第2話 ふわふわ怪獣ヒツジン 前編

 男子トイレの鏡の前で、明知サトルは自分の姿を確認した。新品の地球防衛隊の衣装に身を包み、頬を強く叩く。

発端は数時間前に遡る。いつもの探偵事務所で、世間を騒がしているという巨大ヒーローの正体を明らかにするという前代未聞な依頼を受けた後、依頼人の竹海ゲン司令官は、こんなことを言い出したのだ。


「実は、最有力容疑者が地球防衛隊の中にいるんです。しかし、証拠がない。まずは、彼の動向を監視して、証拠を入手してください。一応、探偵さんの潜入捜査をサポートする相棒を用意します」

 竹海ゲンの強引なやり方で、地球防衛隊への潜入捜査を余儀なくされ、明知探偵は苦笑いするしかなかった。


「探偵なんて雇わなくても、ウォーターブルータイタンの正体は分かっているのにな。金の無駄だ」

 そう言いながら、地球防衛隊隊長の赤石ダンキチは明知サトルの隣に立ち、手を洗う。

「ゲン司令官から話は聞いてるよ。例の巨大ヒーローが活躍している時、いつもアリバイがない隊員がいるって」

「ああ。あの巨大ヒーローは、青空ハヤト隊員なんだ。入隊三か月の新米隊員で、病弱で休みがちだけど、正義感は人一倍。だから、ウォーターブルータイタンとして街を怪獣から守っている可能性が高い。それに、あの巨大ヒーローが現れ始めた時期とハヤト隊員の入隊時期は一致するんだが、証拠がない」

「金の無駄遣いとは言わせない。だから、ダンキチ隊長。私の言う通りにしてください」

 自信満々な表情を見せる探偵は、ジッと相棒の顔を見つめる。すると、ドアの向こうから鋭い視線を感じ取った探偵は鳥肌を立てた。ドクンと心臓が震え、悪寒もする。

「誰だ!」と叫び、ドアを勢いよく開けると、誰もいない。

「どうした?」とダンキチは優しくサトルの右肩に触れる。

「誰かがいたような気がしたんだ。そいつは聞き耳を立てていたに違いない。もしかしたら、私の正体がウォーターブルータイタンにバレたかもしれないな。もし、そうなら警戒されるかもしれん。まあ、私の作戦は完璧だから、あまり関係ないが……」

 


 五分後、サトルはダンキチ隊長に連れられ、隊員たちが集まる基地に顔を出した。十畳ほどの広さの空間で、白を基調にした机やモニターがいくつも設置されている。現在、基地の中にいるのは太った隊員のみで、カレーの匂いが漂っている。

「ヒデキ隊員、またカレーか?」

 太った隊員に視線を向けたダンキチ隊長。

「なんだかんだで、星雲亭のカレーが旨いんすよ。わざわざ出前を取った甲斐があるってもんすよ。ところで、誰っすか?」

「ヒデキ隊員、紹介してなかったが、明知サトル隊員。右も左も分からない新人だ」

 サトルが頭を下げた後、ヒデキは席から立ちあがり、頭を掻いた。

「元メカニック担当の田丸ヒデキ。よろしくっす。そうっすね。今晩辺りで新人歓迎会でもやりたいっす。星雲亭なら、すぐに場所を確保できそうなんすよ。出前を届けに来たアイさんは、今晩暇だって言っていたので、問題ないっす」

「お前はカレーが食べたいだけだな! そういえば、ナオ隊員とハヤト隊員はどこにいるんだ?」 

 隊長のツッコミをヒデキは豪快に笑う。

「トイレです」と答えながら、黒髪ロングの女性隊員が頭を下げた。その隣には、気弱そうな痩せ型の男性隊員がいる。

「これで全員揃ったな。じゃあ、改めて紹介しよう。新人の明知サトル隊員だ」

 右手で隊長が明知サトルの方を指した後、サトルは会釈した。続けて、女性隊員が一歩を踏み出す。

「私は、水川ナオ。よろしくね」

 少し遅れて、男性隊員がサトルと視線を合わせる。

「青空ハヤトです。よろしくお願いします」


 簡単な自己紹介の後、ナオは思い出したように、両手を叩く。

「隊長。先ほどインタビュー取材の依頼が来ました。インタビュアーは、コウタロウさんだそうです」

「コウタロウか。一年前の事故がなかったら……」

 隊長の言葉は、スプーンを強く皿に叩きつける音で掻き消され、ヒデキは隊長を睨みつけた。

「隊長。一年前のことはやめてほしいっすよ。カレーが不味くなるっす」

 基地に不穏な空気が流れ、ナオは顔を曇らせた。一方で、ハヤトは空気を読まず、後輩に対してグイグイ近づく。

「隊長、話しておきましょうよ。一年前のこと。僕は入隊前で詳しい話はゲン司令官から聞いたんですけど、一年前……」

「やめろ! 関係ない話だ」

 今度は隊長がトシオを怒鳴りつける。


 そんなやりとりを見て、サトルは隊員たちの姿をジッと見つめた。隊員たちは何かを隠している。そんな気がするが、今はウォーターブルータイタンの正体を突き止めることが最優先事項。すると、基地内でサイレンが鳴り響く。

「緊急警報。緊急警報。街に怪獣が現れました。街に怪獣が現れました」


 アナウンスの後、基地のモニターは怪獣の姿を映し出す。グルリと回った二本の黒い角が特徴的な四足歩行の獣で、体は白い綿毛で覆われている。十メートル以上ある身長の怪獣は、ピョンと高層ビルを簡単に飛び越える。

「みんな、早く出撃するんだ。ウォーターブルータイタンよりも先に!」

 怪獣出現を把握した隊長が隊員たちに呼びかけると、「はい!」という号令と共に隊員たちがコクピットに向かい走り始めた。そんな中で、ダンキチは同じようにコクピットに向かうハヤトに手を伸ばす。

「ハヤト隊員。悪いが、今日は新人のサトル隊員と一緒に避難誘導をしてほしい」

 呼び止めてから、車の鍵を隊長が投げつける。ハヤトは慌てて、咄嗟に左手でキャッチした。ここまで作戦通りだと、サトルは密に頬を緩める。このまま行動を共にして、ウォーターブルータイタンが現れなければ、ハヤト隊員はシロ。状況証拠でしかないが、疑いは強くなる。我ながら完璧な作戦だと思いながら、サトルはハヤトの後に続いた。


 地下にある駐車場に停まっていたのは、白色の軽自動車。それの助手席にサトルが座り、運転席のハヤトは車のキーを回した。

 周囲に瓦礫が散らばった街並み。ガタガタと振動する道路を、ハヤトの自動車が走る。怪獣による新たな傷跡が街に付けられつつあった。

「ご苦労。ハヤト隊員。サトル隊員。第一避難所に向かってくれ」というゲン司令官の声が無線から流れ、サトルが付属のマイクを握る。

「了解」


 ふぅと息を吐き、走る自動車の車窓を眺める。そんなサトルの顔は、次第に青くなっていく。

「何だと!」と驚きの声を出し、手にしていた無線機を握りしめる。マイクのランプは赤から緑に変わった。車窓が映し出した光景。それは黒き巨大な影が怪獣と対峙する瞬間。

 ウォーターブルータイタンと新たな怪獣との激闘が始まろうとしていた。

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