ミライ世界のカティア
Mitchy
000 プロローグ
その昔、どこかの国にいた天才物理学者が晩年、人類に残された時間はあと100年だとメディアを通して警告したらしい。
気候変動、自然破壊、小惑星の衝突、核兵器、疫病、人口の増加―。
彼が危惧したありとあらゆる可能性の歯車は1度回り始めたら誰にも何にも止められなかった。
人口激増の末、人類は使うべきではなかった兵器を使って戦争を始めた。小惑星や隕石は次々とこの星を直撃した。森林伐採、大気汚染、水質汚染、土壌汚染は進み、多くの自然生物は住処を失い、絶滅した。天然資源は枯渇した。地球上の凍土や海氷は全て融解した。地震、火山の噴火、津波、豪雨、熱波、巨大な台風やハリケーン-。誰にも防げない天災も、誰にも止められない人災も、全ては立て続けに人類を襲い、そのスピードは加速するばかりだった。
多くの国が滅び、多くの人間が死んだ。爆発的に増えた人口は瞬く間に激減した。人類を繁栄させた技術や記録の多くは失われた。もはや世界に何カ国の国が存在するのかもわからず、世界にどれぐらいの人間が存在するのかも今はわからない。
あの物理学者は、こんな崩壊直前の世界を見て、こんな滅亡の淵に立つ人類の顛末を目の当たりにしたら、一体何を思うのだろう?
◆◆◆
一2019年 日本
「えー?お姉ちゃん、また別れたの?知らなかった!……いつ?」
「……えっと……半年ぐらい前。」
私、五十嵐綾は、美容師見習いの妹の練習台として、自分の髪の毛を提供していた。お洒落が大好きな妹は高校卒業後、専門学校へ進み、美容師への道を着々と歩んでいた。
「なんかね、夢や目標がない女は嫌なんだって。お互いを高め合える相手が理想だとか。尊敬できる相手、とか刺激を貰える相手、とか言ってたかな……。」
別れた彼は、ポジティブで明るい私が好きだと付き合い始めた。けど付き合っていくうちに、やりたい事もなく、将来の夢もなく、空虚な毎日を生きてる私にウンザリして、半年前にさっさと薬剤師志望の後輩に乗り換えた。
「私だって、それなりに悩んでるんだけどねえ。やりたい事とか目標って、そう簡単に見つからないじゃん?」
「それはそうかもしれないけど……お姉ちゃんも、そろそろ就活始めるんでしょ?ぼんやり考えるんじゃなくて、少し真剣に自分と向き合った方がいいんじゃないの?自分の将来を決めるのは自分じゃん。」
なりたい職業があって、その夢に向かって進んでいる妹の言葉が胸に刺さる。
何不自由のない暮らし。でも全然満たされない。大切な物も、貫きたい信念も、守りたい大切な存在も、失いたくない希望も……私には何もない。夢も目標も無くて、空っぽな自分の心。皆が大学に進学するから私も進学して、お金が欲しいからバイトして、寂しいから友達と遊ぶ。大学だってどの大学でもよかったし、学部だって何でもよかった。バイト先だってこだわりはなかった。自分はこうしたい、とか思ったこともなければ、逆境に立って抗ったこともない。自分の人生でやりたい仕事もないし、挑戦したいこともない。考えることすらできないのだ。
「いっそ、ウチが商売でもしてたらな。家業を継ぐ、とかだったら何も考える必要なかったのに。」
「またそんなこと考えてる!!」
私は父を早くに亡くして、母が女手一つで育ててくれた。そんな母は育児が一段落すると、すぐに大好きだった教師の仕事へ戻っていった。夢に向かって突き進む妹に、大好きな仕事をする母。……そして将来を考えて途方に暮れてる私。はぁ、とため息が出た。
「はい、終わり。これで結構まとまりやすくなったんじゃないかな?」
ヘアカットが終わった。肩甲骨まであった髪が、肩の上まで短くなって、心の靄が少しだけ消える。
「ありがと。さっぱりしたよ。じゃあお風呂入って寝ようかな。」
「お安い御用だよ。こちらこそ練習させてくれてありがとう。お姉ちゃん明日からまた大学だよね。遅くまで付き合わせちゃってごめんね。」
髪の毛が少なくなってサッパリした。シャンプーもしやすくて、明日からまた心機一転頑張れそうだ。ゼミの先生に就活の相談もしてみようかな。
いっそ一生、子供のままでいたかった。自分の人生とか生き方とか何も考えず、ただ毎日学校に行って、食べて、寝る。
私は自分の将来の仕事について考えながら眠りについた。「私といえばこれ!」と胸を張って言える自分のアイデンティティーが欲しかった。
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