発想では、このような本格的な料理という概念を得ることは不可能だった!」

「ノインさん、まだ終わってはいません。料理とは味を導き出すもの!その調理しなくてはならないのですから」


 ユリは気を抜くことなく真剣なまなざしで、隣にいるノインに語りかける。ノインもその意味するところを理解する。包丁さばき―――もとい、刀捌きで料理人の腕が丸裸にされるもの。その刀捌きが見れるのだ。必ず、自分のものにしなければ!とノインも意気込む。


 一方居間では、放り投げられたペルンが戻って来ていて疑問を口に出した。

「炊事場、燃えてねえべか?」


 その言葉でユリに全幅の信頼を置いていたココとリヴィアが我に返り、立ち上がる。黒煙が居間に侵入してきた。


「ノインさん、行きます!」


 刀先がめりこむ大魚の腹を、ユリは宙に放り投げた。ユリの5彩色の髪が輝き、闘気を刀に纏わせる。5彩の炎を立ち昇らせる刀身がその魚を切っていき、炎の欠片と化した切り身がさらに周囲に炎を撒き散らかす。炎はますますその勢いを増していく。

 突然にユリは、水属の魔術が編まれているのを知る。


「いけません!料理に水は必要ないのです」


 ノインは料理の極意を取りこぼすまいと、目を見開き食い入る。

 ユリは剣技をその水属の力の源に放ち、さらに周囲の火属を刀身に集めていく。居間の方から「消火の術を消すとは何事ぞ!」とか、「もう駄目だべ~」とか「おおお!!燃えちゃってるーーー!!」とか聞こえていた。ノインは真剣に料理の真髄を見ているのに、居間にいる彼らは何を戯れているのだろうと訝しむ。


 ユリは大皿を取り出して、修久利しとめの技を決めた。


「『天無辺・豪亜三妙ごだら』!」


 空間をねじ曲げる豪炎風が焦げていた大魚の塊を木っ端みじんに破砕し、さらにココの家屋の全てを切り刻んでいく。

 火の粉を撒き散らしながらココの家が盛大に燃えて上がっていた。

 リヴィアはココの体を抱きかかえて庭に逃げてきている。ペルンもまた腕組みをしながら燃え盛る炎を見上げていた。


「ココの家は良く燃えるべなあ」


 リヴィアは改めて魔術を組みなおして水の洪水をココの家にぶちまけて、それで消火となった。

 火事となって残骸と化してしまったココの家屋の中から、笑顔のユリが何か大きなものを持って歩いてきている。ユリには炎の影響はなかったようだが、その後ろで丸焦げになったノインが光明を見た幸福感を満面に表して追き従っていた。


「皆さま、料理が出来ましてございます。魔動器のこんがり焼きです。心ゆくまでお召し上がりください!」

「ユリさん、さすがです!料理を出すまでが料理の真髄なのですね。大変勉強になります」


 明後日の感想を述べるノインが目を輝かせてユリに握手を求めていた。ユリは会心の料理が出来たと、その表情は自信に満ち溢れている。ペルンはとりあえず大皿に乗った物体を見つめ直した。


「なんで、魚が魔動器になってやがるんだ?」


 そのペルンの言葉を糸口にしてリヴィアが続ける。


「ユリよ、の魚が、魔動器となってしまったのだな。吾は魚が食べたかったのじゃ」

「私の荷車魔動器『ごろぴた5号』ちゃんがこんがりと調理されちゃってる……。目を、目を開けてよおおおおお!ごろぴた5号ちゃああああんんっ!!」


 ペルンはこめかみを押さえながら、皆を見渡して言った。


「家を燃やして、お前ら今日どこで寝るつもりだべよ?」


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