ウォーターブルータイタン

山本正純

第1話 海洋怪獣ウーオン

 サイレンが鳴り響く中で、人々は慌ただしく動いていた。

「緊急警報。緊急警報。街に怪獣が現れました。地球防衛隊出動願います。地球防衛隊出動願います」

 淡々とした口調のオペレーターの声を聴き、太い眉毛が特徴的な中年男性が、机を両手で叩き、集まっている数人の隊員に呼びかける。

「いいか。みんな。出動命令だ。フォーメーションAで行くぞ!」

「お言葉ですが……」と水を差すように、黒髪ロングの女性隊員が右手を挙げる。

「なんだ? ナオ隊員」

「ハヤト隊員の姿が見えません。ダンキチ副隊長じゃなくて、ダンキチ隊長。ここは、フォーメーションAではなく、フォーメーションBにするべきだと思います」

「なんだ、さっきまでいたと思ったんだが、トシオ隊員どこいったんだ?」

「またトイレじゃないんすか?」


 そう口にしたのは、太った体系のもう一人の男性隊員だった。彼は大盛りのカレーライスを呑気に食している。

「ヒデキ隊員。そうやってゆっくりカレーを食べてる間に、街は大変なことになっているんだ。一分一秒が惜しい。早く出動準備しろ!」

「隊長、大丈夫っすよ。今日もアイツが何とかしてくれるっす」

「悪いが、俺はお前とは違う。アイツは人類の敵になるかもしれないんだ。分かったら、早く出撃するんだ!」

 眉間に皺を寄せたダンキチ隊長は、そのまま基地内を全力疾走する。それに続き、ナオ隊員とヒデキ隊員も走り出した。



「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ」

 その少女、夏羽ユウコは長い髪を揺らしながら走っていた。

 見渡す限りの瓦礫の山の前で、息を整えながら、空を見上げると、数羽の鉄の鳥が飛んでいる。それらが向かう先で、巨大な魚人が泡を吐く。

「あぶない!」と黒いセーラー服姿の少女が叫んでも意味はなかった。大きく透明な泡に包み込まれた正義の象徴は、そのまま、地上に落ちていく。

 激しい音と共に地面も震える。目の前で黒煙が昇り始め彼女は悔しさを顔に浮かべた。

「やっぱり、私がなんとかしないと、この世界は……」

 そう呟きながら、赤い水晶のネックレスを握る少女は、破壊を繰り返す巨大生物をジッと見つめた。


 その頃、暗闇に包まれた空間で青い水晶が輝いた。闇の中で蠢く影が水晶を握り、天へ掲げ叫ぶ。

「マイ・ニュー・ワールド!」

 黒い影の頭上に白い光の球体が浮かんだ。青白く光っている体は、光の球に吸収されていき、空中をものすごい速さで飛んでいく。

 それがゆっくりと魚人の近くで着地した瞬間、球体が文字通り消失し、巨大な体が立ち上がった。


「我が名は、ウォーターブルータイタン。宇宙最強だ!」


 性別を判別できない声で巨人が身分を明かす。

 目の前の敵と対峙した全身を青白く光らせる漆黒の巨人は、すぐさま握りこぶしを作り、鱗に覆われた敵の腹を狙い、殴りかかる。それに合わせて、魚人は泡を吐くが、無意味だった。正義の拳は泡を避けながら、悪を打ち砕く。

 腹部に強い衝撃を受けた魚人は、前のめりに倒れそうになった。完全に倒れきる前に、巨人は右手を前に突き出す。掌に青白い光が一瞬で集まっていき、それを解き放つ。その攻撃を防ぐ術のない魚人は、青白い光に包まれて、文字通り消失した。




 とあるカレー店、星雲亭の中で、天然パーマの女性店主がカレールゥを煮込んでいた。お玉でルゥをかき混ぜ、男たちで埋め尽くされた店内を見る。ふと深呼吸すると、テレビのお昼のワイドショーで世間で話題になっているという謎の巨大ヒーロー特集の声が聞こえた。


「コウタロウさん。地球防衛隊よりも先に怪獣を倒す謎の巨大ヒーローの目撃が相次いでいますが、どう思われますか?」


「ウォーターブルータイタンは、正義のヒーローです。私が所属していた隊では、怪獣を逃がすだけで精一杯でしたが、あの巨人は三分以内に怪獣を撃退しています。怪獣被害を最小限に抑える正義の味方を支持する声も多いでしょう。ウォーターブルータイタンこそ、怪獣の脅威から人類を救ってくれる救世主なのです!」


 テレビの中で力説したのは、身なりをしっかりと整えた七三分けの好青年だった。

「本日は地球防衛隊勤務経験のあるルポライター、天雲コウタロウさんにお越しいただきました。コウタロウさん。ありがとうございました。さて、明日は、怪獣被害で親を亡くした子供たちの就職を支援する民間施設の取り組みを特集します。CMのあとはスポーツの話題です。ガンバレ、ニッポン!」


 テレビ画面からCMに切り替わったタイミングで、アイは目の前のカウンター席に客が座っていることに気が付いた。慌ててガラスコップに水を注ぎ、頭を下げる。



 同じ頃、寂れた探偵事務所を、一人の男が訪れた。タバコの吸い殻が灰皿に溜まり、至る所に週刊誌が散らばっている事務所内は、ここに依頼して大丈夫なのかと白髪の男を不安にさせる。男の目の前のソファーにちょび髭の冴えない男が座った後、依頼人は名刺を差し出す。

「初めまして。地球防衛隊の竹海ゲンです」

「ほう、地球防衛隊の司令官さんが、何の依頼ですかな?」

 名刺の肩書に目を通す探偵が首を傾げると、ゲンは前代未聞な依頼内容を伝えた。その内容に、探偵は思わず唖然とした。

「お願いします。ウォーターブルータイタンの正体を突き止めてください」

「ウォーターブルータイタン?」

 いまいちピンときていないちょび髭探偵を前にして、依頼人は驚いた。

「ご存知ないんですか? 地球防衛隊より先に怪獣を倒す正体不明の巨大ヒーローです。今、世間で話題になっています。その存在が初めて確認されたのは、三か月前のことでした」

「そういう話題に疎いんだ。それで、正体を突き止めるというのは、具体的にどういうことなのでしょう?」

 頭を掻く探偵に対し、司令官は冷静な口調で向き合った。

「そのままの意味です。ウォーターブルータイタンは何者で、何のために怪獣を倒しているのか? その答えを探偵さんに探してほしいんです。探偵さん、お願いします」


 その時、突然探偵は立ち上がり、その場で一回転した。

「面白い。謎の巨大ヒーローの正体。この明知サトルが解明してみせましょう!」

 奇妙な宣言コールを見せられたゲンは、思わず目を点にした。

「探偵さん……」

「いつものことです。気にしないでください」と断りを入れ、探偵、明知サトルは久しぶりな依頼を受け、気合を入れた。



 

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