38話 新たな決意。目指せ新天地!


 そんなことがあったのが、ついこの前。


「ふふふ」


 と、ユリは思い出し笑い。


「ユリ。どうしたのじゃ?」

「いえ。家族はいいものだなと思います」


 ユリの言葉にリヴィアは腕組みして、そして振り解く。


「ああ、分かっておる。吾が悪かった。ココの家に集うものは皆家族ということじゃ」

「そう!みんなで頑張っていく。それが生活の基本なのだあ~」


 ココは笑顔でリヴィアを見上げる。リヴィアはココの言葉に何度も頷き、そして「もう、勘弁じゃ~」と湯船に潜った。そんな系譜上位者であるリヴィアの姿が可笑しくて、ココとユリはふふと顔を見合わせた。


 ガラガラと脱場の戸が開く落ちが聞こえた。


「ココ。僕を呼んだのは湯船の修理でしょうか?」


 ノインが修理箱を持って露天風呂に入ってきた。一瞬の静寂が、こぽこぽと湯船に湯を注ぐ源泉の音がやけに大きくさせる。


「ノインちゃん!ようやく来たね。さあ、私の背中を流すと良いのです。ほら、君も上着を脱いで私を癒すのですぞ」


 ココはいつもの魔動器愛でノインを包む。「えーと、でも、湯船は壊れていないようですけど?火急の要件だと原典系譜からの伝言があって来たのですが・・・」とノインは彼女たちがつかっている湯船をまじまじと眺めて、状況を確認していた。


「ノインっ!ココに何をしようとしておるのじゃ!乙女の柔肌をねっとりと舐めまわすとは言語道断じゃ」


 リヴィアが放った高位魔術『雷爆』が風呂場にさく裂した。その爆発のさなかでユリは湯船に顔まで潜らせて、ごぼごぼと呟いている。「殿方に肌を見られた殿方に肌を見られた殿方に肌を見られた・・・ペルンさんにも見せたことが無いのに~!」その湯船の上ではリヴィアが激昂して雷爆を立て続けに放ち、ノインを森の彼方に吹き飛ばす。


「ココよ。軽々しく男に肌を見せるべきではない。特にノインにはな!」


 露天風呂の惨情に源泉の湯気が大きく立ち込め、その湯気に朝日が当たりココとリヴィア、そしてユリの姿を照らし出した。

 気持ちの整理をし終わったユリが水面から顔を出して周囲を見渡す。その目線の先にココが腕組みをしながら、リヴィアの魔術の跡を見つめていた。


「やっぱり、私も攻撃魔術が使えるように強くならないといけない!」

「ココさんは天異界の中央を目指しているのでございましたね。なら、系譜従者の下天が必要となります」


 ユリの言葉をリヴィアは軽く瞼を閉じて聞いていた。

 原典系譜を強化するには強き従者を系譜入りさせ、その従者の器の強大化を図ることが最大の近道なのだ。確かに原典自らが強化する手段もあるが、従者の強化によってこそ原典自身の力が増大する。そして、系譜の有するエーテル含有を大きくすることで上層の次元階層に存在を置くことが可能になる。そう―――自らの足で歩いていくほかはなく、リヴィアが連れていくことなど出来ないのだ。


 ユリの言葉を胸中で反芻しているのか、ココは湯船の水面をじっと見つめている。


「私たちは自由都市エーベに行く必要がある」

「自由都市エーベですか?エーベは知識と技術の集積地とお聞きしています。そこに向かうのは、ペルンさんやノインさんの腕を修復するためでしょうか?」


「それもある。だけど、下天するための魔動器制作でどうしてもエーベに行かなくちゃならない。だからユリちゃん、皆で一緒に行こうよ!」

「ほう?自由都市エーベとは来訪者ネキアの浮島か。ふむ・・ココがいうならば仕方がないか。吾もエーベに行こうぞ」

「そうですね。皆さん、いってらっしゃいませ。私は皆さんの帰りをお待ちしています」

「なんじゃ?ユリは来ぬのか」

「私は守り目である以上、この浮島からは離れられませんから・・・」

「大樹の守り目じゃったか?それは魔術的制約か?そうであるならば、吾が何とかして出来るやもしれぬぞ」

「おおっ!!リヴィアちゃん、すごい!」

「リヴィア様、可能なのですか?」

「ふむ、吾に任せよ」

「やったじゃん!私もユリちゃんと色んな所に一緒に行きたいて、ず~~~っと思ってたんだ。だから、とっても嬉しいぞ。さあ、善は急げだよ。早速陣日に取り掛かろう!」


 ココはユリの手を引いて脱衣場に歩いていく。そのココの後ろ姿。それを見つめるリヴィアは口元を堅く結んでしまう。少女の背中の傷跡が聖霊の愛子がどのような扱いを受けたのかありありと分かるから。朝日の柔らかな光でさえもココの傷を生々しく映し出してしまっていた。リヴィアは目を床に落とし、かつての記憶に問いかける。「こんな小さな体に苛烈な呪いを抱かせ続けるか?ユングフラウ・ニーベルよ・・・」


 そんなリヴィアの胸中など知らでかココは「リヴィアちゃん、ユリちゃん。早く~!」と脱衣所の扉から愛らしい顔を出して、リヴィアを呼ぶのだ。ユリも顔を覗かせて露天風呂について一言ぼそっと呟く。


「リヴィア様。この露天風呂は、修理が必要のようでございますね」

「・・・ああ。そうじゃな」


 壊れた湯船のすき間からこぽこぽと湯が流れてしまっていたのだった。

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