第二条 第三項

 ハチは黙々と、次々に本を読んでいく。俺もたまに来る質問に備えて読ませようとしている本を読んでおく。ミュウ、は一人ポーカーをしている。面白いのだろうか、あれは。そのうちにハチが立ち上がる。

「時間、…帰り、ます。」

 時間が分かるらしい。そそくさと退室しようとするのを、ミュウが呼び止める。

「ハチ、伝言があるんだけど。」

「伝言をどうぞ。」

「いらない物があるから、処分して欲しい。以上。」

「お前、それ、俺の事だよな。いきなり物騒だろ、おい。」

「了解、しました。」

 了解されてしまったが、大丈夫なのだろうか。命乞いは御免なので、黙ってハチを見送る。そうしてまた二人っきりになってしまう。手持ち無沙汰なので、部屋の間取りを調べてみる。ちょうどホテルのスイートルームのような造りになっている。さらに仕切りの壁をぶち抜いて、物置のように適当なものをばらまけばこんな部屋になるのだろう。風呂や、トイレまであるのを確認して、一回りして戻ってくると、一人神経衰弱をしているミュウがちらちらと物欲しげにこちらを見ている。何を考えているのか、よく分からない。俺はその斜め上をいかなければならない。

「大体、お前の教え方が悪いんだよ。」

「なんのこと?」

「チェスのルールは、お前も下手くそだからまだいいとして、文字も読めないような奴を負かして喜んでんじゃねーよ。」

「関係ないでしょう。」

「もっと色んな事教えてやったらいいじゃねーか、自分で考えられるように。そうすりゃ、あのおどおどした態度も少しはマシになるんじゃねーのか。」

「ハチが私に、教えて欲しいって言わないから。」

「そりゃ、自分からは言えねーだろ。あいつの性格とか、立場があるんだから。」

 すっかり睨まれると思っていたが、意外にもしゅんとしたような、神妙な面持ちをしている。何かを考えこんでから、

「ハチの事、大切に思ってる?」

「いや、そういう問題じゃなくて、なんていうか、…あいつの意思は大切にすべきなんじゃっていうか。」

 予想外の反撃に、思ってもない事を口走ってしまった。ミュウはそれを聞くと目を見開いて、そして光の射すような笑顔になった。

「勝負して、決めましょう。」

「どういうことだ?」

「どっちの意見が正しいか決めるときは勝負して決めるんでしょう?勝った方の言い分が正しいってことで。」

「」

「何で勝負するかは、そっちが決めて、先攻後攻は私が決める。この条件でいい?」

「なんで遊ぶ流れになってんだ。」

「遊びじゃない。真剣勝負。私はハチにだって一度も容赦したことはないわ。」

「威張ることじゃないだろ、それ。」

 俺はすでに敗北感さえ感じている。ミュウの考えている事の真意が読めない。あきらめて乗ってやることにした。どのくらい考えているのか試してみる。俺はトランプを手に取った。

「ここに二十一枚のトランプを用意する。なんでもいいんだけど、一番下は一応ジョーカーにしておくか。ここから自分の手番になったら、上から三枚まで、好きな枚数引く。パスはなし。最後のジョーカーを引いた方の負けだ。簡単だろ。先攻、後攻どっちがいい?」

「先攻。」

 即答した。何か、考えているようには見えない。考えれば分かることだが、これは後攻に必勝法がある。早速、ミュウが景気よく三枚引くと、俺は一枚引く。以下、三、一、三、一、二、二、一、三。ミュウがジョーカーを引くと歯軋りせんばかりに悔しがる。とても演技には見えない。どんな思惑があったのかは知らないが、ミュウが勝負事に向いていないのはよく分かった。感性で飛び出して、目に見える落とし穴に勝手に落ちるタイプだ。

「もう一回。」

「かまわねーけど、同じルールでいいのか?」

「うん、私が先攻で。」

 …まず、こいつに論理とかを教えなければならないのだろうか。

 結局、暗くなるまで遊びに付き合わされる。ブラックジャック、センテニアル、こいこい。さすがに運の要素が強いゲームを何度もやると、全戦全勝とはいかなくなる。ミュウは勝つと、これでもかというほど喜ぶが、そもそも俺に対する態度が少し柔らかくなった気がする。ニヤニヤされるのは気に食わないので、とりあえず負け越させてから、もう寝る事にした。

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