12話 契約。系譜が原典に。


 ココは、自分の人形体の体を不思議そうに見つめていた彼の名前を呼ぶ。ノインと呼ばれた少年は自分に名前が与えられたことに気付き、少女をじっと見つめ、彼女に何かを見出したのかのようにその紺青色こんじょうしょくの瞳に輝きが走った。


「ノイン・ニ―ベル。それが僕の名前」

「うん、そうだよ。君はノイン。ノイン・ニーベルです。ノインは私のこと、分かりますか?」


 その言葉によってノインは改めて自らの人形体を意識する。すると、自分の体となった人形体の中に「知識」が埋め込まれているのを発見した。おそらく目の前の少女が、人形体に基礎知識として幾つかの言語や一般常識、そして少女とその隣にいる魔動器人形に関する情報を集積させていたのだろう。ノインはその知識との同化を行う。


「はい、分かります。貴方はココ・ニーベル……様です。そして僕の主人になります。そして、貴方の隣にいる魔動器人形はペルンさんですね」

「そう!君の言うとおりに私の名前はココです」

「ええ。ココ・ニーベル様」


 ココの緊張した面持ちとは正反対に、ノインはとても嬉しそうな様子で話していた。彼は足元に転がっている魔動器の素材を手にとっては、「これは何なんでしょうね?」などと言っては、それらの加工途中の素材を指で小さく叩き反応を楽しんでいた。彼のどこかテンポの外れた雰囲気が、研究室に広がっていた緊迫感をどこか遠い景色にさせていた。


「あのっ!」

「はい。何でしょうか?」

「あのっ、私のこと見て、どう思う?」

「僕のご主人様です」


 彼の言葉を一つ一つ確かめるように聞きながらココは小さな手を握りしめて、ノインの瞳を真っ直ぐに見つめる。


「ノインちゃん、私の系譜に入って欲しい!貴方に私の一番最初の系譜従者になって欲しい。そして、一緒に天異界の中心に行こうよ」


 ココは手をノインに向けて差し出す。ノインは雷に撃たれたかのように目を大きく見開き彼女を見た。数秒の沈黙の後、ノインはココの前に進み出て祈るようなしぐさで彼女の手を取る。


「貴方がそう望むのなら、僕はどこにだって行きます。僕をココ様の系譜に入らせて下さい」


 光が二人を包む。それは原典と従者との契約を表わす聖霊の輝き。原典と従者がお互いに契約を交わすことで初めて両者は結ばれるのだ。「祝福の光だ」ココの呟きが零れた。彼女とノインを満たすのは祝福の白き光。それは信頼と系譜の強さを表わす光でもある。


「私のことはココって呼んで下さい。ううん、ココって呼んでほしい。だって、君と私は系譜で繋がる以上に、私たちは家族になるんだもん。だから話し方も、もっと気楽にしてほしい」


 ノインは、真剣な表情をするココをまじまじと見つめる。彼女に意識を集中すると彼女との系譜のつながりを意識できた。へえ?と興味が沸いてしまう。体のない頃の自分では認識できない感覚が今のノインを楽しませる。


 従者と原典は繋がる。そうであるなら一つだけノインには懸念があった。それはノイン自身の存在の有り様を強制させようとする『声』が、目の前のココに影響を及ぼしてしまうのではないかという恐れ。体を持つに至った自分に対して未だ『声』は何も働きかけてこないが、用心するに越したことはないだろうと思う。


「今は私の力量が足りないからノインちゃんしか系譜入りさせられないけど。でも、もっといっぱい従者を増やして大きな系譜にしていこうって思ってる。そんなわけだから、ノインちゃんが私の初めての従者ってことになるね」

「んだ!ココはまだまだ未熟だべからな。俺を系譜入りさせるにはもっと修行が必要なんだべよー」


 ペルンは力強く片手を天に掲げる。ココは「精進する!」とペルンに応えていた。ノインは彼自身が得意とするエーテルそのものを観る。ココとペルンの力量を確認してみると、確かにココが小さくペルンがそれよりも大きい。


「うん?ノインちゃん、どうしたの?お腹でも痛いのかな?」

「そうかもすんねな。新たな世界に舞い降りたという感覚に腹が下ったんだべよッ!よし、俺の畑の野菜を食えば治るべ」


「え?いえ、系譜とか分からないことが世界には沢山あるんだなあって思ったんです」

「ん!ノインちゃん、その通りなんだよ~!分からないことって世界には沢山、沢山~あるんだ。だからこそ、研究していくことが大事なのです!」

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