神様に触れた一週間
花井たま
『Persephone』
小説書きという趣味は相当安上がりだ。
プロだろうがアマだろうが安価なPC一台で全て済んでしまうのだから。
あまりに変わらない日常に嫌気が差した俺は、使い損ねた金を雑に消費するべく夜の公園にやってきた。一度も来たことがない、陰気でじめじめとした公園だ。
もちろん、自販機の商品を全部買うだとか、そこのフードを被った浮浪者に札をばらまくだとか、そういうしょうもない使い方をするわけではない。
この金を使うために”とある人物”と待ち合わせているのだ。
昨日YouTubeで見かけた2分間のアニメーション──まるで”生”というもののエネルギーを全てつぎ込んだかのような2分間に俺は惚れ込んでしまった。
アカウント名は『
その時走った衝撃は電流となり脳を流れ、電気信号が指先を動かし、衝動に身を任せ俺はダメ元で依頼をした。
『自分の小説にアニメーションをつけてくれ』と。
1つの作品も出世ラインに乗せたことがない俺に、あんなアニメーションを創れるホンモノが見向きするわけがない。そう期待半分……いや5%くらいで祈っていたのだが──果たして彼は快諾した。
しかもトントン拍子で話が進み次の日──つまり今日俺はここにいる。
一度顔を合わせたいということだ。少し怪しい話だとは思った。
それでも我が家からもそう近くない──名さえ知らなかった公園を待ち合わせ場所に指定されても尚、そいつに逢いたくなってしまったのだ。
──ただ、報酬の話を一切切り出されず、ピラニアの池に血を落とすが如く『ペルセポネ』は俺の話に食いついてきたものだから、そこだけが心配ではあるが。
相場を調べたら1分40万とかなんとか。ということは2分なら80万。
……衝動買いにしては高すぎるよなあ。ただのサラリーマンには。
まあ、娯楽のない人生が100万程度で賑やかになるのなら。
他に金を使う場所もないしね。
「……チッ。中々来ねぇな」
待ち合わせ場所を間違えたか? いやここで合っているはずだ。
5分程時間を超過しても音沙汰ないことにじれったくなり、胸元に入れてあるシガレットを取り出そうとして、やめた。
顔合わせの前にタバコ臭を纏わせるというのは、このご時世あまり好まれないことだと思い至ったからだ。喫煙者は肩身が狭いのだ。
暇つぶしに、もう一度例の請負人について一考してみる。
『ペルセポネ』はボカロやポップス、ロックに小説──どんな媒体を基にした作品でも依頼を受けるという。そして実際どの作品も超が付くほどの一級品だった。
ネット上では『
しかしSNSにはめったに顔を出さず、依頼者の投稿を引用して『依頼ありがとうございました』と引用するのみ。……彼の素性は全て謎に包まれている。
──しかしそんな人物がこんな
無意識にポケットの中に入れた手がキュッと結ばれる。
初秋の涼風が頬を撫でると、首筋の汗が引いていき、カラカラと鳴る落ち葉が寂寥感を増させて体感温度を下げる。
半月と三日月の間の、なんとも言えない微妙な月が空に浮かんでいた。
「ふぅー、おせぇな」
そう呟いて煙草の代わりに秋の空気を、肺へ取り込んだその時だった。
「──もしかしてあなたが『透明少年』さんですか』
枯れ葉の舞う音に紛れて近づいたのか、変声期前の少年のような声が俺を『透明少年』だと言っている。
そして振り返ってみれば、目深に被ったフードが印象的な浮浪者がそこにいた。
身長はまるで年端のいかぬ少年のようで、纏う雰囲気も年少者のそれ。迷子だったらまだよくて、家がない子だったらどうしていいのか判断に困ってしまう。
しかもそんな見ず知らずの子に、いきなり『透明少年』などという罵声を浴びせさせられるのだから──って待てよ?
「……えっと。『ペルセポネ』……さん?」
そうよくよく考えれば『透明少年』というのは俺のペンネームだった。
もうこの名前とは10年の付き合いなんだけどなあ。
ただしかしだ、こんちびっ子が待ち合わせていた『Persephone』だというのも、想像力を日々の生活に吸われつつある俺には考えづらかったのだ。
「はい。ボクが『Persephone』と呼ばれているクリエイターです」
ただ彼自身が自信を持ってそう名乗っている以上、信じないわけにもいかない。
「そうですか、俺が『透明少年』です。こんなちゃっちい依頼ですんません」
父親と同じくらいな年齢のジジイ共に頭を下げるのが仕事だったから、一回りも二回りも小さい少年に畏まって対応する自分が新鮮に思えた。
「……いえ、助かりました──」
仕事相手である『ペルセポネ』はまるで覇気のない声音で応える。
彼は俺に一歩近づくと弱弱しい動作で手を伸ばし。
そして。
「──ボクはもう。……限界だったので」
そう言い残し、俺に向けダイブした。
小さく痩せた体にエネルギーなどなく、精々朝の満員電車の負荷程度。
見るからに若い彼から爽やかな汗の香りなどは一切せず、雑菌が繁殖した酸っぱい匂いのみが鼻をつく。
溜まっていた生ごみを一週間捨て忘れていたような悪臭。
しかし彼を放っておく選択は取れなかった。
「あの。大丈──気絶してる……?」
或いは寝ているのか。とにかく彼に意識がなかったのだ。
どうしようか。
ここで神様の復活を待つのも手ではあったのだが、もし彼が人間ならば万が一の為、直ちに搬送できる体制を整えるべきだろう。
「はあ。……車かあ」
俺はポケットから乗用車のキーを取り出した。
溜息を1つして『ペルセポネ』を背中に担ぐ。
人間を担いでいる感じはなく、まるで小さめのリュックサックみたいな、運びやすさと軽さがあった。
”神様”ってもっと裕福なイメージがあったけれど、今の彼からは生乾きの靴下で人間の形を作ったような──”神”なんてのからは程遠い印象を受けた。
「うっ……。風呂入ってねえな……」
薄汚い人間が嫌いという訳ではないが当然好きでもない。
しかし彼個人の第一印象で言えば正直良くない。-60点。
……本当に臭いのだ。それになんだか油っぽい。
しかしながら自分の下に流れ着いた、生活をかき回すだろう吹きさらしの風が淀んだ空気を拭ってくれる気がして、それらを合計して考えれば-20点くらい。
やっぱり臭い。
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