41話 師弟。修久利の技を学べ

 燃えてしまったココの家の跡地に船ちゃん3号を持ってきて仮の家とした。これなら、家を復旧するまでの間は雨風をしのげるだろう。それに燃えたのはココの家の地上部分だ。重要施設部分がある地下は無傷で済んでいる。


「じゃあ、行ってきますね」


 雨の降りしきる中をノインが駆けていく。朝食後の日課となった剣術の修行をするために森に出かけたのだ。その船ちゃん3号の操舵室の前面窓ガラスの縁にペルンとリヴィアが立っていた。その窓からノインの後姿を見下ろす者がいた。


「ペルン、お主は出かけぬのか?」

「んだなあ、俺は農機具の手入れがあっからな。ココの作業場ば借りねえとなあ」

「ペルンさん、作業場の炉の火入れはできています。私はココさんを呼んできますので、先に準備をお願いしますね」


 部屋に入ってきたユリがペルンにそう告げると、飛空艇の奥に向かっていった。ユリの言葉を聞いてペルンは再び窓の外を見やる。ノインの姿が見えなくなったことを確認すると彼はおもむろに立ち上がり作業場に足を向かわせた。作業場というのは納屋を改造した鍛冶場だ。そこでペルンとユリが小難しい話をしながら鍛冶作業を行っていることをリヴィアは知っている。


 ペルンが飛空艇の部屋から出ていき、窓の外―――作業場に歩いていく姿を目で追いながら「堂々と作ればよいとは思うが。剣士とはかくも難儀であるのかの?」と独り疑問を窓の外にこぼした。その疑問は雨音に混じって掻き消されていく。そんなリヴィアの姿を見つけたココが大きく片手を上げて挨拶をした。


「リヴィアちゃん。ペルンはもう作業場に行ってるのかな?」

「ああ、既に行っているようじゃぞ」

「よし!じゃあ、ユリちゃん行こうか!ユリちゃんには制御式の点検をお願いするぞ」


 ココはユリと共に作業場に向かって船を降りていった。残されたリヴィアは顎に手をやりながら眺めていた。





 ノインが浮島に目覚めてから数カ月が過ぎた長雨の降る日。


 今日もいつもの日課が始まる。


 ノインは雨の中でペルンから見よう見まねで盗んだ剣術の型を振るう。彼の手に持つのは木刀だ。以前にペルンから手渡された鉄杖は、ノインの連樹子の影響で浸食されボロボロとなってしまい、使い物にならない有様となった。彼は木の枝を折って、その枝木を木刀として振るっている。


「確か、こうだったよな」


 ペルンの動きを何百回と見てきている。それはノインの脳裏に焼きつき、彼はその型を何千、何万回と繰り返しなぞるのだ。ノインが練習している場所はペルンの畑から少し離れた岩場のあるところ。雨が降る中を、もくもくと木刀で型を行う。それでも、ペルンのような太刀筋には全く届いてはいなかった。それが分かる程度にはノインも体の使い方や剣の握り方を理解してきていた。

 大粒の雨がノインの呼吸を邪魔して、息を乱す。雨水で緩む足元に気を取られて太刀筋が鈍り、それに気づきながらもノインは懸命に型の練習を続ける。



「ペルンさん、見ているだけでなんですか?」


 ユリの大きな瞳がペルンを上目遣いに突き刺してくる。ペルンはノインの死角となっている樹の影に背を預けていた。


「んだらば、武士の娘たるユリが教えればいいべした」

「そうでしょうか?ペルンさん、ご自身が教えたいと貴方の刀は言っているようですよ。それにノインさんはペルンさんを師事したのではないですか?」


 彼女は口を尖らせ彼の手をつねった。その仕草にペルンが肩をすくめる。ペルンの扱う剣術は通常の剣術ではない。彼の剣技は『修久利しとめ』を土台にした独自のものであり、魔術を用いずに魔術及び魔法をも凌駕する絶技を追い求める技だ。ユリの指導の下に5千年の時を修練に費やし続けてもなお、その頂は遠く見えない。だが、この剣術こそがココを守るためにノインが手にする唯一の力なのだとノイン自身が確信している。

 ユリのまつ毛が雨水の湿気に濡れ儚く陰る。彼女は遠い目をしながら、過去の何かを見つめているように小さく呟いた。


「ノインさんは一日も休むことなく、そして誰からも手ほどきを受けることなく、剣を振うのですね」


 ユリの言葉を受けて、腕組みをしているペルンは頭上の木の葉からこぼれる雫を見つめる。


「まずは、人形の体の感覚を掴まねえとな。んだから、とにかく体を動かさねばならねえべ。己の体の感覚を掴みきって、剣を振るうことが大事だべよ。それに、俺の剣術ば盗んでの稽古してっべ?だから、まったく教えていないわけでねえよ」

「直接教えるだけが稽古ではない、ということですか。ふふ、ペルンさんらしいですね。でも、いいのですか?ノインさんも『大悟に至らんとする者』に・・・修羅の住む無道乖離むどうかいりに導くのですか?」

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