第一条 第三項

 部屋には奥にもう一つ扉があって、俺は成す術もなくそこに放り込まれた。その中はといえば、これがまた広い。体育館程の広さに雑多な物が散らかされている。『初めてのチェス』『将棋入門編』『よく分かるサッカーのルール』『バスケットボールの基本』『みんなで遊べるトランプゲーム』『覚えてできる麻雀のルール』その他諸々、様々な入門書やボードゲームの遊び方の本が大量にばらまかれていて、ご丁寧にも金属バットやラグビーボール、囲碁盤やらチェス盤など必要そうな物も一通り、一緒に転がっていた。さらに奥に目を向けると今度は動物のぬいぐるみがたくさん飾られていて、部屋の中央あたりにベッドがあり、その上に女の子が寝転がっていた。一瞬、息をのむ。別に女の子がどうとかではなく、この状況で他に誰かがいれば、それは驚く。彼女はうつ伏せに寝転がっていて、大判の本を立てて読んでいた。顔がよく見えないが、女だと思ったのは長い髪が見えていたのと、小さく鼻歌を歌っていたからだ。読んでいる本のタイトルは『子供でも分かる野球の規約』、口ずさんでいる歌は、よく分からないが、野球の応援歌っぽい。

「野球が好きなのか?」

思わず声に出してしまった。彼女は驚きもせず、ゆっくりと本を倒してこちらを見る。目が合った。本格的に、息をのむ。肌は透き通るように白く、髪はガラス細工のように輝いていて、瞳の赤みがかりは神秘的で、およそこの世のものとは思えない程、神々しささえ感じるくらいに、彼女が美しかったからではなく、その顔の左半分が包帯で覆われていたからだ。片方だけの目がまじまじと俺を見つめている。

「いらない。」

彼女はそれだけ呟いて、本に目を落とす。俺は周りを見渡す。…ひょっとして、俺に言ったのか?こいつ、人を物みたいに。

「おいこら、お前今なんつった。もういっぺん言ってみろよ、おい。」

反応はなし。無視をきめこむらしい。

「ここじゃあそれが挨拶なのか?じゃあ、俺からも。お前なんかと話す必要ねーよ。そのままずっと黙って、本でも読んでろ。」

やはり反応はないが、俺の言った通りにしているのだから、俺の勝ちだろう。とはいっても、気後れしたのは事実なので、詰め寄ったりはできなかった。しばらく様子を見ていたが、一瞥もくれず、埒があかないので、とりあえず太々しく振舞うことに決めた。あたりに散らばっている本を適当に漁る。俺は、一人でいることが多かったので、スポーツやゲームのルールはよく知らないのだが、パッと目についた『オセロの遊び方』を手に取って、適当にパラパラとめくってみる。…結構簡単だな。これくらいなら、何も考えなくてもできそうだ。オセロ盤もすぐ近くにある。とは言っても、今一人でこんなものを遊んでも虚しいだけだ。ふと彼女の方に目を向ける。

「………。」

彼女はじっとこちらを見つめている。ガン見である。

「やるか?」

これも思わず言ってしまった。正直に言うと、若干気圧されている。彼女はフッと溜息をつくと、やれやれ仕方ない、という風にベッドから降りてきた。意外と面白い奴だな。

「よおし、じゃあこいつでどっちが『いらない』奴か、白黒つけようじゃねーか。」

彼女がプッと吹き出す。なにかツボに入ったらしい。案外、仲良くできそうなのか?まあ、一応監禁されている訳だし、味方はいた方がいいかもと思い始めた。

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