14話 壊れ行く少女。願い求めよ。


「えへへ、ありがと。ノイン」


 ココが意識を取り戻し、かすれた声で心配するノインの手を握り返した。ペルンはペルンなりに彼女の周りにエーテル結晶を積んで、ココの回復を願っている。その様子に、そうかとノインは遅ればせながらの合点に至った。ペルンは系譜入りしていない。だから彼女にエーテルを渡すことができなかったのだ。

 ノインはココにエーテルを注ぎながら、彼女の周囲、部屋のなかを観察し始めた。

 すぐに気付く。部屋を流れるエーテルが不自然な軌道を描いているのだから。それは魔法が行使された残滓。ノインを起動させるためにココがとても大きな魔術を発動させたこと物語っていた。


 こんな小さな女の子が、自らの生命そのものを削ってまで魔術を発動させるものなのだろうか?それも自分を従者とするためにそこまでするのだろうか?とノインに疑問が次々に思い浮かぶ。その疑問の矛先が自分自身に向かう。自分がこの世界に対する立ち位置――『声』を考えると、身体のないまま世界の狭間にいるべきではなかったのか?と。


 ほぼ全ての記憶を失っている自分ではあるが、この異世界に来た唯一の目的だけは魂の奥底深く本能に刻み込まれていた。この世界の生命を、物質を、あらゆる法理全てを滅失させること。自分には、この異世界そのものを絶やし滅ぼすことが課せられている。しかし、なぜ滅ぼすのか?その理由はノインの記憶からすっぽりと抜け落ちてしまっていた。だから、ノインは理由もなく世界を滅ぼすというのことに何らの価値を見出すことはなかった。それは正しき道ではなく、ただ煩いだけの蛇足でしかない。そうであったからこそ、今までずっと『声』を無視して天異界の空を観つめているだけだったのだ。


「ノイン、あのね。エーテルを使うってことはね、研究者としては当たり前のことなんだ。研究者冥利に尽きるってもんですよ」


 押し黙るノインに向かって、少女は優しく微笑んだ。


「それにね。エーテルは眠れば自然と回復するものから……心配する必要はないんだ」

「……ここまでのエーテル消費は生命そのものを削ります。生物であればエーテル枯渇域までエーテルを消費することは死を意味してしまいます。だから、とても危険すぎる行為だと言わざるを得ません」


 ノインは再度、自らの人形に組み込まれた基礎知識に基づいて確認する。過度なエーテル消費は自らの魂、生命を削る行為だ。現在、自分が少女にエーテルを供給しているから大きな問題には至っていないが、もしペルンだけであったのなら彼女は生死の淵を数年間、彷徨うこととなっていたことだろう。

 しかもココは「エーテル消費は研究者に付きもの」と言った。それは何度もこのような状態に陥ったことがあるということなのだ。実験や魔動器を作成する際には、何度も危険域までエーテルを消費し続けていたのだと。何のために?という疑問がノインの頭を支配していく。


 ココはゆっくりと上半身を起こして彼の頬に優しく触れる。


「ノインちゃんは目覚めたばかりなんだもんね。びっくりさせちゃったかな?でも、大丈夫。私はこういうことに慣れてるから。だから、心配しなくても大丈夫です」


 ココは不意にコホンと咳をする。そして、ココの手を握っているノインの手を握り返しながら、これからのことを話し始めた。


「今は、ちょっとだけ身体に力が入らないけど。これから、ノインちゃんと私はこの天異界や現世界で、一緒にエーテル結晶をいっぱい採取したり沢山の従者を系譜入りさせりするんだよ」

「従者ですか?」

「そうだよ。たくさん力をつけないと、天異界の中央には行けないもんね」

「―——そうなのですか」


 ノインはココのエーテル量が徐々に回復していくのを確認すると、自らに充満していた疑問を投げかける。


「天異界の中央には何があるのですか?そのためにこんなにも身を削っているのですか?」

「叡智の法があるの。それを手に入れなきゃならない」


「叡智の法……」

「そう。でもね。天異界の中央には力の強い人たちがいっぱいいるの。その人たちを超えていかなきゃならないから、たくさん力をつけないといけないんだ」


 ココは真剣な表情で語った後、俯いてしまう。それもそうだろうとノインは思う。ココを原典とする系譜にはココと自分。そして系譜外にペルンの3人しかいないのだから。それにエーテル量もノインが感じ取る限りではココもペルンも圧倒的に少ない。狭間で観てきた魔獣たち、そして狭間に転がっているエーテル結晶の保有量よりも小さく儚い存在だと思う。


 でも―――

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