酢の物
キナコ
酢の物
腹が減ってる。カップラーメンはあるけど、昨日も食べたので、こればっかりじゃ栄養が偏ってしまう。だからスーパーに行く。
なにか惣菜みたいなものを食べたいと思った。肉じゃがとポテトサラダが好きだ。でも、今いちばん食べたいのは酢の物だ。「心がだるいときは酢がいいのよ」母親がそんなことを言っていたような気がするけど、よく思い出せない。言わなかったかもしれない。
酢の物は甘い。酢のものなのに、最初に感じるのは甘い味だ。もちろん最初に酸っぱいと感じる人もいるだろう。僕は酢の物は甘いものと感じる。甘くて酸っぱい酢の物。甘酸っぱいのは恋の味なんてつまらないことは書かない。そんなことはくだらない。今はタコとワカメの酢の物が食べたい。
スーパーに行く準備をしていると、小便がしたくなった。トイレに行ってチャックを下ろしてチンコを出そうと思ったら、半立ちで出しにくい。酢の物のことを考えていたら、ちょっと勃起した。仕方がないのでズボンとパンツを下ろす。ちん毛がもしゃもしゃだ。たまには刈ったほうがいいのだろうか。
チンコの先から小便がねじれながら出る。音を立てて溜まった水に落ちていく。眺めていたら、便器にうんこが付いているのに気がついた。柿の種くらいの大きさで二つ付いている。小便で狙ってみたけど落ちそうもない。固まっている。前から付いていたのだろう。気がつかなかった。
僕はうんこと同じだ。そこにいるのに気づいてもらえない。小便をかけられても、しつこくこびり付いて取れないうんこのカスだ。
小便を出し切ってもうんこは消えない。仕方がないからあとで掃除することにして、スーパーにタコとワカメの酢の物を買いに行く。
部屋を出たところでおじさんに会った。同じ階のおじさんだ。見たことがある。
「こんにちは」
「こんにちは」
声の小さいおじさんだった。挨拶すると、他に言うことがなくて、なんとなく気まずくなった。通路が狭くてどちらかが譲らないと通れない。僕が壁に張り付いて、おじさんを通してあげる。おじさんの部屋は僕より奥なので、これは仕方がない。おじさんはちょっと頭を下げて、僕の前を通り過ぎた。壁に張り付いていると、うんこになった気がする。うんこでいるあいだは、僕は人の役に立つのだ。
階段を降りてアパートを出る。日差しが強い。僕は乾いて、固くなる。
道には一人で歩いている奥さんや、子どもの手を引いた奥さんがいた。昼の道にご主人はあまり歩いていない。
僕は奥さんが苦手だ。奥さんはいつもうんこに目を光らせている。うんこは奥さんの腹に詰まったり、便器にこびりついたりするからだ。それでも奥さんは毎日、腹にうんこを抱えている。
時に奥さんは腹から小さな人間を出したりする。奥さんは腹から出した子どもの手を引いて歩く。僕もそういった奥さんの腹から出された。
僕は思う。なぜ、出さないでくれと、そのとき言わなかったのか。そうしたら、こびりついて乾くこともなかった。
僕は、これから強い日差しの道を歩いて、タコとワカメの酢の物を買いに行かなければいけない。
酢の物 キナコ @wacico
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