19話 笑顔。惑う道のり

「ココッ!」


 慌ててノインはココを受け止める。もう少しで一階の床に叩きつけられるところだった。ココは眠そうな目をこすりながらノインを見てにやりと笑った。


「ふふふ!新たな発明の境地。それが今の私だ」


 ノインは朝焼けに照らされるココを見つめる。


「おはよう、ココ。……でも、階段の踏み外しは危ないですよ?」

「だいじょぶ!私はいつだって着地には自信があるのだー」

「その元気さがあれば、大丈夫のようですね。けど、気を付けてくださいね。病み上がりなのですから」

「もちろんだよ、ノインちゃん。そして!私の脳とお腹はぺこぺこでありますぞ」


 ノインに抱き上げられたココはぱたぱたと元気に両足をふっているが、突然に体を痙攣させて吐血した。


 ごぼっ。


 ノインの胸を鮮血が染め上げた。それほどの量を吐血したココは、口元をぬぐって何事もなかったかのように自ら吐いた血をノインの目から隠すように身をよじった。


「んー、私は今、回復傾向にある!」


 そんな彼女は空元気からげんきに振る舞うが、ノインは真剣な表情でココの様態を診察していく。彼女の体を流れるエーテルに変調はない。ココの言う通りに回復の途上にある事は間違いない。しかし、ノインの不安が消え去ることはなかった。


「本当に大丈夫なのですか!ココ。やせ我慢をしてはいませんか?どこか体が痛いところがあるのでしょう?本当に、僕は心配しているんです!この吐血は領域魔法の多重起動が原因です。まだ安静にしていなければならないのでは―――」

「まあまあ。ノインちゃん、そんなに慌てないで大丈夫だよー」


 ココは笑顔でノインに微笑む。そして、彼を落ち着かせようとノインの頬を優しく撫でた。ココから撫でられて、ノインは少しずつ気分を落ち着かせていく。そんな彼の表情を見ていたココが何かを思い付き、不敵な笑みを作って言うのだ。


「ノインちゃんの素敵な笑顔成分を私にくれたら、直りが早いかもねー。どう?ぐっと私を抱き締めるが良いぞ!」

「ココ。本当に無理は禁物なのですよ?」


 と、釘を刺しながらノインはココが言う通りに彼女をぎゅっと抱きしめた。するとココの鼻息が荒くなってくるのだったが、それは良くなる傾向なのかもしれないからとノインは抱き締めていた。


「よし!朝ごはんだよ、ノインちゃん。パンとアプリコット・ジャムを用意するのだ」


 ココは彼の胸に抱かれながら、彼を引き炊事場に急かす。


「いえ、ココは血が多く失われています。ですから、健康のためにも鉄分ふんだんなレバー料理にしましょう」

「え?ヤダ。それ食べないよ」


 ココは眉間にしわを寄せて抗議する。しかし、ノインはココが食べてくれるのは当然といった感でココに笑顔を向けた。「うえ~~。苦いの嫌だあああ」ココの叫び声が家のなかにこだましていた。



◇◇◇



 天異界の浮島の天候はそれぞれの浮島ごとに独立している。それら浮島以外の空間は、天候と無縁な暗闇に満たされおり、星々の輝く夜空となっていた。その暗黒の空間に浮かぶ浮島には、それぞれに特徴的な天候を持っている。分厚い氷に閉ざされた浮島があったり、灼熱の大砂漠があったりと個性的な気候にあふれていた。そのような多種多様な浮島があるなかで、ココたちが住まうのは2つの大小の異なる浮島が重なり合って出来た浮き島。そこは比較的穏やかな気候に包まれていた。


 その小さな浮島の方にココの家があった。

 小さな浮島は大きな浮島にめり込むような形で存在していて、そのめり込んでいた場所というのが大きな浮島の中央に位置する山のちょうど中腹。

 ペルンの畑は大きな浮島に開墾されており、ココのいる浮島から下っていかなければならなかった。


 

「本当にこの道で合っているのでしょうか?」


 ノインとココが歩いてきたのは多少の整備が施されただけの小道。その道は狭く、大小様々な岩が顔を出しており、いたるところが苔むしていて滑りやすくなっていた。


「この道でだいじょぶ。このまま進んでいこう!」


 修理道具を入れた背嚢を担ぎ直し、くわを肩に預ける格好でノインは再びペルンが書き記した手書きの地図で現在位置を確認しようと四苦八苦していた。ココは大きなバスケットを両手に抱えてノインの横にくっつき、彼が手にしている地図をまじまじと覗き込む。


「ペルンの地図って良く分からないです。そもそも、なぜ目印というものを要所要所に描かないのでしょうか?この手書きの地図に描いてあるのは、ココの家とぐねぐねした曲線、そして畑の丸印が記されているだけなんです。多分このぐねぐねした線がこの山道ってことになるんだろうけど……位置がさっぱり掴めないので困ってしまいます。これには、もうお手上げだなあ」


 しかめっ面で地図を見ては周囲の景色との整合性を図るノインを、ココは眺めている。彼の足元には荷物運び荷車魔動器『ごろぴた5号機』が、自身の車輪を動かしながら彼の周りをぐるぐる周っていた。


 ノインはぶつぶつとペルンが書いた地図に愚痴を当てている。ココはそんな彼を見て「やっぱり、私のノインちゃんは可愛いなあ~」とうんうんと胸中で頷いていた。


 ココはバスケットを荷車魔動器に載せて、それからノインの眉間に出来たしわを人差し指で引っ張って伸ばす。彼女はノインの視線を遠くに誘うように森の新奥を指差した。

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