みみみみ
きこりやし
子曰く「運動した後のビールうま!」
「よく素人を下手なプロより上手いって褒める人いるじゃん。」
「ぶえっくしょい!!」
「返事なのそれ?」
つい先週まで気温は35度を超え、人を殺すような暑さだったのにも関わらず週末にゲリラ豪雨のような雨がザーと降ったかと思えば、急にめっきりと寒くなってきて、夏服のままでは風邪をひいてしまいそうなので今日はいそいそと秋物の服を卸してきた。
紅桃林も寒さを感じたのか、ここのところキャップ帽がメインを張っていたのだが今日は伊達メガネにキャスケットとなんちゃて文学少女のような風貌になっていた。
文学少女は『ぶえっくしょい!!』なんてくしゃみはしないと思うが・・・
そんなこんなで夏から秋へと季節がシフトしていく中、鍋が食べたいと言い出したので早々に鍋メニューを出し始めた近くの居酒屋で友達のいない僕らは2人寂しく豚みぞれ鍋をつついていた。
生憎明日は土曜で講義もないので、僕はウィスキーと紅桃林は鍋を肴に日本酒を呷っていた。ちなみに紅桃林は熱燗、ぬる燗、日向燗、そして冷と温度を下げて現在早くも4合目である。鍋は今来たところだ。
「いや、私そんな褒め方してる人現実で会ったことないんだけど。」
「え。マジ?youtubeとかのコメントではよくあるんだけど。」
「ネット特有の言い回しなんじゃないの。」
「・・・・・・。」
確かにそうかもしれない。
いや別にネットスラングでもいいのだが。
紅桃林は鍋将軍であるのかさっきから僕が鍋に触ろうとすると手を箸で刺してくる。
やはり美人がよそってくれると一段とおいしく感じる気がする。
2人用の鍋なので量は少なく3杯よそったら具材がほとんどなくなってしまった。
残りの具材を拾おうとするとまた箸で手の甲を指されてしまう。
「残りは雑炊の具にするの。だから食べちゃだめ。」
「了解。しかしだね、例えばネットに歌をアップロードしたとして『下手な歌手より上手いですね』ってコメントがあったりする。」
「フムフム。」
「しかしそのコメントに対して僕は言いたいのは『下手な歌手』って具体的に誰だよってことさ。というかなぜ下手な歌手と比べて上手な歌手と比べないのか、もはやそれって『歌手の中では下手ではないけどそこそこだよね』っていう上昇志向が有るのか無いのかよくわからん褒め方になっているのだと思うのだが。」
紅桃林はあらかたきれいになった鍋の中にご飯を入れ、くるくるとかき混ぜ雑炊を作ってくれていた。
「前提条件としてネットのコメントにそこまで真面目に考えるのはきもいよね。
多分コメント書いた人も単純に『素人なのにプロ並みにうめぇ』って言いたいだけだろうし。はい、どうぞ。」
よそってくれた雑炊を受け取ると、紅桃林の燗が空になっていそうだったので店員さんを呼ぶボタンを押した。
「いや、そうなんだけど。それだったら最初から比較するんじゃなくて素直にただ褒めればいいじゃん。プロと比べなくて。」
「んープロの定義によるんだろうけど、最近の動画投稿ってお金もらえるらしいじゃん。何か技能に対してお金をもらっているのがプロなら、もうそのコメントもらってる人はプロじゃないの?」
「じゃあ何?さっき紅桃林が言ってた『素人なのにプロ並みにうめぇ』ていう感想成り立たないじゃん。」
「そうだね。そういう意味ではもう褒めているんじゃなくて『あなたはプロの中では
中の中です』って貶しているのかも。」
それさっき僕が言ったじゃん。
というかあなたは僕と反対の意見出してくれないと話終わっちゃうよ。
「というか、なんでそんな突っかかった話してるの?」
「いや昨日アップロードした動画がすごい荒らされてて・・・」
「ただの私怨じゃん・・・」
紅桃林は注文を取りに来た店員に麦焼酎と板わさと焼きのりを頼んだ後、鍋に残った雑炊を自分のとんすいによそって鍋セットの片づけをお願いした後、使い捨ての手拭きで机をきれいにしていた。
その動きがあまりにもテキパキとしていて、思わず見惚れてしまった。
「さっきから見てたんだけど、紅桃林は何か・・こう・・・いいよね。」
「褒めるならもっと上手く褒めてよ。」
「いい奥さんになりそう。」
「下手な素人より下手だね。」
紅桃林は満足そうににやけていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます