公園のベンチ

ポテろんぐ

第1話

 通報を受けて公園に向かった時も秋元さんは一人、ベンチに座っていた。


「すいません」


 私が声をかけると彼は顔を上げて、優しく微笑んで会釈をしてきた。柔らかい物腰だなと思い、とても怪しい人には見えなかった。


「なんでしょうか?」


 仕事である以上、私は居丈高な態度で彼に接するしかなかった。


「こちらで何をしているのでしょうか?」

「はぁ」


 私の問いに秋元さんは変なものを見るような表情に変わった。

 チラチラとこちらを見ているママさん集団、きっと彼女達の誰かが通報してきたのだろう。


「毎日、公園にきてベンチから子供達を見ている男がいる」


 別にそんな男がいたって良いじゃないか。

 しかし、通報があったとなれば一応、出動しなければいけない。パトロールがてら公園に来てみたら、そのベンチに座っていた男性、秋元さんがいたのだ。


「何と言われましても……」


 そら見たことか、秋元さんは困って苦笑いを浮かべてしまったではないか。


「ただ、遊具で遊んでいる子供達を見ていただけですが」


 と、彼は優しそうな笑みを浮かべながら、ブランコ、滑り台、シーソーで遊ぶ子供らを眺めた。


 秋元さんそれはいけない。

 私はしょうがなく、彼の隣に腰掛けた。そして言った。


「なるほど」


 それ以上の言葉が出てこなかった。だって、何も話すこともないし。子供が見えるだけだし。「我々も遊具で遊びたいですねぇ」と大の大人が話を広げるわけにはいかないのだ。


 だから、何も話すこともなく十分がたった。死ぬほど長い十分だった。


「羨ましいですね」


 えっ。

 私は彼の声にドキッとした。


「私もあんな風に楽しそうに遊具で遊びたいですよ」


 まじか。

 が、私は冷静になった。きっと、何か仕事で嫌なことがあって童心に帰っているのだろう。


「子供はいいですよねぇ」


 秋元。

 しかし、子供の頃を思い出すことは私だってある。「子供はいいよなぁ」と前逮捕したロリコンは取調室からベルギーを眺めながら言っていたが、秋元さんは違う。


「いいですねぇ」


 私も咄嗟に声に出ていた。


 泳がせる。蒸らす。


「私もあんなふうに遊べたら……」


 そう言った彼は少し寂しそうな表情を浮かべた。それは遠くを見ている。ベルギーの向こう側を見ている寂しげな目だ。


「遊べばいいじゃないですか」

「いや、今の私にはあんな風には遊べませんよ」


 そう言って彼は笑った。

 きっと彼はポエム作家なんだろう。それで子供のような純粋な心が欲しくてここでこうやって座っているんだ。


「別に遊ぶなら麻雀とか、他にもいろいろありますよ。大人には大人の楽しみっていうのがありますよ」

「は?」


 そう言った瞬間、彼の表情が変わった。すごい怖い顔になった。


「なんで、私が麻雀なんかしないといけないだよ?」


 え?

 秋元さんの口調が変わって、私はギョッとした。


「あ、いや、その別に深い意味はありませんよ。そのストレスがたまってるなら色んな遊びがありますよって意味で」

「はぁ! ふざけんなよ!」


 秋元さんが怒鳴った。

 その声にびくっとして遊んでいた子供、母親達がこっちを見た。

 するとどうだろう?

 こっちを見た子供と母親達の視線に気づいた彼は、熱が覚めたようにさっきの穏やかな声に戻り、


「あ、すいません。あの、遊びを続けてください」


 と、言ってまたベンチに座った。


「帰れ」


 そして、私にそう言った。


「やる気がないなら帰れ!」


 そう言われた私は「やったー」と帰ることにした。付き合ってられるか。


 彼は一体何なんだろう?

 また公園に行かないといけないけど、怖いなぁ。


 まぁ、金貰ってるから行くけど。


 そう思っていて夜のパトロールに出た。ブーンブーンと言いながら自転車を漕いだ。


 すると昼間の公園の前を通りかかった時、中から何か物音が聞こえた。クソガキどもがこんな夜に遊んでいるのかと思い、昼間の秋元さんの事でイライラしていた私は、ストレス発散に注意しに行くことにした。


 ポケットには拳銃があるし、銃弾も満タンだ。


 撃っちゃおうかなぁ〜って思って中に入ると、私は唖然とした。


「秋元さん……」


 そこにあったのは、夜遅くに一人で公園の遊具で遊んでいる……いや、訂正しよう、公園の遊具で特訓をしている彼の姿があったのだ。


「くそ! もう一回!」


 彼は汗だくになりながら、滑り台からズルズルスローで滑ってきた。子供用の遊具で大人が滑っても足したスピードは出ない。

 しかし彼は、何度も何度も滑り台を滑って。


「違う! こんなスピードじゃダメだ!」


 と、何度も滑り台を滑り降りていたのだ。


 彼は練習していたのだ。


「秋元さん!」


 私は拳銃の安全装置を外し、彼に近付いた。いざとなったら殺す。覚悟大丈夫。


「あ! お巡りさん!」

「死ね!」


 私が銃を向けると、彼は「ヒィ!」と両手をあげた。


 いい悲鳴だったから満足した。だから、殺すのはいいや。


「何をしているんですか?」


 私は手錠を手に取って彼に聞いた。殺さないけど、逮捕。


「いや、お恥ずかしいところを見られてしまいました」

「本当ですよ、変態」

「実は……特訓をしていたんです」


 特訓?


「公園で遊ぶ特訓です」

「ほう」


 手を出せ。


「なんでまた?」

「私はベンチですから……早くレギュラーになりたくて」

「レギュラー?」

「私は補欠ですので、毎日、公園のベンチに座ってレギュラーの子供達の遊ぶ姿を勉強しているんです」

「秋元さん……」


 私は手錠をしまった。むしろ、泣いていた。


 そうだったのか。


 彼は公園の補欠だからベンチにずっと座っていたのだ。それで、早くレギュラーになりたくて毎晩、こうやって一人で遊具で練習をしていたのであった。


 なんて努力家なんだ。


 私は心の底から感動して、彼を逮捕した。




 


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る